夜中の手打ちそば

ム月 北斗

ふざけた男

 むかしむかし

 ある町で大工をやってる若い男がいた。

 普段は働きもせずにいたもので、それを心配した父親に、半ば強引に働かされていたそうだ。

 働く態度もいい加減なもので、「釘はどこや?」と棟梁が聞けば「金物屋じゃ」と答え悪態づく。

 金づちを振るのもいい加減で、片手で乱暴にガンガンと殴りつけていた。

 ある日、それを見かねた棟梁が男を呼び出すと言いつけた。

「お前みたいないい加減でふざけた男は初めてだ。その態度改めるまで、来んじゃねえぞ!」

 棟梁はそうやって吠えるように言いつけると、「ひえぇ!」と驚いて男は逃げだした。


 男が逃げてから時が経ち、夜になった。

「けっ、おいらは悪くねえのに怒りやがって。誰があんなところ・・・二度と戻ってやるもんか!!」

 ぶっきらぼうに吐き捨てると、男は暗くなった通りを歩いていた。

 しばらくすると、男の前にぼんやりと明かりを放つ店が見えてきた。

 看板には大きく『そば』と書いてあった。

 走りに走った男は、気づけば腹の虫が鳴っていた。

「そういやおいら、あれから何も食ってねえや」

 暖簾をくぐり男は店へと入った。


 中には客は男以外おらず、特に変わったもののない、至って普通のそば屋だった。

 店に入れば誰かが注文を取りに来ると思っていた男だったが、待てども暮らせども誰も来ない。

 不思議に思った男が厨房を覗くと、そこにはこの店の店主らしき男がそばを打っていた。

「なぁ、あんた。おいら腹減っちまってよ、そば一つ頼むわ」

 男は店主に注文を伝えたが、店主は聞こえていないのか、そばを打ち続けている。

 そんな店主に腹が立ったのか、男は声を荒げて言い放った。

「やい、聞こえねえのか!そば一つだっての!!」

 そんな男の怒号すら耳に入っていないのか、店主は尚もそばを打っている。

「こんの・・・」

 堪忍袋の緒でも切れたのか、男は顔を真っ赤にして罵声を浴びせた。

「てめえ!それでも職人か!"仕事"しやがれ、仕事を!!」

 そんな男の荒げた声が遂に店主に聞こえたのか、店主は重い口を開いた。

「そんなにそばが食いたきゃ、自分で切ればいい」

 店主はそう言うと、まな板の前から数歩下がって男にそばを切るように促した。

 なんだっておいらが切らねえとなんねえんだ・・・男はそう思いつつも、渋々包丁を握りそばを切りだした。

「違う違う、そんなんじゃそばじゃねえ、うどんだ」

 よく見ると、確かに男の切ったそばは、うどんのように幅がある。

 男は今度はうんと細く切った。

「違う違う、そんなんじゃそばじゃねえ、素麵だ」

 ぐうぅ・・・と、男が悔しそうに唸ると、店主は包丁を握って手本を見せた。

「いいか、そばってのはこのくらいの細さだ。やってみろ、

 そう言われて男は再び包丁を握り、そばを切りだした。しかし・・・

「違う違う、そうじゃない。どうしてお前は言われた通りに出来ないんだ?」

 またしても店主に文句を言われた男は、むかっ腹が立ち言い返した。

「お前の教え方が悪いんだ!!」

 言われた店主はため息を一つ、呆れたように漏らすと男に言った。

「ちゃんと見てたか?ちゃんと聞いてたか?お前は感情的になって、何もかもが中途半端だったろ?そんなんじゃいずれ、職を追われちまうぞ」

 そう言い返された男は、はっと我に返った。そうか、棟梁が言ったのはそういうことか・・・と。

「そうだな・・・おいらが悪かったよ。今度はちゃんとやるから、もう一度おいらにやり方を見せてくれ」

 反省の言葉を述べた男に店主は、ニッコリと笑みを浮かべてこう言った。

「あぁ、教えてやるよ。だが、今教えるのはそばの切り方じゃねえ」

 男が不思議そうな顔でいると、店主はおもむろに男の腕をつかみ、まな板の上に押し付けた。

「次に教えるのは・・・そんなふざけた態度でいたお前さん自身との"手の切り方"だ」

 店主が振り上げた包丁の刃先がギラリと輝くと、それは勢いよく男の腕へと振り下ろされ、そして・・・その手を切り落とした。


「ぎゃあああああああああああ!!」

 悲鳴を上げて男は跳び起きた。

 周りはすっかり明るくなっていた。どうやら男は、棟梁の下から逃げ出した後、眠りこけていたらしい。

 男はハアハアと絶え絶えとした息をしながら、自身の両手を見た。

「ハアハア・・・ある。どっちもちゃんとある!」

 両手があることを確認できた男は安堵した。しかしそこで、先ほどの事が脳裏によぎった。

 すると、男は泡食ったかのように棟梁の下へ走り出した。

「棟梁!棟梁!!」

 ものすごい勢いで走りこんできた男に棟梁は面を喰らった。

「お、おう。どうしたい?なんだってそんな今にも死にそうな顔してやがる?」

「お、おいらが悪かった!心を改めてちゃんと人の話を聞いて、手本もちゃんと見るよ!だから・・・だから・・・」

 必死に棟梁に懇願する男は、地べたに手を突いて土下座でもするかのように言った。

「だから・・・どうか!"手打ち"だけは勘弁しておくれえ!!」

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夜中の手打ちそば ム月 北斗 @mutsuki_hokuto

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