第13話 「不幸な雨」

「おはようございます如月くん。 早速で申し訳ないのですが、ゴミ捨てをお願い出来ますか?」


月曜日、目が覚めリビングに行くと、制服姿にエプロンをした柊に迎えられた。

横を見ると、既に可燃ゴミがゴミ袋に纏められていた。


2人暮らしという事でそれなりに溜まっている。


「了解」


「ありがとうございます。 ご飯用意して待ってますね」


「はいよ」


俺はゴミ袋と合鍵を持って家を出る。

そしてエレベーターに乗り、一階を押す。


このマンションは40階建てで、柊が住む家は35階にある。

タワマンは上に行くほど値段が上がるらしいが、怖すぎて値段は聞いていない。


時間をかけて一階につき、オートロックの扉を出て外に向かう。

このマンションは、マンションの敷地内にゴミ置き場が設置されており非常に便利だ。

外にあるマンション住居者専用のゴミ置き場にゴミを捨て、また入り口に戻ると、オートロック扉の前に見知らぬ男性が立っていた。


出る時は気がつかなかったらしい。


「……」


男性は、パッと見は若く、所謂エリートのような格好をしていた。

身体はすらっとしており、スーツがとても似合っている。


だが、俺が気になったのはそこではない。

男性の顔立ちだ。


男性の顔は、どこか柊と似ていた。

髪色は黒だし、男性という事で全てが一緒という訳ではないのだが、雰囲気が柊に似ていた。


男性は、俺の姿を見ると目を見開いた。


「…失礼。邪魔をしたね」


「あ、いえ」


すぐに俺から目を逸らし、男性は去っていった。


…なんだったのだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おかえりなさい。 手を洗ってうがいしたら朝ごはんを食べましょう」


「おう」


言われた通りに手洗いうがいをし、リビングに向かう。


今日の朝ごはんは、白米に焼き鮭にきんぴらごぼう、味噌汁だった。

食べ始めると、柊は何故か不安そうな顔でこちらを見ている事に気づいた。


「あ、あの…お口に合いませんでしたか…?」


「…ん?」


「その…ずっと顔が強張っていたので…あと、いつもは美味しいって言ってくれるのに今日は言ってくれないし…」


そこまで言われ、俺はずっとあの男の事を考えていたのだと気がついた。


俺の予想が正しければ、あの男性は柊と近しい者なのだが、あくまで予想だ。

それに、柊の家族関係については聞いた。

確信が持てるまでは話さない方が良いだろう。


「いやすまん。 考え事をしてた。 料理はもちろん美味いよ。 鮭の味付けも絶妙だし味噌汁は相変わらずおかわりしたくなるほど美味いし」


そう言うと、柊は顔が緩み、胸を撫で下ろした。


「そうですか、良かったです」


そう言って柊も食事を再開した。


「来週からはテストが始まりますね」


「だな。最後の追い込み期間だ」


皿を洗いながら、柊と会話をする。


「私も追い込みたいので、今週は漫画とゲームはお預けですね」


「我慢出来そうか?」


「が、頑張ります」


目を逸らす柊に、小さく笑う。

そして柊は時計を見ると、鞄を持って立ち上がった。


「では、私は先に行きますね」


「おう。気をつけてな」


「はい。如月くんもお気をつけて」


柊が出ていき、皿洗いを済ませた後、時間を置いて俺も家を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「嘘…陽太が参考書読んでる」


「いつもは寝るか音楽聞いてるのに、どういう心境の変化だい?」


自分の席で参考書を読んでいる俺を見て、七海と春樹が驚いた。


「…別に、勉強は学生の本分だし、当たり前だろ」


「ハル。 こんなの陽太じゃないよ」


「だね。 どこかネジが外れちゃってるのかな」


「外れてないし、そもそも俺は機械じゃねぇ」


馬鹿にしてくる2人は無視し、俺は勉強を再開した。

この2人も、成績は悪くなく、むしろ良い方だ。


春樹は俺よりも少し順位が上で、七海はもう少し頑張れば20位以内は確実に入れる順位をキープしている。


七海曰く、張り出されて目立ちたくないから20位以内には入りたくないらしい。


本気を出せば10位以内…もっと言えば5位以内は確実だろう。

たまに勉強を教えてもらっていたのだが、驚くほど教えるのが上手いのだ。


「テストが終わったら、いよいよ11月だね」


隣で七海が呟いた。


「そうだね。 もう少しで1年も終わりだね」


「年が明けたら私達2年生になるね」


そう言った七海の顔は、どこか悲しそうだった。


「私達、同じクラスになれるかな」


「…七海と春樹は、小学校からずっとクラス一緒だったんだろ? なら多分大丈夫だろ」


2人は奇跡的にずっと一緒のクラスだったらしい。

凄まじい確率だが、きっと来年も大丈夫なはずだ。


そう言うと、七海が俺を睨んだ。


「それは心配してないよ。 問題は、私達と陽太が同じクラスになれるかなって話」


「陽太は僕達以外話せる人居ないもんね」


確かに、入学してから少しの間は友達が出来ず、このままぼっち街道まっしぐらかと思っていた頃に、春樹と出会い、今に至る俺からしたら、この2人がいない高校生活は地獄だろう。


「…急に怖くなってきたぞ」


俺が呟くと、七海と春樹は笑った。


「皆でお祈りしないとね」


「大丈夫、別のクラスになっても僕達は変わらず君の友達だよ」


2人に心から感謝する。

俺は不幸だとばかり思っていたが、案外そんなに不幸ではないのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先程の言葉を訂正しよう。

俺は不幸だ。


「…ブチギレていいか。いいよな?」


今日の天気は、夕方から雨になるとの事だった。

柊は予報を見て朝に傘を持っていっていた。

俺は学校に置き傘をしているため、何も持たずに登校した。


だが、現在目の前の置き傘のスペースには傘は一本もない。


簡単に言うと、盗まれたのだ。


「落ち着きなって。 そういう事もあるよ」


七海が宥めるように言う。


「はぁ…春樹すまん。傘入れてくれ」


春樹に頼むと、春樹はニコッと笑顔になり、髪をサラッとかきあげる。

意味がわからない行動だが、顔が整っている春樹がやると様になっていて腹が立つ。


「陽太、一つ教えてあげよう」


「なんだ?」


「僕も置き傘をしている」


「あぁ…」


一瞬で絶望の淵に突き落とされた。


「はぁ…だから置き傘は辞めなって言ったのに」


唯一家から傘を持って来ていた七海が言う。


「「七海、傘に入れてくれ」」


「いやいや、3人は流石に無理でしょ…私の傘女子用でそもそも小さいし…」


七海の傘は水色の可愛らしい空模様だ。

言った通り、女子用で七海が入るには十分だが、男2人が入るスペースは流石にない。


「「頭だけ守れればいい」」


「…あんたらは兵士か何かなの?」


七海はため息をつくと、玄関を出て傘を広げる。


「……ほら、早く来な」


そういう七海に、俺と春樹は顔を合わせて笑い、七海の傘にお邪魔した。

真ん中の七海は、俺たち2人の身長に合わせるために高い位置で傘を持っている。


俺と春樹は、頭と半身だけを傘に入れるが、やはりもう半分はびしょ濡れだ。


「2人とも家帰ったらすぐにシャワー浴びなよ?特に陽太。 あんたは別れ道になったら傘ないんだから」


「分かってる」


流石にこんな大事な時期に風邪なんて引いてられないしな。


そう思いながら歩き、別れ道にきた。

2人と別れ、俺は猛ダッシュする。


雨は更に強くなり、今まで経験した事のないような豪雨になっていた。

勢いのままオートロックの扉を開け、エレベーターに乗る。


ようやく雨から凌げる建物ないにつき、ホッと一息ついた。

35階につき、鍵で扉を開けると、パタパタとリビングから柊が出迎えてきてくれた。


「おかえりなさい。 凄い雨で…すね…って…」


柊は、びしょ濡れの俺を見て目を見開く。


「な、なんでそんな濡れてるんですか! 置き傘は!?」


「盗まれてた」


「あぁ…なんでチャットしてくれないんですか」


「すまん。 ずっと春樹達といたからタイミングが無くて」


「なるほど…とにかく、今すぐシャワー浴びて下さい! タオル持ってきますから」


そう言うと、柊は慌てて洗面所に入っていった。

手際よく俺にタオルを渡し、俺が髪を拭いている間にシャワーを出し、風呂場を温める。


「なんか初めて会った日を思い出すな」


「そういう話は後です!風邪ひくので早くシャワー浴びる!」


「へいへい」


言われた通りに洗面所に入り、扉を閉めた後、制服を脱ぎ、カゴに入れる。


そして既に暖かくなっている風呂場に入り、シャワーを浴びる。


「制服とかはもう洗濯しちゃいますね。後、勝手に部屋からパジャマと下着持って来ちゃいました」


「助かる」


シャワーを浴びていると、風呂の扉の奥から柊が言ってきた。

本当に柊はこういう所気がきくなぁとしみじみ思いながら、体を温めた。


十分温まったので、風呂を出て着替え、リビングへ向かう。


「おかえりなさい。 ホットココアつくってたので、それ飲んで体内も温めて下さい」


「ほんと助かる」


用意された甘めのホットココアを飲む。

体内から温まってるのを感じる。


柊は窓の外を見て、はぁ…とため息をつく。


「…雨、さっきより強くなって来ましたね」


「だな。 風も強いし」


「雨の日は気分もドンヨリしちゃうから、嫌な感じですよね」


柊の言葉に頷く。


「こういう日は暖かい物を食べましょう。 夕飯の献立を変更して、今日はシチューにします」


「お、それはいい考えだ」


確かにシチューは温まるし、寒い日にはぴったりだろう。


その後は何事もなくいつも通りの日常を過ごし、寝る前に少し勉強をしてから、眠りについた。

明日は晴れてるといいのだが…

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