第56話 「夏休みに向けて」
「「おじゃまします」」
「おじゃましまーす!」
土曜日の15時、柊の家には3人の客が来ていた。
春樹、七海、桃井の3人だ。
朝食を食べた後に柊と真剣に話し合い、皆にも話すべきだと柊に言われたのだ。
「おー!めっちゃ綺麗ですね…! しかもタワマンだし…!」
桃井がリビングを見て目を見開く。
「そして本当に如月先輩いるし…!」
「なんだ。居ちゃ悪いのか」
「いや…本当に一緒に住んでるんだなぁって」
「…で、私達を呼んだって事は、2人はもう仲直りしたって事で良いんだよね?」
七海の言葉に俺と柊は頷く。
すると七海は安心したように息を吐いた。
「なら良かった…本当に心臓に悪いから辞めてね」
「悪い…」
「すみません…」
「2人が仲直りした事は非常に喜ばしい事だけど、結局原因はなんだったんだい?」
テーブルを囲んで座ると、春樹が言ってきた。
俺と柊が並んで座り、右に春樹、左に桃井、正面に七海が座っている。
皆に見えないように柊は俺の手を握り、安心させてくれる。
「…俺と柊が喧嘩したのは、俺の過去が原因なんだ」
「過去…? 陽太は頑なに自分の過去を話したがらなかったけど、それが喧嘩する理由になるのかい?」
「…俺の過去を話したら、絶対に怒ってこの関係が崩れると思った。
だから話したくないって言ったんだよ。 でも柊が引き下がらないから、喧嘩になった」
俺が言うと、柊はうんうんと頷いた。
「…その先輩の過去っていうのは…?」
「もちろん全部話す。 聞いてくれるか?」
3人は頷いた。
「…まず、俺は中学時代、陸上部に入ってた」
「え…えぇ!?」
桃井が目を見開いた。
「せ、先輩が陸上部…!?」
「あぁ。 八神と同じ短距離の選手だ。 桃井は俺と八神の繋がりはなんだって言ってたけど、同じ陸上部って共通点があったんだよ」
「…だからあんなに親しげに…なるほど…」
そして、俺は昨日柊に話したように、1から全てを話した。
その間、柊はずっと俺の手を握ってくれていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…以上が、俺の過去だ」
リビングには重い空気が漂っていた。
話し始めて最初の方は皆笑顔で聞いていたが、中盤以降から桃井は涙を流し、春樹と七海は暗い表情のまま話を聞いていた。
「…お前達の事は本当に友達だと思ってる。
だけど、未だに深い所に踏み込むのが怖いんだ」
「…なるほど。 まさか陽太にそんな過去があったとはね…」
春樹は俺の顔を見ると、笑顔で拳を振り上げた。
「とりあえず、1発殴ってもいいかな?」
「え…か、海堂さん!?」
「いや本当に…私も殴ろうかな」
「私もぶん殴りますよ本当に」
「だ、ダメですよ皆さん…!ぼ、暴力は…!」
柊は俺を守るように両手を広げる。
「陽太。 君は僕達の事を馬鹿にしてるのかい? 君の過去は確かに壮絶だ。
だけど、その過去を聞いてなんで僕達が君から離れると思うのか、理解に苦しむね」
「本当ですよ! 私は心から信頼したから如月先輩とお友達になったのに!」
「…悪い」
「別に信じる信じないとかはどうでもいいけどさ。
アンタは今まで私達と話す時、演技して友達っぽく振る舞ってたって訳?」
「ち、違う…! お前達に対して演技なんて…」
弁明しようとすると、七海は笑った。
「なら、今まで通りで良くない? 別に今すぐに考え方を変えろとか言うつもりはないよ。
私は今のアンタと友達になりたいと思ったから友達になったんだから。
あんたはあんたのペースで少しずつ進んでいけばいい」
「七海…」
「七海先輩の言う通りですよ!
如月先輩が私の素を受け入れてくれたみたいに、私もどんな先輩でも受け入れますっ!」
「桃井…」
「僕は君の事を親友だと思ってたし、当然君もそう思ってると思ってたからショックだけどね」
「…悪い」
「でも楽しみが増えたとも言えるね。
いつの日か君と親友になれる日が来るのを気長に待つさ」
「春樹…ありが…いてぇっ!?」
突然春樹に頭を叩かれた。
春樹を見ると、笑顔で俺を見ていた。
「傷ついた分は今の1発でチャラにしてあげよう」
「じゃあ私も」
「私もやりまーす!」
春樹に続くように七海と桃井に頭を叩かれ、俺は頭を押さえていた。
「お前ら…容赦なさすぎだろ…」
「如月先輩が悪いんですよ〜? ほらほら、渚咲先輩も!」
桃井は柊の肩を掴む。
「え!? わ、私もですか!?」
「1番ショックだったのは渚咲だろうし、思い切りやっちゃいな」
「えぇと…んー…」
「ほら、陽太も殴って欲しいって顔してるよ?」
「してねぇよ」
春樹にツッコむと、柊はずっと悩んでいた。
俺ははぁ…と溜め息を吐く。
「…まぁ、傷つけたのは事実だしな…」
柊に言うと、柊は覚悟を決めたのか、右手を上にあげた。
「じ、じゃあ…本気で行きます…!」
「え、いや…別に本気じゃなくても…いってぇ!!?」
誰よりも本気で叩かれ、パシィィン!!という音と共に頭が割れるんじゃないかというくらいの衝撃が走った。
「お前本気でやりすぎだろ…!って…」
「〜っ…!!」
柊は叩いた右手を押さえていた。
「なんで叩いた方も痛くなってんだよ…」
「うぅ…人を叩くのは慣れてなくて…」
この分じゃ、昨日俺の事をビンタした時も痛いのを我慢してたんだろうな…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「渚咲先輩めっちゃ手際いいですね!? プロですか!?」
「ふふ…桃井さんもお料理上手じゃないですか」
キッチンでは柊と桃井がエプロン姿で夕飯を作っていた。
前に料理が得意と言っていただけの事はあり、桃井の手際は中々良かった。
「七海は混ざらないのかい?」
「私の料理スキルは普通だからパス。2人の足を引っ張るだけだしね」
「…あ、如月君如月君。 皆さんに夏休みの事話さなくて良いんですか?」
柊は野菜を切りながら言ってきた。
そういえば忘れていた。
「夏休み〜? 何の話です?」
「あー…実はな、俺の母親が夏休みにお前らに会いたいって言ってきたんだよ」
「陽太のお母さんに会うって事は、私達が陽太の地元に行くって事?」
七海の言葉に頷く。
「私は大丈夫だよ。 特にやる事もないし」
「僕も是非行ってみたいね」
「私も! 行く日さえ分かれば予定空けます!」
なんと皆即答してきた。
とにかく、これで5人で行く事は確定か。
「蒸し返すようで申し訳ないんですが、如月先輩ってえーと…卯月さんとはもう連絡取ってないんですか? 一之瀬って人とは連絡取ってないの分かるんですけど」
「取ってないな。 お互いに忘れようって言っちまったし」
「んー…おせっかいかもしれないですけど、帰省したタイミングで久しぶりに会ってみたらどうですか?
きっと、好きな人と離れ離れになるのは辛いと思うので…
私と違ってキッパリ諦められた訳ではないでしょうし…」
桃井に言われ、俺は考える。
確かに風香には悪い事をした。
風香は俺と和馬の間を取り持とうとしたのに…
「…考えとくよ」
「はい! それにしても、よく笑って性格が明るい先輩って想像出来ないですね〜」
「確かに。 私達はもう陽太がこういう性格って思い込んじゃってるもんね」
「まぁ、そこら辺は如月先輩のお母さんに聞きましょうか! どうせ如月先輩ははぐらかすでしょうし!」
「如月君のご両親はとても良い方達ですので、なんでも教えてくれると思いますよ」
目の前で恐ろしい会話が繰り広げられ、俺は矛先が向かないように春樹と共にゲームをしながら夕飯が出来るのを待った。
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「このカレー美味しい〜! ウチのカレーより美味しいです!」
夕飯は人数が多いという事でカレーになった。
野菜を切るのとカレーを作るのは柊の担当で、桃井はカレーに合うようにとラッシーを作ってくれた。
桃井は他にもデザートとして皆に一口サイズのプリンタルトを作り、女子力の高さを遺憾無く発揮していた。
「ありがとうございます。 桃井さんのラッシーも美味しいですね!」
「やったぁ! 如月先輩は毎日こんな美味しい料理が食べられて幸せですねぇ」
「だろ」
柊は、カレーを盛る皿に先日買った皿を使っていた。
ご飯を食べ終えた後は俺と春樹で皿を洗っていた。
柊達女子3人は今柊の部屋でガールズトークをしているらしい。
「陽太の地元かぁ、楽しみだね」
「期待しても何もないぞ? ただの田舎だしな」
「陽太は地元が嫌いなのかい?」
「いや…別にそういう訳じゃねぇけど」
「案内は任せたよ。 君が昔過ごした思い出の場所を僕達に見せてくれ」
「へいへい…」
そんな話をしながら皿を洗っていると、ようやく最後の皿が洗い終わった。
「よし、じゃあ時間も遅いし、僕達は帰ろうかな。 桃井さんを送らなきゃいけないしね」
「だな。 じゃああいつら呼ぶか」
柊達にチャットすると、皆柊の部屋から出てきた。
各々帰りの準備をし、忘れ物がないか確認すると、皆挨拶をして家を出て行った。
「ふぅ…」
「お疲れ様です。如月君」
「…あぁ」
「皆怒らなかったでしょう?」
「だな…頭は叩かれたけど」
「ふふ…如月君のお母様には私から伝えておきますね」
「なんでだよ。 普通は俺の役目だろ」
そう言うと、柊は笑顔で俺の背中を押した。
「まぁまぁ。 ちょっと話したい事もありますし! 如月君はお風呂沸かしてきて下さいっ」
「…まぁ良いけど…」
ひらひらと手を振る柊を背に、俺は風呂場へ向かった。
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