第29話 「王子様と、陽太の過去」

柊とも普通に学校で話すようになり、柊は遠慮なく俺達の会話に混ざるようになった。


あの日から日が経ち、今ではもう陰口を言う奴も少なくなってきた。


「ここの問題は、この公式を使うんです」


「…あぁなるほど」


現在、俺は休み時間に柊に数学を教えてもらっていた。

俺は数学が苦手だからな。 こういうのは頭がいい奴に聞いた方がいい。


別に家で聞いてもいいのだが、学校で話しかけると柊が喜ぶので敢えて学校で聞いている。


柊の教え方はかなり分かりやすいから助かる。


「如月さんは問題を深読みしてしまう傾向があるので、もっと柔軟に考えてみた方がいいかもしれませんね。 解き方さえ分かれば正解出来る能力はあるので勿体ないです」


「深読みか…確かにそうかもしれんな」


テストでは考えに考えた結果書いた回答が間違っており、最初に導き出したが違うと切り捨てた方が当たっていた事が多い。


これからは考えすぎない方がいいのかもしれないな。


「…柊さん、ちょっと良いかな?」


突然話しかけられ、声の方を見る。

そこには、イケメンがいた。


女子からは王子様と呼ばれ、まさに男版の柊。 八神天馬だ。


「話すのは初めてだよね。 俺は八神天馬、よろしくね」


「八神さん、どうかしましたか?」


柊は首を傾げる。

やばい、オーラが違いすぎる。


八神と柊がいる空間だけ明らかにキラキラしており、直視する事が出来ない。


七海に至っては眩しすぎて机に突っ伏してるし。


「実は担任の先生からさ、クラス委員をやるように頼まれたんだ」


クラス委員、クラスを纏めるいわばリーダーのような存在だ。

確か先日候補を募ったが誰も立候補せずに終わったはずだが、どうやら八神が先生から推薦されたらしい。


「それで、クラス委員は男女1人ずつだから、良かったら柊さんもなってくれないかな?」


「私がクラス委員に…ですか?」


「うん。 柊さんは人望が厚いし、発言力もある。 ピッタリだと思うんだ」


確かに、クラス委員は柊にピッタリだと俺も思う。

それは本人も分かっているはず。


だが立候補しなかった所を見ると、何か理由があるのだろう。


「…ごめんなさい。 私はクラス委員をやるつもりはありません」


柊は、綺麗にお辞儀をした。

断られるとは思っていなかったらしく、八神は目を見開く。


「えっと…何か理由があるのかな…?」


「私は一人暮らしなので、あまり遅くまで学校に残ると家事が出来なくなってしまうんです」


「あぁなるほど…それは仕方ないね」


流石に家事の事を出されると強く出れないのだろう。


「分かった。 じゃあ他の子を当たってみるね」


「お役に立てず申し訳ありません」


「気にしないで」


そう言って八神は柊に笑顔を向ける。

その笑顔を見た周りの女子が悲鳴をあげた。


なるほど…これが王子様スマイルか。

悔しいが男の俺目線でもカッコいいと思ってしまう。


「あ、そうだ。 もう一つ用事があったんだ」


「なんでしょう?」


「あぁごめん。 柊さんにじゃなくて…」


八神が柊に言うと、視線を俺に向けてきた。


「如月、君にだよ」


「…は?」


俺はつい素っ頓狂な声をだしてしまう。

まさか八神から話しかけられるとは思わなかったからだ。


「いや、なんで名前…」


「そりゃ知ってるさ。 前回の一件で、君の名前はクラス中に知れ渡ったよ」


前回の件というのは、柊ブチギレの件だろう。

あれは俺の為にキレた訳だもんなぁ…そりゃ知ってて当然か。


「まぁ俺は君の事を前から知ってたけどね。 如月、ちょっと2人で話せないかな?」


前から知っていた…?

それに2人で話したい…だと…?


周りを見ると、柊、七海、春樹が心配そうにこちらを見ていた。


「…ここでは話し辛い事なのか?」


「いや、俺は話しても良いけど、君は嫌がる話題だと思う」


「…分かった」


そう言って、俺は立ち上がる。


「あ、ごめんね。 ゆっくり話したいから、放課後で大丈夫かな」


「了解」


そう言って席に座り直すと、八神は席に帰って行った。


「…ねぇ」


七海が言葉を発する。

言いたい事は察する。


「思い当たる事は何もないぞ。 まず接点ないし」


八神と俺には共通点もないしな。


「…何かあったら、すぐ言って下さいね」


柊が小声で言ってくるので、俺は頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「如月、準備いいかな」


放課後になり、鞄に物を詰めると、八神が席にやってきた。

俺は頷き、立ち上がる。


「じゃあ、ちょっと如月借りるね」


八神は七海と春樹に笑顔で言い、教室を出た。

俺も後について行くと、屋上に出た。


屋上には誰もおらず、静かな空間だった。


「急に呼び出してごめんね」


「いや、別にいいけど。 何のようだ? ここでリンチでもされんのか?」


「そ、そんな事しないよ! 人聞きの悪い…」


慌てる八神につい笑ってしまう。

どうやら冗談が通じる奴らしい。


そして、八神は真面目な顔になる。


「…俺は陸上部に入ってるって言うのは知ってるよな」


「あぁ。 エースらしいな」


「ありがたい事にね。 …で、俺は昔から陸上が好きでさ、全国の有名選手は殆ど記憶してたんだ」


「……ほう」


「中学の時にさ、地方の中学にとても速い選手が居るって知ったんだよ。 そいつは俺と同じ100mの選手でさ」


「……」


「しかもそいつの2年生の時の地方大会での記録は、俺の自己ベストより速かったんだ。

そいつはその地方大会でぶっちぎりの1位を取って、全国大会への出場を決めた。 俺もその時全国大会に出場する事になってね、大会で競うのを楽しみにしてたんだよ」


俺は無言を貫く。

だが、八神は続ける。


「だけど、その大会に彼は来なかった。 代わりに、彼と同じ中学で惜しくも全国大会に出れなかったはずの子が全国に来ていたんだ。

俺はその子に彼の事を聞いたよ。 そしたら、どうやら彼は陸上部を辞めたらしいんだ。 全国大会の前にね」


「…それが、どうした」


「長々とごめんね。 ここからが本題だ。 その彼の名前を言おうか。 その彼の名前は、如月陽太」


「っ…」


「君なんだろ? 如月」


「…人違いだろ」


「もちろん俺も最初はそう思ったさ。 だから折角同じクラスになった事だし、こうして君の反応を見る事にした」


反応を見ていた…?

八神は、悲しそうに笑った。


「…君は顔に出るタイプみたいだね。 話し始めてすぐに確信したよ。

あぁ、こいつがあの如月なんだってね」


「……」


「教えてくれ如月。 なんで陸上を辞めた…? 君ほどの選手なら、全国大会でも結果を残せたはずだ。

この学校でも、陸上部に入っていれば、エースは俺じゃなくて、君だっただろう」


「…別に、陸上が嫌いになった訳じゃない」


諦めたように口を開く俺に、八神は静かになった。


「…お前も経験あるだろ? 毎回一位を取っていると、どうなるか」


「…嫉妬…か?」


俺は小さく頷く。


「俺がいた中学は運悪く、その嫉妬が度を超えていた。 それだけだ」


「…何をされたんだ」


八神は、怒気が籠った声で言った。

こいつは人の為に怒れる奴らしい。

顔が良くて性格も良いとか、完璧すぎるだろ。


「…色々だな。 暴力はもちろん、陰口や、根も葉もない噂を流された事もあったな」


自嘲気味にいう俺に、八神は悲しい顔をした。


「そこからはただ落ちて行った。 馬鹿らしくなって陸上部を辞め、不登校になり、家に閉じ籠った。

んで、地元に居るのが嫌になってこの土地に逃げてきたって訳だ」


「…すまない。 そんな過去とは知らなかった」


「いいよ。 こんなの予想出来ないだろ」


「…もう、陸上はやらないのか…?」


「悪いな」


そう言って小さく笑うと、八神は俺の肩を掴む。


「この学校の陸上部メンバーはいい奴ばかりだ…! 君が何か言われても、俺が絶対に守ると約束する!

だから…」


「悪い。 俺はもう誰も信じないって決めたんだよ。 お前がいい奴だってのは分かる。 中学の時にお前と同じ学校だったら、俺はまだ陸上をやっていたかもな」


八神は、悲しそうに顔を歪めた。


この学校にはいい奴が多い。

柊、春樹、七海、そして八神。

皆いい奴だ。


だが、いい奴だからこそ、怖いんだ。

安心すればするほど、裏切られた時の衝撃が大きいんだ。


中学の時も、1番信頼していた奴に裏切られ、俺は何もかもを失った。


だから、俺は誰も信じない。


柊、春樹、七海はとても良い奴らで、良い友達だ。

だが、アイツらには悪いが、友達止まりでしかない。

友達の上、親友には、決してなれない。


「…俺は、君を変えた人達が憎いよ」


「お前は本当に優しい奴だ。 お前も、ずっと嫉妬されてきたんだろ?」


八神は、無言で頷いた。

俺は陸上の事だけだったが、八神に関しては頭脳、容姿、身体能力全てが優れている。


それだけ嫉妬される事は多かったはずだ。


「…俺はお前みたいに強くはないからな。 乗り越える事も、我慢する事も出来なかった。

逃げる事しか出来なかったんだ」


そう言うと、八神はゆっくりと俺の肩から手を離した。


「…話してくれてありがとう。 当然だけど、この事は誰にも言わないから、安心してくれ」


「助かる」


「今日は付き合わせて悪かったね」


「いや、大丈夫だ。 それじゃ」


そう言って、俺は屋上を後にした。


流石にもう残って居ないと思うが、念の為教室に戻ると…


「…残ってたのかお前ら」


柊、七海、春樹の3人が残っていた。


「…話ってなんだったの?」


校門を出て4人で歩いていると、七海が口を開いた。

やっぱり気になるよなぁ…


「ただの世間話」


「はい嘘」


七海にズバッと言われる。


「…大した事じゃねぇよ」


「私達に隠し事するんだ? 陽太の癖に生意気じゃん」


七海がムッとした顔をする。

見れば、柊は心配そうな顔をしていた。


「…ちょっと思い出したくない事を思い出す事になっただけだ」


「…なんですかそれ。 私明日八神さんに文句を…」


「いや違う。 八神は悪くないし、寧ろあいつは良い奴だ」


暴走しそうになる柊をなんとか止める。


「…僕達に話す気はない…そういう事かな?」


「…まぁ、そうなる」


「…私達の事、信用出来ませんか?」


「信用出来る出来ないの話じゃないんだ。 俺が話したくないんだよ」


俺がこの話をするという事は、こいつらの事を信用していないとバラすような物だ。


そんな事をしったら絶対にこいつらは悲しむし、俺も悲しませたくない。


だから、このまま何も言わずにいる事が、1番幸せなんだ。


幸せなはずなんだ。

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