第53話 「陽太の過去」
「どうしたのあんた達」
「何があったんですか…?」
「面白いくらい不機嫌だね…」
次の日、柊は1度も俺と口を聞いてくれなかった。
朝飯はちゃんと俺の分がテーブルの上に用意されていたが、既に柊は家には居らず、学校に行くと柊は俺とは一度も目を合わせずにただ授業の予習をしていた。
前では春樹、七海、桃井が俺達に違和感を感じたのか心配した目を向けてくる。
「…別に何もありません」
「渚咲はこう言ってるけど?陽太、あんたはどうなの?」
「…別に」
俺が顔を逸らすと、七海はため息を吐いた。
「渚咲…? こんなの渚咲らしくないよ? 」
「すみません。 でも彼の態度が気に入らないので」
「えぇ…陽太、あんた本当に何やったの…」
「…別に」
「訳が分からない…」
七海は頭を抱えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇ陽太。 全部吐きなさい」
「そうだよ陽太。 柊さんに何を言ったんだい?」
帰り道、春樹と七海に言われた。
柊は帰りのHRが終わるとすぐに家に帰り、桃井は家が逆なので今は七海と春樹と俺の3人だ。
「だから別に何も…」
「「はい嘘」」
被せて言われ、俺はため息を吐いた。
「渚咲があんなに怒るなんて異常だよ? 」
「喧嘩の原因はなんだい?」
「…大した事じゃねぇよ。 柊が俺の態度に腹を立ててるだけだ」
「だから、その内容を聞いてるんだけどな…まぁとにかく、明日は土曜日なんだから、ちゃんと渚咲と話ししなよ? 」
別れ道になり、春樹達と別れる。
いつもは今日の晩飯は何だろうとか考えながら帰っていたが、こんなに重い気持ちで帰るのは初めてだ。
「…ただいま」
マンションに着き、扉を開ける。
玄関に靴はあるので柊はすでに帰ってるんだろう。
だがいつもの「おかえりなさい」の声がない。
…まぁ当然か。
手を洗ってからリビングに行くと、柊が無言で野菜を切っていた。
相変わらず俺の方を見ようとはしない。
「…柊」
「……」
柊は無視して野菜を切り続ける。
…まさかここまで柊が怒るとは思わなかった。
だが、いくら怒っていても、夕飯を2人分作ってくれているのは柊らしい。
「今のあなたとは話したくありません」
柊は目を合わせずにそう言った。
「…この家、出て行った方がいいか? 」
俺が聞くと、柊は顔を上げ、俺の事を睨んだ。
「…それ、本気で言ってるんですか?」
「あぁ。柊に迷惑をかけてまで居候をしようとは思わない」
「この家を出て行く決断をするくらい話したくない過去なんですか…?」
柊はまな板に包丁を置き、俺の前に来て言う。
「…あぁ」
「っ…! 如月君にとって…私は一体なんなんですか…?
一緒に住んで…お互いに信頼出来る関係になれたんじゃなかったんですか…?」
「…俺は、誰とも深く関わるつもりはないんだ。
柊は確かに俺の友達だが、それはあくまでも高校生の間だけの関係だと思ってる。
人間関係には遅かれ早かれいつか終わりが来る。
俺とお前の関係の終わりは今このタイミングだったってこ…」
俺が言い終わる前に、柊は思い切り俺の頬を叩いた。
痛む頬を押さえながら柊を見ると、柊は涙を流していた。
「なんで…なんで信じてくれないんですか…!?
否定しないって言ってるじゃないですか…!
私の過去を受け入れてくれたみたいに、私も貴方の過去を受け入れてみせます…!
だから…!そんな悲しい事…言わないで下さいよ…」
柊は俺のワイシャツを掴み、涙声で言う。
「…お前のこれからの人生に、俺は邪魔だ」
「っ…!」
俺はワイシャツから優しく柊の手をどかし、荷物をまとめる為に部屋に戻ろうとした。
「…もういいです。出て行くなら、好きにして下さい」
「…あぁ。今まで世話になっ…」
「ただし、貴方の過去は私が勝手に知る事にします。 貴方のお母様に電話すれば教えてくれるでしょう」
背後から言われたその言葉に、俺はため息をつく。
「もう怒りました。 貴方が出て行った事も、貴方が過去を話してくれずに喧嘩になった事も、全てお母様に暴露します」
「…脅しか?」
「はい、脅しです。 如月君、貴方が話しても話さなくても、私は貴方の過去を知る事が出来ます。
どうせ出て行くのなら、自分の口から全てを話して、私の反応を見てから出て行って下さい」
俺が柊に過去を話さなければ、柊は母さんに電話する。
柊が事情を話したら母さんは絶対に柊に全てを話すだろう。
そして当然俺は母さんに叱られ、ホテル暮らしをするお金をもらう事が出来なくなるかもしれない。
…もう…腹を括るしかないか。
「はぁ…やっぱりお前性格悪いな」
「使える手段は何でも使うだけです。
…それで、どうしますか?」
「…俺が過去の事を話したら、柊は多分今より怒るし、傷つくと思う。
だから出来るなら話したくない」
柊は静かに俺の目をジッと見る。
「でも、こうなっちまった以上はもう話さなきゃいけない。
…全部話すよ」
「…分かりました。 どんな過去だろうと受け入れてみせます。
夕飯を食べてお風呂に入ったらゆっくりお話ししましょう」
柊はそう言うと、ふぅ…と息を吐き、キッチンに戻って野菜を切るのを再開した。
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夕飯を食べ終え、風呂に入った俺達はパジャマ姿でソファに座って居た。
テレビは消しており、部屋の中はシーンとしている。
「…今更だが、昨日は関係ないなんて言って悪かった。 あと、さっきも言い過ぎた」
「いえ…私も怒りすぎちゃいましたし…」
「あんな事言われたら当然だ。 柊は悪くねぇよ」
お互いに頭を下げた後、俺は深呼吸をし、柊を見る。
柊も覚悟が出来たのか、姿勢を正して俺の方を見た。
「…まず、母さんが言った通り、俺は中学時代陸上部に入ってた」
「…如月君が陸上部…なんか想像出来ないです」
「だろうな。 陸上部時代は今よりも明るかったし、活発だったからな」
「なるほど…」
「母さんと父さんは昔から身体を動かすのが好きだったらしくてな。
その遺伝かは知らないけど、俺は当時足だけは速かったんだ。
短距離の選手だったんだが、全国大会に出場できる事になった事もあった」
「え…す、凄い…あ、だから八神さんによく話しかけられて…?」
「鋭いな。 八神は中学時代に俺の名前を見つけてずっと覚えてたらしい。 だから八神にはバレちまったんだ」
本当に当時は焦ったな…
まぁ今の方が緊張してるんだけども。
「…でも、そんなに陸上の才能があるなら、何故今陸上部に入ってないんですか? …もしかして怪我とか…!?」
心配する柊に、俺は首を横に振る。
「2年の夏に陸上部を辞めるまで、俺は陸上部内で1番早かった。 短距離も、長距離もな。
そんな奴が居るとどうなるか、分かるだろ?」
「…嫉妬…?」
「あぁ。 俺の居た中学はその辺りの度が過ぎててな、ガキの悪戯とは思えない事を沢山されたよ。
暴力だったり、噂を流されたりな」
「そんな…酷い…!」
柊は自分の拳をギュッと握り怒る。
「まぁ、ザッと軽く話すとこんなもんだ。 ここからは詳しく話す」
柊は、ゆっくり頷いた。
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俺は小学生の頃から足が速かった。
徒競走や運動会では常に1位。
性格も今より明るく、笑顔も多かったから、当時はまぁまぁモテたし、友達も沢山居た。
「ヨータは本当に速いなぁ〜!」
「さっすがヨー君!」
当時の俺には、親友と呼べる友達が2人居た。
それが今話しかけてきたこの男女…
俺と同じ黒髪黒目だが、ツンツンヘアーの
この2人とは幼稚園の頃から仲がよく、所謂幼馴染という奴だった。
「なぁヨータ!知ってるか?中学には陸上部って部活があるんだってさ!」
「りくじょーぶ? なんだそれ?」
「走ったり重い球を投げたりして記録を競う部活! 」
「おー!何だそれ楽しそう!」
「だろ!? だから俺とヨータで入部しようぜ!」
「カズと一緒なら楽しそうだし賛成!」
カズ…和馬は、俺を陸上部に誘った張本人だった。
「じゃあ私はマネージャーやる!」
俺達3人は、毎日を楽しく過ごして居た。
それは中学に進学してからも変わらず、俺達3人は常に一緒に居た。
周りからは"仲良し3人組"なんて呼ばれもしたな。
そして和馬の約束通り俺と和馬は陸上部に入り、その日からキツい練習の日々が始まった。
今までトレーニングなどしてこなかった俺達にはかなりキツい練習メニューだったが、親友も一緒に頑張っていると思うと不思議と力が湧いてきた。
そして俺と和馬は順調にタイムを伸ばし、同じ短距離走の選手としてお互いにライバル兼親友として陸上を楽しんでいた。
1年生だが俺と和馬は陸上の大会に出させてもらったが、その時はまだ体が出来上がっていなく、全国出場には程遠いタイムだった。
「…ヨータ、来年は絶対に2人で全国行こうな」
「あぁ!当たり前だ!」
その日から、俺と和馬はより一層陸上にハマっていった。
「くっそー!また負けたぁ…!」
「あぶねぇ…またタイム早くなったなぁカズ」
「でもいつもあと少しの所でヨータには勝てないんだよなぁ〜」
「まぁ俺も練習してるからな!」
「くそぉ…なら俺はヨータの倍練習してやる!」
「なら俺はカズの更に倍練習するからな!」
「はいはい! 2人とも練習のしすぎは身体に悪いんだからね!? しっかり休む事!」
「「はーい」」
俺と和馬はいつも部活終わりに1走だけ本気の短距離勝負をするというのが日課になっていた。
そんな俺達の勝負を先輩達はいつも楽しみにしており、俺はこんな日常が毎日続くんだろうと思った。
だが、そんないつも通りの日常は唐突に崩れた。
「はぁ…はぁ…! ヨータ…お前…早すぎ…!」
中2の春、突然俺の陸上の才能が開花したのだ。
タイムは1年の頃とは比べ物にならないくらいに速くなり、高校生に混じっても違和感が無いほどになった。
成長期が関係しているのか、親の運動神経の遺伝なのかは分からないが、その日から俺は顧問や他校の生徒から"天才"と言われるようになった。
そして同時に、その日から徐々に、俺に対する嫌がらせが始まった。
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