7話 震える暗殺

 今、オウルの視界にはまるで三人が共にアジトのテーブルを囲っているように見えている。これはテレビ会議と拡張現実の技術を応用したもので、更に言えば現実で喋らずとも会話が出来るという極めて秘匿性の高いものになっている。


 だというのに、他の三人はオウルを弄るためにわざわざ現実の動きと拡張現実の姿をリンクさせて謎のロールケーキパーティに興じていた。オウルは見ていると胸焼けがしてきたのでブラックコーヒーを啜ってロールケーキが視界から消えるのを待った。


 話を切り出したのはテウメッサだ。


「ベクターホールディングス内偵調査の結果だけど、オウルたちの読み通りSBP構造の脆弱性には裏があったみたいだ。ずばり、ベクターホルディングス内の跡目争いさ。前置きが長くなるが構わないね?」


 現社長のベクター・ロイド社長は既に七〇代に差し掛かる高齢である。当人もその年齢を気にし、数年前から跡を継ぐ次期社長の選定を行っていたという。ベクター社内では当時五名ほどの候補がおり、水面下での熾烈な争いを続けた結果、今では二つの派閥となって競い合っている。


「片方はベクター・ロイド・ジュニア率いる派閥。スケベ社長の若奥さんの子供とあって三〇代、社内では若手な方だな。普通世襲社長ってのは失敗するものだけど、ジュニアくんは父に頼らず現場から入って重役まで上り詰めた実績がある。創業時からの古株には孫みたいに思われてるし若い世代にも覚えは良く、父との関係はジュニアが嫌っているだけで社長側は彼を悪く思ってはいないようだ」


 ベクター・ロイド・ジュニアの写真や映像などがデータとして提示される。

 データ上は如何にも外面重視の新進気鋭といった印象だ。

 精力的に活動しているようで、現場との距離の近さを感じさせるよう印象づけるものが多い。


 世襲でありながら父に忖度はせず社内の改革を唱えているという意外性があるが、どこまで本心かは分からない。いざ社長になったら古株のいいなりということもありうるが、それはどうでもよい。


「もう一つがイシュー・メルキセデク率いる派閥。五〇代後半と若さはないが、イシューはジュニア以外の古株や中堅連中が推す現副社長で、保守の要だ。堅実さがウリで、積み重ねてきた実績で言えばジュニアくんを大きく上回るし会社の運営能力は申し分なし。彼も社長からの信頼は篤い」


 イシュー・メルキセデクのデータは財界の要人や政治家との会合、及びベクター傘下企業でも比較的大物会社との交流を強調し、政治的な力の強さを匂わせている。

 つまるところ、革新派と保守派がポイント稼ぎで争っているのが会社の現状。

 そして、跡目争いは既に終わりに差し掛かっている。


「実はSBP構造はイシュー側の派閥の人間が考案したものだったんだ。革新的なコストカット技術による販路拡大で大量にポイントを稼いだ保守派閥の手柄は大きく、もう新社長の決定は秒読みとまで言われている」

「ほー、つまり革新派がSBP構造の欠陥を指摘して明るみに出すのが大筋の道になりそうだな」


 ここまで黙っていたミケがふと口を挟む。


「これ、『どっちなのか』まだハッキリしてないんだけど?」


 オウルはどっち、の意味も確認せずに答える。


「『どっちでもいい』が、探りは続けてくれ。まだ時間的猶予がある以上はつまらないミスをしたくない。さて、他に意見、質問、報告は?」


 オウルの問いに、ミケが手を上げる。


「そっちの町に、どっちの派閥にも属してないベクター傘下の解体会社から重機が運び込まれてるって話があったの。最初は倒壊したビルの跡を更地にする為かなーとか思ったんだけど、それにしてはやけに量が多いらしくてさ。サーペントに調べて貰ってたの。どう?」

「調べ終わってるよ。表向きはどのデータでも工事に使われる重機とその予備パーツや整備士、操縦士として扱われているね」


 ハッキング等で手に入れたデータがホロモニタ形式で提示される。ざっと見た感じどこにも不審点はないように思えるが、サーペントがモニタをつつくとホロモニタが裏返って別のデータが出てきた。そこに記された内容をサーペントはくつくつ笑いながら見せつける。


「変なんだよねぇ。人員が全員経歴を偽装した痕跡があり、軍の特殊部隊ばりに異様にセキュリティが強固。そもそもこの解体業者、ベクター傘下にしては仕事の頻度が妙に少ないのにやけに本社から可愛がられてる」

「このタイミングで焦臭い解体業者が動くか。分かった、俺とサーペントで調べる」


 根拠はないが、十中八九その会社が運用しているのはまともな重機ではない。

 オウルは会議を終えると同時、仕事服の黒コートに着替え、即座にサーペントにナビゲートを頼んで夜の闇に飛び立った。




 ◆ ◇




 クアッドはステルスコートという技術を使うことが出来る。

 周囲の風景の色彩や陰影を反映して全身を立体映像で包んで不可視化するステルス技術だ。万能とは言えないが、暗殺を生業とするオウル達にとっては便利な機能である。肉眼で殆ど見えない姿になったオウルは、ベクターホールディングス所有の大型倉庫に侵入する。


 情報ではここにベクター傘下の解体会社『チューボーン』の運び込んだ荷物がある。

 偵察開始の時点で既に不審な点があった。

 体内通信でサーペントと確認を取り合う。


『サーペント、ベクター社は地方に所有する倉庫をこんなにガチガチに防犯するほど暇なのか?』

『各種防犯センサー類に猟犬。見張りが持ってるあれはウレアーM6か? 正規軍でも採用されてる制圧用アサルトライフルだよ。警備記録と全然違うねぇ。これじゃ軍の前哨基地だよ』

『最新の軽量防弾チョッキにナイトビジョンまで装備してるぞ。こんなもんどう考えてもベクターの私兵だろ』


 一解体業者やテロリストがあそこまで最新装備で身を固められるとは思えないし、見張りの動きも軍隊経験を感じさせるきびきびしたものがある。防犯装置の設置も手慣れたものだった。倉庫の窓は全てシャッターで閉め切られ、出入り口も開かないから中の様子が分からないが、碌な中身ではなさそうだ。


 オウルはしばし、どうにか内部に潜入できないか思案を巡らせる。

 如何なステルスコートといえども猟犬の鼻を掻い潜るのは難しい。

 しかも倉庫の周囲に遮蔽物等が余りにもなさすぎる。


 暫く考えたオウルは、手っ取り早い手段に出た。


 数分後、ユニットでステルスコートを発動させたオウルが倉庫直上にいた。

 流石に相手も上空からの潜入はドローン対策程度しかしていなかったのが隙になった。犬に匂いを気取られないためにユニットの水中戦機能を応用して自分の周囲に空気が漏れない膜で体を覆った。


 慎重に慎重を期して、排気ダクトを指のレーザーで切って中に小型無人機を放り込む。


『お使い任せたぞ、レイブン』


 レイブンと呼ばれた黒い小型無人機はレイブンの名に拘らない六つの足を展開して音もなくダクト内に侵入する。


 レイブンはダクトの排気用ファンや鼠防止の金網を時には避け、時にはレーザーで静かに切り取って道を作り、ものの数十秒で倉庫内の映像を捉えた。

 倉庫内に整然と並べられているのは、ベクターが独自開発したと思われるパワードスーツたちだ。


 その数は驚いたことに六〇機。

 軍事作戦や大規模災害救助でもこれほどの数が集まる機会はそうそうない。


『サーペント、あのパワードスーツは何だ?』

『確証はないけど、ベクター社が独自開発したパワードスーツじゃないかな? 少なくとも最大手のトライオス・コーポレーションはあんなパワードスーツは開発していない筈だ。装備品らしいものは全部解体工具っぽいし、マルチパーパスジョイントも見たことのない規格だ』


 確かに映像に映るパワードスーツはどれも軍用モデルに比べて角張っており、四肢も野太い。頑強さとパワーを重視したデザインは小回りを自慢とした軍用パワードスーツにはミスマッチだ。とはいえ専ら軍用であるパワードスーツが工事現場で採用されれば一定の需要はあるかもしれない。


 武装蜂起でもしそうな数だが、サーペントは装備を見て呆気にとられる。


『ネイルガンを発展させたアンカーガンにくい打ち用のパイルドライバー。溶鋼切断用のプラズマカッターに、あの妙な形の装置はなんだ? うわ、解体用クローは背中から蠍の尻尾みたいに操るのか。こりゃ本当に工事用って感じだな』

『問題は何を解体したいのかだ。集音マイクは何か拾ってないか?』


 暫くノイズがざざざ、と音を立てた後、ノイズキャンセリングで補正をかけたことで段々人の会話する声がクリアになっていく。


『明日、本社の新社長様の就任と同じタイミングで一斉にやるんだな』

『いいねぇ、こういうの。何人ぺちゃんこになるかなあ。病院担当とかデカイ場所で作業する奴らが羨ましいぜ』

『ついでに混乱に乗じて何人か攫って、やっちまうか?』

『やめとけやめとけ。隊長の趣味に合ったやつ以外ぶち殺されちまうよ』

『おい、社長と呼べよ。こないだもそれでぶん殴られただろ?』

『おっと悪い悪い。社長には悪いがどうも癖が抜けねぇな。でも誰もいない場所くらいじゃ許して欲しいもんだぜ』


 はははは、と楽しげに笑う男達の言葉からは特別な罪の意識も自分に酔って下卑た態度を楽しんでいる風でもない。彼らに取ってはこの異常な会話こそが日常会話だ。

 殺すことが特別ではない。

 それでいて一定の規律と上官への敬意がある。


『十年前の戦争を心のなかで勝手に続ける軍人崩れ、か』


 どれほどテクノロジーが発達しても、戦争は容易に人の心を壊すし、一度壊れた心は元の形には戻せない。十年前のジルベス合衆国とパルジャノ連合の熾烈な争いで最前線に立った者の多くが戦後の平和な社会に馴染めなかったというのは当時社会問題にもなった。


 そんな中、人知れず次の戦いを求めて社会の暗部に身を沈めた連中が相応にいる。

 ユアと出会ったあの日の元兵士達も、彼らも、そういう類だ。


『ベクターに拾われて暗部の仕事をさせられている。それが解体会社『チューボーン』の真相。そして……』

『オウル、聞いてくれ』


 さっきからずっと映像解析を続けてきたサーペントが微かな焦りを滲ませる。

 彼から送られてきたのは一つだけ用途の知れなかった装備の立体映像だ。

 取っ手は銃のようだが先端部分がラッパ状に大きくなっており、その先端に吸盤のような形状の三つの装置が埋め込まれ、さらにコードによって出力がジェネレーターとも繋がっている。


『この装備だが、恐らく音波を発生させる装置だ。本来は壁の強度や金属疲労を分析するのに使うもので、三つの音波発生装置からそれぞれ音波を発生させることでより立体的で正確な分析結果を出せる……だが彼らのあれは大きすぎるし出力も恐らく十倍以上あるだろう』

『そんな出力で何を……いや、まさか』


 彼らは明らかに何らかの方法で町に危害を加えることを示唆していた。

 しかし、いくらパワードスーツが六〇機いるとしても町中で建物を一つひとつ破砕するのでは時間がかかりすぎる。犠牲は大きいだろうが、町が壊滅するより前に軍の出動が間に合うだろう。では、町を効率的に破壊する方法は何か――。

 SBP構造のことが脳裏を過り、不吉な予感が胸の内を満たす。

 オウルのその予感は、サーペントの予想と重なり確信へと変貌する。


『高出力で放たれた三つの音波は普通は問題を起こさないが、大出力で放たれれば建物さえ貫通してある一点で重なった合成波となり、大きな共振を起こす! 恐らくはスーパーベクターピラーにジョイントされた部分の全てが破壊されるほどの共振を!』

『奴らは、町の主要な施設を一斉に崩落させることが出来る。軍の出動を待たずして町は壊滅する。新社長への門出祝いにここまでするとはハッピーな会社だ……クソが!』


 事ここに至って、会社の派閥争いを利用するだの手順を踏むなどと悠長なことは言っていられない。

 崩落のカウントダウンは、人知れず終わりへ刻一刻に時間の針を近づけていた。

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