第1章 9 怒りの矛先を逆手に…

 声が聞こえて振り向くと、教会の前にはこの村の住民と思われる10名ほどの人々が立っていた。

全員が痩せた身体にみすぼらしい身なりをしており、何処か疲れ切った表情を浮かべていた。そしてこの村の中心人物であろうと思しき高齢の女性が険しい顔でこちらを睨みつけている。


「誰でしょうか…あのお婆さんは…」


リーシャは小声で私に問いかけてきた。


「あの女性は恐らくこの村の長老か、村長だと思うわ」


私も小声でそっと返事をした。すると私達の態度が気に入らなかったのか、更に女性は声を荒らげた。


「質問に答えるんだよ!あんたたちは何者なんだいっ?!あんなところに兵士たちまで連れてきて…また私たちの村に略奪でもしにきたのかい?言っておくがね…この村にはもう何にも残っていないんだよっ!」


その女性は何故か私達を睨みつけながら怒鳴りつけているが…恐らく私達が馬車の前に立っていたからなのかもしれない。


『エデル』からの使者と兵士たちは建物の陰に隠れるように荷馬車の前に立っていたので私が一番目立ったのであろう。


すると先程私に嫌味を言ってきた兵士が進み出て来ると村人たちに声を掛けた。


「皆の者、よく聞け!ここにいる女性は『クラウディア・シューマッハ』様だ。何とこちらの御方は先の戦争で負けてしまった『レノスト』王国の王女様であらせられるのだ。クラウディア様は『エデル』国へ嫁ぐ為に旅を続けている最中で、旅の途中にこの村に我等を立ち寄らせたのである」


私は立ち寄らせてなどいない。

彼らが勝手にこの村を休憩地点と決めたのだ。

けれど…遭えて私は口を閉ざし、成り行きを見守った。



すると兵士の言葉に村人たちがざわついた。


「何だって?あの女が…『レノスト』王国の王女?」


「戦争を起こして、我等を苦しめた…?」


「一体何しにここへ来たっていうんだ?」


「でも、本当に王女なのか…?その割には随分みすぼらしい身なりじゃないか?」


その言葉が私の耳に飛び込んできた。

そう…この反応だ。

私はこの言葉を待っていたのだ。



そこで私は一歩前に進み出ると声を張り上げた。


「はい、その通りです。この様なみすぼらしい身なりをしてはおりますが、私は紛れもない『レノスト』王国の姫であるクラウディア・シューマッハです!これより勝戦国となった『エデル』王国の人質妻として嫁入りする道中に、こちらの村に立ち寄らせて頂きました!」


人質妻と聞き、エデルの使者たちが一瞬ざわつく。


「何だって!それじゃ…あんた、本物の姫だっていうんだね?!」


先ほどの女性がますます声を荒げて私を睨みつけてきた。背後にいる村人たちも憎しみを抱いた表情でこちらを睨みつけている。


一方、彼らと真逆なのは先ほどの兵士である。彼は腕組みをして、ニヤニヤとした表情を浮かべていた。

私が窮地に立たされる様を見て楽しんでいるのだろう。


見ていなさい。

せいぜい笑っていられるのも…今の内なのだから。


「はい、紛れもなく本物の姫でございます。この度は我が国が勝手に戦争を起こし…あなた方の村を巻き込んでしまったことをお詫びしたく、嫁入り道中に立ち寄らせて頂きました」


そして深々と頭を下げる。


「な…!」


その瞬間、エデルの使者たちに驚愕の表情が浮かぶ。



「ふんっ!詫びなんていらないよっ!こっちはね…あんたたちの兵士のせいで村を襲われ、食糧も飼育していた家畜たちも皆奪われてしまったんだよ!」


女性は益々声を荒げる。


「ああ!そうだっ!お前らのせいで俺たちは飢えているんだっ!」


「戦争は終わったのに、いつまでたっても食糧難だ!」


「援助もせずに俺たちを見捨てやがって!」


「さっさと出ていきなさいよっ!」



村人たちの怒りは全て私に向けられる。


「ク、クラウディア様…ど、どうするのですか?」


リーシャはすっかり怯えて震えている。


「大丈夫よ、リーシャ。私を信じて」


振り返り、ニコリと笑みを浮かべると私は彼らに向き直った。


「皆さんっ!落ち着いてどうか私の話を聞いて下さいっ!皆さんの仰る通りです!我々王族は戦争と言う大罪を犯し、罪の無いあなた方を苦しめてしまいました。私はその贖罪をする為にエデル国の人質妻として嫁ぐ道中…この村に立ち寄らせて頂いたのですっ!」


私の声は空に響きわたり…その場にいた全員が一瞬で静まり返った―。


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