2-20 少女たちの訓練

「ギンジさん、護衛お疲れさまですわ」

「あ、ありがとう」


 そう言ってセレンが差し出した水の入ったコップを受け取る。これで3杯目かな。なんか懐かしくなってシルフに目線をやるとすでに俺以上の被害にあったのか口とお腹を手で押さえている。

 できなかったことができるようになるとついやりすぎちゃうよね。うん、わかるよ。チルさんはすでに屋敷にいるうちから被害にあっているらしく採集に来てからは断っていた。俺も断りたいんだけどニコニコと笑顔でコップを持って来られるとつい受け取ってしまう。だって断ろうとすると耳と尻尾がへにゃってなっちゃってさ!


 そんな感じでセレンが何かと水を俺とシルフに与えるせいで今日はいつもよりゆっくりとした採集になった。時間はかかったがセレンは上機嫌だしまぁいいか。

 いつも通り採集の後の魔道具屋では猫耳少女店員が「ええっ!?」と大きな声を上げていた。いつもはゆる~い話方だけどあんな大きな声出たんだな。買い取りを依頼するカウンターの方に目を向けると店員さんがセレンの手を両手で握ってブンブンと振っていた。ああ、今日はプレートを使って買い取りしてもらったのだろう。

 店員さんは「おめでとうございます~!」と言っている。セレンは店員さんの反応に困惑しながらも「今まで御手数おかけしましたわ」とお礼を言っていた。


 領主邸に戻るとセレンはいつも通り両親に報告に行ったようだ。チルさんもセレンについて行ったので俺とシルフは食堂の方に行き昼食を頂く。


 昼食後はセレンの魔法のレッスンをする。今日も同じように魔法共有をして水の魔法を使う。何度か行った後、魔力で身体強化をする練習を行う。魔道具やプレートに魔法が流せるなら自分の体の中で魔力を流すことはできるはずだ。

 腕相撲のみたいなことをしたり向かい合って手を引っ張り合ったりして力を込めるのに魔法を使う練習をする。うん、まだ慣れてないので瞬時に強化はできてないけど強化さえできればそれなりの力は出ていると思う。


「これくらい力が込めれるなら他の訓練もしてきますか?」

「他のというのは何でしょうか?」

「チルさん、セレンが剣を振ったりするのって問題ないですか?」


 領主夫人のサリーさんも中々の腕前らしいし、セレンも魔法を覚えようとする前はそういった武の訓練も手を出していたらしいが念のため確認する。


「剣のお稽古ですか!?わたくしやりたいですわ!」

「お嬢様もこう言っておりますので大丈夫かと」


 チルさんに聞いたのにセレンが答えた。チルさんは問題ないと言ってるのでとりあえずやらせてみるか。


「それじゃあこの後シルフと訓練しますのでその時一緒にやりましょうか。動きやすい方がいいので採集の時のような服装でお願いします。それと庭のところにあった倉庫って普通の木剣とかもありますかね?」

「訓練用の木剣ならわたくし持っておりますわ!」

「いえ、お嬢様の木剣は小さいころのものですので今ならもう少し大きい物の方がよいかと思います」

「あら、そうですの。それでは新しく買わないといけませんわね」

「それで、倉庫には置いてありますか?カーティラさんが自分用の木剣を持ってきたのは見たんですが」

「はい、使用人達が体を動かすこともありますのでいくつか置いてあるはずです」

「それじゃあとりあえずそこの物を使ってみてセレンによさそうなサイズを考えてみましょう。セレンの専用のものを用意するのはそれからでもいいでしょう」

「ギンジ先生がそうおっしゃるならそういたしますわ」

「それじゃあ先に庭に行って始めてますので、着替えが終わったら来てください」


 そう言って俺はセレンの部屋を後にしてシルフを呼びに行く。シルフが泊まってる部屋に行ってノックをして声をかけると「すぐ行きまーす」と返事があったので先に言ってると伝えて自分の部屋から剣と棒を取って庭に行く。



 シルフには素振りをしてもらってその間に少し火の魔法の確認をする。一応庭で魔法を使う許可は昨日のうちにカーティラさんに取っておいた「屋敷や倉庫を燃やすなよ」と注意されたがそんなに大きな魔法を使うつもりはないから大丈夫だろう。そういう応用は川とか水辺に行った時にするつもりだ。


 とりあえず問題はなさそうだな。火の魔法と言っても魔法で火を作りだすんじゃなくて着火+魔法で燃やす媒体を作ってる感じだな。'火の魔法'という単体のものだと思うと難しく感じるが理屈が分かればそれほどでもなかったな。


 そうこうしてるとセレンとチルさんも庭にやってきたのでチルさんに倉庫から適当にセレンの使う木剣を見繕ってもらう。一応剣以外にも他の武器があればそれもお願いした。

 剣と槍と、ハンマーかな?持ち手が付いた1mくらいの棒の先にでかいスイカみたいな丸い重りがついた鈍器のようなものもある。


「これは、ハンマーですか?」

「そうですね。大槌のように殴る武器や斧の訓練用のものですね。重さのバランスが同じなら素振りをしたりするのに問題がありませんので」

「なるほど、兼用なんですね」


 でも素振りなら本物使えばいいのでは・・・?訓練用だもんな。もしかしたら実際のハンマーや斧より重いのかもしれない。わかんないけど。


「とりあえず剣の素振りからやろうか。さっきやったように魔力でしっかり体を強化して一振り一振りしっかり行うように。手や腕だけじゃなくて全身をしっかり強化しないと振り下ろした後に体が安定しないからその辺も気を付けて丁寧にね」

「わかりましたわ!」

「チルさん、すこしセレンの素振りを見ていてもらえますか?」

「かしこまりました」


 そうお願いしてシルフの方に行って魔法の訓練をする。セレンには悪いがこっちも大事なことなんですよ。


「シルフ、さっき見てたと思うけど今日から火の魔法の魔力共有をやっていく」

「はい、ギンジさんついに使えるようになったんですね!おめでとうございます!」

「ありがとう。それでまた魔法の考え方の話なんだけど」


 そう言って今回の火の魔法の原理を伝える。


「魔法を燃やすんですか?」

「そうだね。燃えるように魔法を変えるというか」

「うーん。わかんないけどわかりました!」


 火打石は知っていたようなので着火に関してはすっと理解してくれたが可燃ガスなどは知らないので燃えるもの=薪などの植物由来の物というイメージみたいなので魔法を燃えるように変化させるというのは分かりにくいみたいだ。

 ただ水の魔法の時もH2Oなんて説明しなくても空気から水を取りだす感じは掴んでくれたので魔力共有していくうちに掴んでくれるだろう。そもそもこれを教えてくれたのは街のコックさんだ。大丈夫だろう。


 シルフとしばらく火の魔法の魔力共有をしたあと、水の魔法の訓練もする。シルフも一人で練習してるようで形を変えたりするのはできるようになっていた。シルフがんばれ!水の刃までもう少しだ!!


 シルフの魔法の訓練が終わってセレンの方に行くと初めの時よりも安定して素振りをしていた。まだ振り下ろした切っ先がブレているけど訓練初日でこれは上々だ。シルフと魔力共有をしている時はこちらをチラチラと見ていたが今は真剣に素振りをしている。

 槍とハンマーも少し使ってもらったが槍はともかくハンマーはまだ持ちあげるのが精いっぱいで上に掲げて振り下ろすのは難しそうだった。やはりまずは剣からかな。


「とりあえず今日はこれくらいにしておこう。セレンは疲れてない?」


 シルフとも少し打ち合いをした後、訓練を終了する。


「はぁはぁ、問題ありませんわ」


 問題ないのか?セレンは額から汗を流して息を切らしている。


「初日からちょっと頑張らせすぎたかもしれない」

「いえ、構いませんわ。それよりこんなに汗をかくほど体を動かしたのは初めてでちょっとやり過ぎてしまいましたわ。チルにも途中で声をかけられたのに無理したのは自分の判断ですのでギンジ先生のせいではありませんわ」


 本人がそういうならそういうことなんだろう。チルさんも「自業自得です」と言っている。セレンはそう言われても笑っていた。セレンの膝も笑っていた。

 セレンはチルさんの肩を借りて屋敷の中に戻っていった。


 ちなみにシルフもハンマーを試しに使ってみたがなんとか振り上げて振り下ろすのが精いっぱいで振り下ろした後は足が浮いて吹っ飛びそうになっていた。

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