第1章 39 トマス
「それでは王女様。一緒に野戦病院に参りましょう」
町長が声を掛けてきた。
「ええ。分かったわ」
返事をしたその時―。
「ちょっと待ってくださいっ!」
声を上げたのはトマスだった。
「どうしたのだ?トマス」
町長さんがトマスに尋ねた。
「はい、王女様と2人きりで話したいことがあります。…王女様。宜しいでしょうか?」
「トマス…」
恐らく私が倒れた件で話があるのだろう。私としてもその方が都合が良かった。トマスと2人きりになれれば【エリクサー】の原液を渡すことが出来るからだ。
リーシャを完全には疑いたくは無かったが、それでも人目に付く前に彼に早急にこの万能薬の元を渡してしまいたかった。
そこで私は頷いた。
「ええ、分かったわ」
そして次にその場にいる全員を見渡した。
「私は少しトマスと話をしていきますので、皆さんは先に野戦病院に行って貰えますか?」
「ええ、分かりました。では私どもは先に参ります」
町長さんは眼鏡の青年と部屋を出て行った。
「それじゃ、姫さん。また後でな?」
スヴェンは笑みを浮かべて部屋を後にする。
そしてリーシャだが…。
「クラウディア様。私もここに残って話を聞いては駄目ですか?私はクラウディア様のメイドです。お傍にお仕えするのが私の役目ですから」
リーシャは両手を前に組み、願い出てきた。
「リーシャ…」
どうしよう、困ったことになった。
「…」
トマスも困り顔でリーシャを見ている。
すると…。
「駄目だ、いくら専属メイドだからと言って、クラウディア様が彼と2人だけで話をすることを望んでおられるのだから邪魔立てするな。我々も行くぞ」
ユダが迫力のある目でリーシャを睨みつけた。
「う…」
リーシャはその迫力に押され…次に私を見た。
「ごめんなさい、リーシャ。話が済んだらすぐに行くから…ユダ、リーシャをお願いね」
「はい、承知致しました」
ユダは頷くと、リーシャに声を掛けた。
「行くぞ」
「は、はい…」
ユダに連れられたリーシャは名残惜しそうに何度もこちらを振り向きながら去って行く。そんな彼女に笑みを浮かべ、私は手を振った。
**
「…随分あのメイドの方は王女様を慕っていらっしゃるのですね」
「え?ええ。そうね。」
トマスの問いにあいまいに答えた。
「それよりも王女様。もしかして倒れられたのはあの薬を作られたからではありませんか?」
トマスはあえて何の薬なのか、名前は口に出さなかった。彼の心遣いに感謝しながら頷いた。
「ええ、そうよ。あの薬の元になるものを作ったからよ。これからもあの薬は必要になるだろうから」
「ま、まさか…僕たちの為に…?!」
驚愕の表情を浮かべるトマス。
「勿論よ。この町に来るのが…すっかり遅くなってしまったけれども、貴方たちは大切な領民だもの」
「王女様…!」
突然トマスは跪き、頭を下げてきた。
「どうしたの?トマス?顔を上げて?」
しかし、トマスは激しく首を振った。
「いいえ…!僕には王女様のお顔を見て話をする資格すらありません!わざわざこの町に立ち寄って頂いたのに…酷い言葉を投げつけてしまいました。それなのに、あれほど貴重な薬をいとも簡単に渡して下さっただけでなく…倒れてしまうまでご自身の力を使い切って、薬を作って頂くなんて…!」
トマスが血を吐くように言った。
「いいのよ、そんなこと気にしないで。この町の人々に恨まれて当然の罪を私達王族は犯してしまったのだから」
「ですが…王女様に申し訳なくて…!」
尚も顔を上げないトマス。その声は涙声だった。
「なら、トマス。申し訳ない気持ちがあるなら顔をあげてくれる?」
「は、はい…」
顔を上げたトマスの前に、私は【エリクサー】の原液が2本入った瓶を差し出した。
「こ、この光る液体は…?」
「あの薬の原液よ。半永久的に持つわ。受け取ってくれる?」
「!は、はいっ!」
トマスが受け取ると今度はエプロンから紙片を取り出し、手渡した。
「そのまま使うと、効果が強すぎるの。このメモにはその原液に混ぜて仕上げる材料と分量が記されてあるわ」
「あ、ありがとうございます」
トマスは深々と頭を下げてきた。
「この薬…この町の人達以外には誰にも口外しないようにしてくれる?勿論私のことも」
「ええ、分かりました…!この秘密は必ず守りますっ!」
「ありがとう。それではあまり遅くなると皆が心配するわ。そろそろ野戦病院に行きましょう?」
「はい!王女様っ!」
トマスは今まで見せた事の無い笑顔で返事をした―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます