第16話 「親からの電話」

「柊、身体傾いてる」


テスト結果が出た次の日、俺と柊は、土曜日という事もあり、2人でゲームをしていた。


ゲームは、大人気キャラクター達がカートに乗って一位を競い合うレースゲームだ。


柊に必要な操作を教え、一緒にしていたのだが、柊は曲がり角を曲がる際に体が傾いてしまう癖の持ち主だったのだ。


本人曰く無自覚らしく、指摘するとすぐに姿勢をただすのだが、その光景は中々に可愛らしい。


「ちょっ…!今の緑甲羅きらいです…!」


「悪いな」


前を走る柊の車に緑の甲羅をぶつけると、柊が叫んだ。

そのまま俺の車は一位でゴールする。


柊は甲羅を当てられた事で順位が下がり、4位でゴールした。


「…如月くんに勝てる気がしません」


「いやいや、結構危ないし、柊やる度に上達してるぞ」


「もう一回やりましょう!」


「あいよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「き、如月くん…!今その赤甲羅は投げちゃダメです!」


「聞こえんな」


画面分割をしているため、お互いがどんな状況なのかがすぐに分かる。

俺は、前を走る柊の車に赤甲羅を投げた。

赤甲羅は自動で追尾し、柊の車に当たった。


「っ! 如月くん嫌いです…!」


「はっはっは。 ガードをしてないからそうなるんだ」


恨み言を言っている柊を無視し、またもや一位でゴールする。


「っ!!もう一回です!」


「何回でも付き合…ん?」


またレースをしようとしたら、俺のスマホが鳴った。

どうやら誰かから電話が来たらしい。


画面を見ると、【如月美穂】。

母親の名前が映っていた。


「どうぞ」


「あぁ」


柊の前でボタンを押し、電話に出る。


『あ、陽太?元気だった?』


「あぁ。元気だよ」


『なら良かった!渚咲ちゃんとは上手くやってる?』


「…まぁな」


『なら良かった!あ、近くに渚咲ちゃんいる?』


「横にいるぞ」


『じゃあスピーカーにしてちょうだい』


言われた通りスピーカーにし、ソファの前のテーブルの上に置くと、柊は察したらしく、姿勢を正す。


『渚咲ちゃん聞こえるー?』


「はい。聞こえます。お久しぶりです」


『久しぶりー! あれから本当にありがとね』


「いいえ、おかげで毎日楽しいです」


『あ!息子が変な事してない?大丈夫?』


「大丈夫ですよ。とても紳士的な方なので」


柊は笑いながら言った。


『なら良かったわー!何かされたら遠慮なく蹴り上げちゃっていいからね!』


「ふふっ、そのつもりです」


笑顔で言う柊に、俺は震え上がった。


「…母さん。本題は? 世間話をする為にかけてきたんじゃないだろ?」


『そうねぇ』


母さんは、真面目な声になる。


『まず、連絡が遅くなってごめんなさい。 私とお父さんで大家さんや保険会社と話して、とりあえずは賠償金を払ってもらえる事になったわ。 そして、その賠償金は陽太の口座に振り込んだから、全額渚咲ちゃんに渡してちょうだい』


「えっ!?そんな…!受け取れません!」


柊は焦ったように言う。


『遠慮しなくていいのよ。息子がお世話になってるんだし当たり前の事よ。 ほら陽太は家事とか何も出来ないでしょ?』


「ですが…」


『はい!この話は終わり! そして次は新しい物件についてね』


母さんがその話題に触れると、柊がビクッと跳ねた。

そして、悲しそうな顔をした。


『今私と浩次さんで新しい物件を探してるんだけど、時期も時期だから中々いい物件が無くて困ってたんだけど、学校から遠くはなるけど、前のアパートよりいい物件を一件見つけたから、後で送るわね』


「お、サンキュー。 俺も探してはいたんだけど、やっぱりこの時期は少ないよな」


『そうねぇ…12月とかになると引っ越す人が多いから空きがあるんだけどね』


今は10月。もうすぐ11月になるが、年末にはまだまだだ。


「あ、あの…!」


柊が絞り出すように声を出した。


「どうした?」


「あ、あの…ね、年末までウチで生活してもいい…ですよ」


「…はぁ!?」


「す、住む場所を妥協してしまうと後々困るかもしれませんし、私は別に迷惑だとは思っていませんし…」


「いやいや…流石に年末まで居候はまずいだろ」


「でも…」


『渚咲ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけど…本当にいいの?』


「はい!如月くんとの生活は楽しいですし、私は全然迷惑はしてないです」


『なら、お願いしちゃおうかしらね』


「ちょ、母さん!?」


『もちろん生活費は十分な程振り込むし、渚咲ちゃんがそれで良いのなら甘えちゃいなさいな』


母さんの発言に、柊は笑顔になる。


いやいや…なんで柊は嬉しそうなんだよ…


『ただ、渚咲ちゃん。 生活費は絶対に受け取る事。 これは約束出来るかしら?』


「は、はい!」


『じゃあ渚咲ちゃん、頼りない息子だけど、年末までお願い出来るかしら?』


「はい! お任せください」


『ふふ…いつか直接会ってお礼させてね。それじゃ』


そう言って、母さんは電話を切った。


「…おい」


「……」


「そんな照れるなら言わなきゃ良かっただろ」


自分の発言を思い出したのか、柊の顔は真っ赤に染まっていた。


「…すみません」


「はぁ…今からでも母さんに連絡して物件送ってもら…」


「それは大丈夫です…!」


柊は、顔を赤くしながら俺を止めた。


俺はため息をつく。


「…あのな。 元々俺はあまり長くここに居座る気は無かったし、物件が見つかり次第出ていくつもりだった」


「……」


「俺からしたらここでの生活は本当に助かったし、ありがたいが、柊からしたらずっと家に他人がいるのは落ち着かないだろ?」


「そんな事…ないです」


柊は、真っ直ぐ俺を見て行った。


「…確かに、最初は不安はありましたし、緊張もしました。でも…一緒に生活していくうちに、如月くんがとても優しい人だって分かって、それからは、むしろ如月くんがいる事に安心するようになったんです」


「…俺がいて安心…?」


「はい。 だって、如月くんは素の私を受け入れてくれたでしょう? どんなにワガママ言っても拒絶しないし」


柊は、俺の目を真っ直ぐ見る。


「少し、言い方を変えましょう」


「言い方…?」


「如月くん。 私は貴方と居るととても安心するので、どうかこれからも私と一緒に生活して下さい」


そう言って、柊は頭を下げてきた。

俺は思わず柊の肩を掴み、頭を上げさせる。


「馬鹿かお前は、なんでお前が頭下げるんだよ」


「だって、こうしないと如月くんが出て行っちゃうから…」


「…そこまで思われてるんなら、出ていかねぇよ。 俺もここに居れるんなら、ここに居たいしな」


そう言うと、柊は笑顔になった。


「じゃ、じゃあ、これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ」


「…げ、げーむ…しますか」


「…だな」


お互いに気まづくなり、また俺たちはゲームの中で車を走らせた。

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