第1章 48 少しの休息
「待って、落ち着いて頂戴。リーシャ」
私は互いに睨み合うリーシャとユダの間に割って入った。
「クラウディア様、ですが…」
「あのね、実は私からユダに部屋の見張りをお願いしたのよ」
「「え?」」
リーシャとユダの声が重なるも、彼女はそのことに気付いている様子は無かった。
「あの…一体それはどういうことなのでしょうか…?」
「ええ、実はね。アルベルト国王に嫁ぐ為に私の血筋を示した家系図を持参するように言われているの。それはとても重要書類で、もし万一無くすようなことがあれば、私の身元を保証することが出来なくなってしまうのよ。そうすれば嫁ぐことすら出来なくなるわ。だから常に無くさないように持ち歩いていたのだけど…流石に温泉に入る時にそんな大事な書類を持って行くわけにはいかないでしょう?」
「確かにそうですね…。温泉で濡らしてしまっても大変ですし…」
「そうなのよ。しかもあの書類は絶対に他の人々の目にも触れないようにしておかなければならないものだから…そこでユダに頼んだのよ。私が温泉に行ってる間に見張りをしてもらうようにね。何しろ彼は身辺警護をしてくれる兵士だから」
「そうだったのですか…」
リーシャはしんみりと返事をし、次にユダに向き直ると頭を下げた。
「申し訳ございませんでした、ユダさん。事情も聞かずに責めたりして」
「いや…別にいい。それではクラウディア様も戻られたことですし…俺はここで失礼します」
ユダは一度だけ頭を下げると、すぐに行ってしまった。
しかも、自分の部屋を通り過ぎ…宿屋の出入り口へ向って…。
え?
ユダの部屋は私の部屋の隣なのに、一体彼は何処へ行ってしまったのだろう?
少しの間、去っていくユダの後ろ姿を見つめていると背後に立つリーシャから声を掛けられた。
「クラウディア様」
「何?」
振り向き、平静を装って返事をする。
「トマスさんに聞きました。『エデル』まで一緒に来られるそうですね」
「ええ、そうよ」
「しかも私達の馬車に一緒に乗るそうですが…」
リーシャは不満そうに唇を研がせる。
あ…まただ。
こんな癖…回帰前のリーシャには無かった気がする。
ユダにはリーシャに気をつけるように言われている。私自身、リーシャを信じたい気持ちはあるものの…少しずつ彼女に対する不信感が湧き上がってきている。
ここは…何としてもトマスを同じ馬車に乗せることを納得させなければ。
そこで私は笑みを浮かべてリーシャに尋ねた。
「リーシャはトマスを私達の馬車に乗せるのは嫌なの?」
「え?べ、別に嫌というわけではなく…ただ、私は…」
「あのね、リーシャも知っていると思うけど、他の馬車は『エデル』の使いの人達が乗っているから空いている席が無いのよ。でも私達の馬車はあと2人は乗れるでしょう?」
「確かにまだ座れる場所はありますが…」
尚も言い淀むリーシャに説得を続ける。
「トマスはね、馬に乗ることが出来ないのよ。それに、『クリーク』から客車や荷車を出すことも無理なの。戦争で痛手を追っている町から借りるわけにはいかないでしょう?どれも今後の復興の為には大事な物だから」
「クラウディア様…ですが…」
「彼が何故『エデル』へ行きたいか、話は聞かされているのでしょう?」
「はい、『エデル』には有能な薬師が沢山いるので、有能な薬師の元で学びたいと話してくれました」
「ええ、私はトマスが夢を叶えられるように後押ししてあげたいと思ったの。だから彼を連れて行ってあげたいのよ。…リーシャなら私の気持ち、分かってくれるわよね?」
じっとリーシャの目を見つめる。
すると…。
「分かりました。一国の王女様が男の人と同じ馬車に乗るのはどうかと思って、それであまり乗り気では無かったのですが…でも、クラウディア様がお決めになったことなので、私は従うことにします」
「そう?ありがとう、リーシャ」
「いいえ。それよりもお疲れのところ、お手を煩わせるようなことになってしまって申し訳ございませんでした。では私は部屋に戻りますので、クラウディア様はごゆっくりお休み下さい」
「ええ、そうね。休ませてもらうことにするわ。リーシャ、貴女も疲れているでしょうからゆっくり休んでね?」
どうか…今日はもう、これ以上揉めごとを起こさないで欲しい…。
「はい、分かりました。では失礼いたします」
「ええ、またね?」
そして私とリーシャはそれぞれ、あてがわれた部屋の中に入った。
パタン…。
扉を閉めると天井を見上げ…ホウと息を吐いた。
すぐに部屋の内鍵を掛けると、まるで倒れ込むかのようにベッドに横たわり…独り言のように呟いた。
「ふぅ〜…何だかとても疲れたわ…。次の村でも問題を解決しなければならないから…今の内に身体を休めておかないと…」
何故なら…次の村でも、私は『錬金術』を使うことになるからだ。
そして、私は少しの休息を取る為に目を閉じた―。
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