第10話 「女神様、初めての漫画」

「早速頑張ってますね」


勉強を頑張ると決めたその日の夜。

俺は風呂上がりから勉強を開始していた。

そして、風呂を上がったらしい柊が部屋に入ってきた。


どうやら自室の扉を閉めるのを忘れていたらしい。


「ハンバーグの為だからな」


「そんなに楽しみにされると嬉しいですね。 …何か手伝う事はありますか? 一応1年生で勉強する事は全て予習済みですが」


「サラッとエグい事言うなぁ…」


こちとら目の前にあるテストで精一杯だと言うのに、この余裕の差は凄い。


確かに学年1位の柊に勉強を教えてもらえれば20位以内に入れる確率はグッと上がるだろう。


「いや、大丈夫だ。 自分1人の力で20位以内を目指したいからな」


俺がそう言うと、柊は優しく微笑んだ。


「見直しました。 応援してますね」


おう。と返し、勉強に戻る。

だが、何分経っても部屋の中から気配が消えない。


なんだと思い振り返ると、柊は本棚にある漫画をジーっと見ていた。


あぁ…そういえば気になってたな。


「読みたいなら読んでいいぞ」


そう言うと、柊は露骨に笑顔になった。


「お、オススメとか…ありますか」


そして、顔を赤くしながら聞いてきた。

俺は椅子から立ち上がり、本棚の前に立つ。


「俺が1番好きな漫画でいいか?」


そう聞くと、柊は何回も頷いた。

俺は、大人気漫画の一巻を取り、柊に渡した。


内容は、とある少年が里で1番の忍者になる為に努力するという漫画だ。

男なら誰もが知っている大人気漫画だ。


「全巻揃ってるから、読み終わったら好きに取って行っていいぞ」


「は、はい!」


俺はまた勉強に戻る為に椅子に座り机に向かい合うと、柊は扉を開けて出て行ったり、扉を開けて入ってきたり、扉を開けて出て行ったりを繰り返している。


「…なんだよガチャガチャガチャガチャと」


「ご、ごめんなさい…!あ、あの…この部屋で漫画読んでもいいですか」


「はぁ?」


「えっと…何回も漫画返しにくるのはご迷惑ですし…なら最初からここで読めば本棚も近いし…と思いまして」


「あぁなるほど」


「も、もちろん音は立てませんし、勉強の邪魔はしないので…」


と、俯きながら言ってきた。

こんな態度を取られて断れる男はいるのだろうか?

いや、いないだろう。


「好きにしろ」


「は、はい!」


柊は笑顔になると、そのまま俺のベッドに座って漫画を読み始めた。


それから数分後、チラッと柊を見ると、涙目になっていた。

俺は思わず椅子から立ち上がる。


「え、ど、どうした!? どっか痛い所あるのか!?」


「ち、ちがいます…!」


俺が慌てていると、柊は手を前に出し、首をブンブンと振る。


「そ、その…感動してしまって…」


それを聞き、あぁ…と納得する。


「確かにわかるが、まさか泣くとはな」


「すみません…」


「いや、びっくりしただけだから気にすんな」


それからまた俺は勉強を開始した。

部屋には俺がノートに文字を書くときの音と、柊が漫画を捲る音しか聞こえない。

普段なら集中出来ないかもしれないが、何故かこんな時間が心地よく、いつもより集中出来た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


集中しすぎて、時計を見るのを忘れていたらしい。

勉強を始めたのが20時で、今は23時。

それも、もう0時になろうとしていた。


柊も漫画に集中していたらしく、いつもは23時には自室に行けはずなのだが、部屋から出ていく音は聞こえなかった。


「柊、漫画に集中するのもいいが、そろそろ…」


俺はベッドの方を見て、言葉を失った。

柊は、ベッドに座り、壁に身体を預けたまま寝ていたのだ。

手元には、読みかけの漫画の3巻があった。


3巻まで読むと言う事は、気に入ってくれたらしい。


だが、今はそんな事考えてる場合じゃない。

これは大事件だ。


自分の部屋で美少女が寝ている。

いや正確にはここは柊の家だからどこで寝ようが柊の勝手なのだが…


とにかく、起こさねば。


「柊。 柊起きろ」


「ん…んー…」


体には触れず、声をかけるが、起きない。

まずい、どうするべきか。


俺は最悪リビングのソファで寝てもいいのだが、問題は今の柊の体勢だ。ちゃんと横にしてやらないと身体を痛めてしまう。


「柊、頼む起きてくれ」


「ん…おか…さん…おとう…さ…」


寝言だろうが、それを口に出しながら、柊は涙を流した。

柊は、自分の家族の事を話したがらない。


元々はこの部屋も、家族が来たとき用らしいが、来る事はないと悲しそうに言っていた。


もちろん、他人の家庭に口を出すつもりはないし、出す権利もない。


「ん…」


俺は、無意識に柊の頭を撫でていた。

すると、それまでは悲しそうな顔をしていたのに、心なしか穏やかな顔になったように見えた。


俺は、はぁ…とため息をつく。


「…ちょっとごめんな」


漫画を取り、本棚に戻してから、優しく柊の身体に触れる。

そして、ゆっくりと枕に頭を置き、体の上に布団をかける。


起きないか心配だったが、規則正しく寝息を立てている柊に安堵する。


流石に寝顔を見続けるわけにはいかないので、「おやすみ」と小さく呟いてから、俺は部屋を出てリビングのソファで眠りについた。

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