第7話 「ずぶ濡れの女神様」
「相変わらずクレーンゲーム上手いね」
「本当に、陽太は器用だねぇ」
柊が告白をされた次の日の放課後、俺と春樹と七海は、学校から近くのゲームセンターに来ていた。
そこで、七海がくまのぬいぐるみが欲しいと言い出し、何回も挑戦していたが、中々取れずに拗ね出したので、代わりに俺がとってやったのだ。
ご希望のくまのぬいぐるみが手に入り、七海はご機嫌だ。
「残り4回分残ってるけど、店員さんに言って他の台に回数を移してもらうかい?」
500円で6回プレイできるタイプのクレーンゲームなのだが、2回で取れた為、回数が4回残っている。
「いや、どうせならもう一個取る」
俺は残ったもう一つのくまのぬいぐるみに狙いを定める。
七海にあげたくまのぬいぐるみは首元のリボンが赤いタイプで、今俺が取ろうとしているくまは首元が青いリボンだ。
「え、私この台に3000円は入れたけど」
「コツさえ分かれば、4回で十分だ」
俺は3回でくまのぬいぐるみの位置を調整し、残りの一回でくまのぬいぐるみを穴に落とした。
「な?」
「な?じゃないよ…すごすぎ」
くまのぬいぐるみを抱える俺に、七海は頬を引き攣らせる。
ただ、取ったはいいがどうしようか。
…柊にでもやるか。 あいつも女子だし、喜んでくれるかもしれない。
お気に召さなかったら後日春樹に押し付けよう。
「…おや、大分強くなってきたみたいだね」
春樹がゲーセンの外を見る。
今日は朝から晴れになると予報が出ていたのだが、今外は土砂降りだ。
前回からの反省を経て、学校に置き傘をしていた俺は、前のように濡れる事はない。
「これ以上強くなっても嫌だし、帰ろうか」
七海の提案に、俺と春樹は頷き、ゲーセンを出る。
くまのぬいぐるみは結構大きく、男子なら片手で持てるが、女子なら両手で抱き抱えなければいけないタイプだ。
なので七海の分のぬいぐるみは春樹が持っている。
別れ道に差し掛かり、春樹達と別れる。
「…まだ既読はつかない…か」
先程スマホでチャットアプリを開き、柊に、『今から帰る』と送ったのだが、既読はつかない。
柊は、既読と返信が早い。
授業中や睡眠中、入浴中じゃない限り、送って数秒で既読が付く。
本人曰く、緊急の用だったら大変なので。
との事だ。
だが、ゲーセンを出る直前に送り、もう10分以上経ったのに、既読がつかない。
心配しすぎかとは思うが、昨日の今日なので心配だ。
早く帰ろうと早歩きにしようとした時、見知った姿を見つけた。
それは、先週の金曜日と同じだった。
どこにでもある普通の公園のブランコで、柊渚咲が傘も刺さずに座っていた。
同じ公園、同じシチュエーション。
唯一変わったのは、俺と柊の関係性だ。
俺は迷わず公園に入り、柊の頭上に傘をさす。
「こんな雨の日に傘もささないとか、風邪ひくぞ?」
あの時と同じセリフを言うと、柊はゆっくり顔を上げる。
雨で顔が濡れていたが、明らかに目が赤い。
泣いたのだろう。
「…今日は、ちゃんと傘をさしてるんですね」
「前回の反省を活かして置き傘をしてたからな。置き傘オススメだぞ?」
「…そうですね。考えておきましょう」
口調はいつも通りだが、やはり元気がない。
朝家を出るまでは普通だった。
という事は、それから何かがあったと言う事だ。
「何かあったのか?」
「…別に、何もありませんよ。いつも通りです」
「お前は泣くのがいつも通りなのか?」
「…泣いてません」
「はい嘘」
「泣いてません」
顔を背け、柊は泣いてないと豪語する。
「別に言いたくないんなら聞かないけどさ。 雨の日にこんな所にいたら風邪ひくぞ」
「……」
「おっと、生憎俺はお前と違って傘をさしてる。 金曜日の俺とは違うのだ」
「…まだ何も言ってませんが」
拗ねたようにいう柊に笑いながら、俺は柊の太ももの上にゲーセンで取った袋を置いた。
柊はそれを見ると、首を傾げる。
「ほら、帰るぞ。 クレーンゲームに集中して疲れたから早く帰りたいんだ」
「…これ、なんですか?」
柊は袋を覗くと、中に入っているぬいぐるみを見る。
そして、俺を見て目をパチクリさせる。
「やる。要らないなら春樹にやるけど」
柊は袋からくまの頭だけだし、頭を優しく撫でる。
「…ありがとうございます。大事にします」
「ん」
そう言うと、柊は小さく笑い、くまが入った袋を大事そうに抱えて立ち上がった。
そして柊は俺の傘に入ってくる。
「…近くね?」
「雨に濡れると風邪を引いてしまうので」
「いや、お前もうずぶ濡れだろ」
「あら、なら如月くんは私にこの傘から出ろと? 如月くんは意外と薄情な人だったんですね、がっかりです」
「お前さっきまで落ち込んでたのに今すごい元気だな」
「さぁ?なんででしょうね〜」
柊は帰るまでずっとニコニコしていた。
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「…そんなに気に入ったのかそれ」
自宅に帰ってからすぐに柊はシャワーを浴びた。
その日の夕飯は、昨日柊が言った通りめちゃくちゃ豪華だった。
まさかステーキになるとは思っても見なかった。
夕飯を食べ終え、俺は風呂に入りリビングに戻ると、ソファに座った柊がくまのぬいぐるみを大事そうに抱きしめて、頭を撫でていた。
「とても可愛いので、気に入りました」
「あらそう。 なら良かった」
「はい。プレゼントとか、初めてだったので」
その言葉に違和感を覚えたが、あえて聞かない事にした。
口に出すと、今くまを撫でて楽しそうな彼女の笑顔が曇ってしまうと思ったから。
「…風邪ひくとまずいから、今日は暖かくして寝ろよ」
「分かってます。 如月くんは意外と心配症ですね」
「うるせぇ」
そう言うと、柊は数時間前に落ち込んでいたのが嘘かのように笑った。
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