エロゲRPGの世界に転生したけど、魔王討伐は勇者に任せます

土車 甫

序章

第1話 転生したけど凡夫は凡夫

『エルドラクエスト』


それは元々R-18のジャンルで発売されたRPG作品である。


ストーリー自体は王道であり、勇者が旅の道中で出会った仲間たちと世界征服を企む魔王を倒すと言ったものである。


それに加えて、仲間になる魅力的なキャラクターたちとの恋愛要素があるのだ。原作はR-18であるため、もちろんエッチなシーンもある。キャラクターごとに趣向が違い、カバー範囲が広いため誰でもハマると言われていた。


しかし、エロ抜きでも『エルドラクエスト』は絶賛されていた。そのため、エロ要素を抜き、恋愛要素だけ残したバージョンが後に発売された。


それにより『エルドラクエスト』の人気は更に爆発。今まで大人たちだけが楽しめるものであったが、少年たちも遊べるようになったのだ。お父さんと一緒にやっていますなんてレビューもあった。


若いうちにやると性癖が壊れるぞなんて声もあったが、そんなものお構いなしに少年たちは『エルドラクエスト』の世界に飛び込み、沼にハマっていった。


俺、竹中たけなか奏人かなともその一人だ。


高校3年生の冬、受験勉強も終盤だななんて思っていた時、隔世遺伝の病気を発症した。そのまま入院することになり、医者には言われなかったが家族の反応を見て余命が近いことを悟ったため、残りの時間で心残りを解消しようと考えた。


しかし、ベッドの上の生活が基本になってしまった俺にできることは限られる。こんな俺に会いにきてくれる女子なんて妹のかえでのみだった。いつも「学校の帰り道に寄った」と言っていたが、この病院は、妹が通っている学校とは家から真逆の位置にあるし、休日も来てくれていた。ツンデレだなって思いながら感謝していた。


そんな環境で心残り……遊ぶことと恋愛をするには、もうゲームしかないという発想になった。元々『エルドラクエスト』には興味があったのだが、恋愛要素のあるゲームを家でしていると、楓が怒って捨ててしまうため、今まですることができなかった。


だが、今いるのは病院だ。楓も毎日来るからって、普段は学校がある。つまり、一人の時間の方がいいのだ。


早速、楓には内緒にしてもらいつつ、父親に頼んでゲーム一式を揃えてもらった。もちろんR-18版ではない。あれはPCでないとできないし、親に買ってもらうのは勇気がいりすぎる。これでも少し緊張したのだ。


『エルドラクエスト』を始めると、俺は時間を忘れてその世界に入り込んだ。ただ、楓が来るだろうなという時間だけは注意していた。


世間で大絶賛される理由がそこには詰まっていた。ストーリー自体は王道であるため、多少癖があるなと思っても飲み込める、むしろハマってしまう。


仲間になる7人のキャラクターもすごく可愛い。推しもできてしまった。涙ほくろがチャーミングなウィザードの子である。その子とのデートエピソードを何周もしていた。


そんなことをしていたせいか、俺は集中しすぎて楓が来ていたことに気づかなかった。俺が『エルドラクエスト』をしていることを知った楓はそれはもう大層お怒りになられ、ゲーム一式が没収された。


俺だって(ゲーム中でも)デートがしたいんだ! と訴えたところ、治ったらその願いを叶えてあげるからなんて言われた。返してくれるということだろうか。


しかし、俺はエンディングを見ることができなかった。彼女たちとのデートの再開も叶わなかった。


意識が途切れる直前、大粒の涙を大量に流した顔で楓が「デートの約束はどうするのよ!」と言ってきた。それを聞いて、無念だな、と思ってしまった。




だからだろうか、次に意識が覚醒した瞬間、俺は『エルドラクエスト』の世界にいた。


最初から気づいたわけではない。目を覚ますと、ガタンガタンと寝床が揺れていた。瞼を擦り、よく確認すると自分は荷台の上に乗っていたことがわかった。


周りは木草で生い茂っているが、荷台が走っているところは軽く舗装されていた。荷台の先頭を見ると、ガタイのいい男がこの荷台を引っ張っていた。


「おう。起きたのか」


俺の視線を感じて気づいたのか、進行を一旦止めた男は俺の方に振り向き、笑顔を見せる。


「お前、道端で倒れてたんだぞ。大丈夫か? 自分の名前はわかるか?」

「……リオン」


自分の口が勝手に動き、身に覚えのない名前を出す。俺は竹中奏人のはずだぞ……?


「リオンか。お前さん、どうしてあんなところで倒れてたんだ?」


質問に答えようとして記憶を探る。しかし、出てくるのは竹中奏人としての記憶のみ。リオンという男の記憶など、一切出てこなかった。


「……わかりません」

「そうか……それじゃあ、家の場所とかも?」

「はい……」


俺の回答を受けて、男はうーんと唸る。そして、いいことを思いついたかのような顔をして言う。


「じゃあ、ワシのところに来い。今日からお前はワシの弟子で、家族だ」


こうして、俺はこの男——ガルドさんの家族になった。


ガルドさんの家がある村に着くまで、ガルド自身のことや村のことなど色々なことを教えてくれた。


ガルドさんは商人と鍛冶屋をやっているらしく、奥さんには先立たれていて、一人娘を男手一人で育てているらしい。村は小規模であるが、皆が仲良く、娘を一人にしても世話を見てくれる人がいるらしい。しかしそんな規模であるため、商人と鍛冶屋を兼任する必要があり、今日も自ら街まで商売に出ていたらしい。


村の近くには出ないらしいが、この世界にはどうも魔物が出るらしい。そこで俺は今まで生きてきた世界とは違うんだなと確信を持った。


ガルドさんから色々話を聞いていると、小さな村が見えてきた。大きな建物がひとつもなく、家らしき建物も少ない、本当に小さな村だった。しかし、どこか懐かしいような感じがする。


村に着くと、村の住人たちがガルドさんに「おかえり」と声をかけてくる。その中、一人の少女がガルドさんの元に駆け寄り、抱きついた。


「おかえり! お父さん!」


どうやらガルドさんの娘さん——ミリヤのようだ。ガルドさんは破顔してミリヤを迎え入れ、その大きな手で頭を撫でてやっている。


薄い桃色の髪を肩くらいまで伸ばし、翡翠色の大きな瞳を持ったその少女は、恥ずかしいのかガルドさんの手をどけようとするが、ガルドさんは笑いながら撫で続けようとする。


その間に俺が荷台から降りていると、ミリヤは俺の存在に気づいてガルドさんの後ろに隠れる。ガルドさんは笑い、「大丈夫だよ」とミリヤを前に出しながら言う。


「彼はリオン。今日からお前のお兄ちゃんだ」


そうだ。俺は今日からガルドさんの家の息子になるのだ。ここはしっかり挨拶しないとなと「よろしく、俺は——」と言いかけたところで、


「あたし、あんたがお兄ちゃんなんて認めない!」


ミリヤは大きな声で、はっきりと、強く俺を拒否した。


突然の出来事に、俺とガルドさんが固まっていると、ミリヤの声を聞きつけて一人の少年が村の奥から走ってやってきた。


「どうしたんだミリヤ! 大丈夫か!」


俺はその少年を見て、さらに固まった。しかし、頭は冷静に記憶を探り始める。……そう、俺は彼を知っている。最近、俺は彼を見ていた。いや、俺は彼だった。


燻った黒色の髪。耳にはピアス。端正整った顔。これから伸びるんだろうなと思わせる体格。そして——何より、風格が違った。


それもそうだ。彼こそ『エルドラクエスト』の主人公、ライクその人だ。


俺はその時気づいてしまった。自分は『エルドラクエスト』の世界に転生したのだと。そして、この世界の主人公は自分ではないのだと。


でも、同時に思った。主人公じゃないなら、魔王討伐は彼に任せて、俺は自由自適に生きればいいのではないかと。

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