第6話 「告白の現場」
「なんか陽太、先週より元気じゃない?」
隣の席の七海が言う。
すると、近くにいた春樹も同意見だと頷く。
「確かに。 家が燃えたという割には元気だよね」
「そんなにか?」
「「うん」」
と、春樹と七海は同時に言う。
「なんか…前より楽しそう」
「充実してる雰囲気があるよね」
2人に言われて、心当たりしかない事に内心苦笑いをする。
先週と変わった事と言えば、家が全焼した事と、柊と同居を始めた事だ。
楽しそう、元気そうと言うのは、確実に柊と同居を始めた事によるものだろう。
朝昼晩は美味しいご飯が用意されるし、同じ空間にずっと美少女が居る。
この状況は誰だって元気になるだろう。
だが、コイツらにそれを言うつもりはない。
いや、もちろん言いふらすような奴らではないのは分かっている。
だが、万が一という事もある。
それにもしバレれば、柊のイメージが著しく下がってしまうのは目に見えている。
「…気のせいだろ」
友人2人に嘘をつくのは心が痛かったが、致し方ない。
そのまま何もなくいつも通り学校生活が進み、放課後になった。
俺も春樹も七海も帰宅部なので、3人で帰る準備をしていた。
「そうだ陽太、明日の放課後って空いてる?」
鞄に荷物を詰めながら、七海がそんな事を言ってきた。
「空いてるけど、どうした?」
「明日久しぶりにさ、春樹と3人で遊びに行こうよ」
「別にいいぞ」
俺が言うと、春樹と七海は笑顔になった。
この3人で遊ぶとなると…ゲーセンかカラオケ辺りだな。
明日は遅くなると柊に言っておかないとな。
玄関に行く為に3人で廊下を歩いていると、窓の外から声が聞こえてきた。
「ずっと可愛いなって思ってました!俺と付き合って下さい!」
その光景に、俺は足を止めてしまった。
いつもなら足は止めずに見て見ぬふりをするだろう。
だが、俺は目が離せなかった。
男子の方は、見た事はないが、顔立ちは整っている。
だが、生憎と男子の方に興味はない。
問題は、告白された女子の方だ。
告白された女子は、俺の同居人、柊渚咲だったのだ。
柊は、困ったような顔をした後、ペコリと頭を下げた。
「…ごめんなさい。 私はよく貴方の事を知りませんし、お付き合いをするつもりはありません」
きっぱりと丁寧に断る柊に、思わず男子を憐んでしまった。
男子の方は、断られてから、信じられないと言った表情を見せている。
次の瞬間、告白した男子が柊の手を掴んだ。
「ど、どうしてだ!? 俺は今まで告白して振られた事はないし、彼女は皆大事にしてきた!! 柊さんの事だって、大事にしてみせる!」
「…ですから、先程申し上げた通り、私は貴方の事を知りま…」
「だったら!付き合ってからお互いの事を知ればいいだろ!!」
「私は、お付き合いという物はお互いに信頼できる関係になってからする物だと考えています。 私と貴方では価値観が違いますので、万が一付き合ったとしても、長続きはしないでしょう」
「長続きはしなくても、経験として…!」
「私は何度もお付き合いをするつもりはありません。 人生でお付き合いをする相手は1人だけにするつもりでいます」
感情的になる男子とは逆に、柊は冷静に返している。
だが、男子は先程からずっと柊の手を掴んでおり、その力が強くなってきたのか、柊の顔が苦痛に歪んでいた。
「あっ…これマズイかも」
隣で、七海が呟いた。
そして次の瞬間、男子は更に力を強めたらしく、柊は「痛っ…」と言葉を漏らした。
「いい加減にしろよ! お前なんか…!」
柊の苦痛に歪む表情を見て、俺は体が勝手に動いていた。
目の前の窓枠から飛び出し、男子の手を掴む。
男子は急に現れた俺に驚き、柊は俺の顔を見て目を見開いた。
「…お前こそいい加減にしろよ。 痛がってるだろ」
「な、なんだよお前!」
「俺の事はどうだっていいだろ。 まずは手を離せ」
「お前には関係な…!」
「手を離せ」
言葉を遮られた事に腹を立てたのか、男子は柊から手を離し、握った拳を振り上げた。
「ちょ…如月くん…!」
柊の焦った声が聞こえるが、俺は咄嗟の事で動く事が出来ない。
まぁ、俺が殴られる事でコイツの気が済むならそれで良いだろうと思い目を瞑り、ジッと痛みを待つが、いつまでも来るはずの痛みがこない。
片目を開けると、春樹が男子の拳を片手で止めていた。
春樹は、いつも通りの笑みを浮かべている。
「君、随分と暴力的だね?」
「な、なんだよお前ら!」
見れば、春樹の後ろには七海もいた。
どうやら飛び出した俺を追って来てくれたらしい。
「…あんた、3組の近藤だよね。 あんた今彼女居るはずだけど、彼女はどうしたの」
七海が言うと、男子は明らかに動揺しだす。
「か、関係ないだろ!」
「最近あんた彼女と喧嘩したらしいって女子の間で噂になってたけど、本当だったみたいだね」
すると、春樹は男子の拳を握ったまま笑う。
「あぁなるほど! つまり君は彼女から乗り換える為に柊さんに告白をしたんだね?」
「だ、だったらなんだよ!いいだろ別に!」
「でもおかしいなぁ。さっき君は「彼女は皆大事にしてきた」って言ってたよね? 大事にしてきたのなら、今の彼女と仲直りしようと思うのが普通じゃないかな?」
男子は、明らかに都合悪そうな顔をする。
「…別に誰が誰に告白しようが勝手だし、俺には関係無いけどさ」
俺は男子の目をまっすぐ見て言う。
「自分に都合が悪いと相手を威圧しようとするの、やめた方がいいぞ。ハッキリ言って、格好悪いよお前」
俺の言葉に、男子は顔を真っ赤にして俺の事を睨みつける。
「あんたさ、バスケ部に入ってるんだっけ」
七海の言葉に、男子の顔が一瞬で青ざめる。
「今すぐ立ち去らないなら、私達で後日バスケ部の顧問に告げ口しに行くしかなくなるけど、あんたはどうしたい?」
そう言うと、男子は逃げるように去っていった。
「…すまん春樹、七海。助かった」
「このくらいお安い御用さ。 陽太が真っ先に飛び出すとは思わなかったけどね」
「ほんとだよ。 ハルが助けに入らなかったら、陽太殴られてたんだからね」
「…すまん」
今回はこの2人に助けられた。
春樹が間に入らなければ殴られていたし、七海が容赦なく言葉を発しなければ奴は引かなかっただろう。
「あ、あのっ…!」
そこで、ずっと静かにしていた柊が声を上げた。
「あの…あ、ありがとうございました…!」
柊は、深く頭を下げた。
そして、顔を上げた柊の瞳は、揺れていた。
凄く怖い思いをしたのだろう。
「柊さんに何も無くて良かった」
七海は、そんな柊に寄り添う。
「はい…あの時如月くんが助けに来てくれなかったら…私は…」
「…いつもこんななのか?」
柊は、何回も告白をされている。
毎回毎回こんな結果になっているなら、流石に心配だ。
すると、柊は首を振った。
「…いいえ、普段なら皆さんすぐに諦めてくれます。 こんな事は初めてです」
「モテるってのも考え物だね」
春樹の言葉に、柊は小さく頷いた。
「そうだ、柊さんってもう帰るの?」
「え…?は、はい。帰りますが…」
「じゃあさ、私達と一緒に帰る? 1人じゃ心配だし」
七海の言葉に、柊は目を丸くする。
確かに柊はいつも1人で帰っている。
こんな事があった以上、1人で帰らせるのは危険だが、まさか七海が言うとは思わなかった。
「で、ですが…」
「遠慮とかはいらないからさ。 ね?」
ね?とこちらを見られ、俺と春樹は頷く。
「…では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
こうして、俺達は柊と帰る事になった。
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「あ、自己紹介まだだったね。 私は青葉七海」
「僕は海堂春樹だよ。よろしくね」
「…如月陽太だ」
帰り道、皆が自己紹介を始めたので、俺も流れで自己紹介をする。
学校では初対面っていう設定だからな。
「青葉さんに海堂さんに如月さんですね。よろしくお願いします」
いつも如月くんと呼ばれている為、如月さんという他人行儀な呼び方に違和感が凄いが、仕方ない。
「青葉さん達はいつも3人でいるんですか?」
「そうだね、大事な用がない限りは3人でいるかな。 元々私と春樹が幼馴染で、春樹繋がりで陽太とも仲良くなったんだ」
「へぇ、2人は幼馴染なんですね」
七海と柊が前で仲良く会話をしている後ろを、俺と春樹が歩いている。
「学年で1番と2番の美少女が会話してるのは絵になるね」
「…そーだな」
「どうしたんだい陽太、元気がないね」
「いや。 ああいう奴も居るんだなって」
俺は、先程の男子を思い浮かべていた。
自分の意見を押し付け、思い通りにならなければ暴力に走る。
自分勝手にも程がある。
「まぁ、いろんな種類がいるのが人間の良き所でもあり悪い所でもあるよね」
「…春樹は達観してる所があるよな」
「そうかい? 僕でも驚く事はあるよ?」
「へぇ。例えば?お前お化けとか平気だろ?」
すると、春樹はニコリとこちらを見て笑った。
「さっきの君の行動だよ。 普段の君ならあんな危険な行動はしないだろう? 精々言葉をかける程度にしたはずだ。 …まぁ、柊さんの立場が七海か僕…つまり、親しい人間なら迷わず助けに入っただろうけどね」
春樹の言葉に、ギクっとする。
確かに、見ず知らずの他人には身を挺したりする行動はしない…と思う。
「君は言葉は刺々しいが、とても優しい人間だ 。交友関係は浅いが、側にいる人間はとても大事にする。
そんな君だから、僕は君と友達でいるんだよ」
「…やめろよきもちわりぃ」
「おや、照れてるのかい? 」
「照れてねぇ」
そんな俺と春樹の会話を聞いていたのか、目の前で七海と柊が歩きながら笑っていた。
俺はため息をついた。
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「私はここで失礼します。とても楽しかったです」
柊のマンションへ続く別れ道で、柊が言った。
「え、陽太と一緒なんだね」
「…そうだな」
昨日も3人で帰った為、俺が柊と同じ方向に進むと言うのがバレている。
「じゃあ柊さんは陽太に任せるね。 ちゃんと護衛してあげなよ」
「はいよ」
2人は手を振り、俺達は別れた。
「…すみません。ご迷惑をおかけしました」
「気にすんな」
2人きりになり、柊はいつもの口調で話しかけてくる。
「…手、大丈夫か」
「え?」
「強く握られて痛がってただろ」
そう言って柊の手を見る。
柊は手を前で組み、右手をずっと隠していた。
「…ちょっと赤くなってヒリヒリする程度ですよ」
「はぁ…帰ったらすぐに冷やせよ」
「…はい」
そのままお互い無言で歩いていたが、柊が口を開いた。
「…あの時、何故助けてくれたんですか」
「助けない方が良かったか?」
柊は強く頭を振る。
きっと柊が聴きたいのはそんな事じゃないだろう。
「…分かんねぇな。 なんか勝手に飛び出してた」
「勝手に…ですか」
「悪いな。もっと早く止めれてればそんな事にはならなかったんだけどな」
俺はチラっと柊の手を見て言う。
柊はゆっくりと頭を振る。
「謝らないで下さい。 これは見ず知らずの男性に手を掴ませてしまった私の注意不足です 」
「…でも、怖かっただろ」
「…そりゃあ、まぁ…」
もし俺達があの場に居なかったらと考えると、今でもゾッとする。
ああいった頭に血が上った人間は本当に何をするか分からないからな。
「…でも、そのおかげで分かった事もあるので大丈夫です」
「分かった事?」
「はい。 如月くんは私が困ってたら助けてくれる人なんだなって分かったので」
「…場合による」
俺の言葉に、柊はクスクス笑いながら、ご機嫌そうにとなりを歩いていた。
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自宅に帰り、柊はすぐに袋に氷を入れて手を冷やしながら、料理をしようとしていた。
「待て馬鹿」
「馬鹿とはなんですか」
柊がムッとした表情をする。
「そんな手で料理なんかすんな」
「別に大丈夫ですよこれくらい」
「いーやダメだ。 コンビニ弁当買ってくるから、大人しく待ってろ」
料理をしてくれるのはありがたいが、流石にその手で料理をさせるのは罪悪感が凄い。
「…コンビニ弁当は身体に悪いですよ」
柊は、右手に氷の入った袋を当てながら言う。
「それは毎日コンビニ弁当だったらの場合だろ?1日くらい大丈夫だ」
「でも…お料理したいです」
「1日くらい我慢しろ。 明日に今日の分の合わせて存分に料理すればいいだろ」
「…では、明日はいつもより凝った料理にします」
「楽しみにしてる。 コンビニ弁当は何がいい?」
「食べた事ないので、どんなのがあるか分からないです」
衝撃の言葉に耳を疑うが、確かに自分で作れるならコンビニ弁当とは無縁だなと思う。
「なので、如月くんと同じのでお願いします」
「はいよ」
俺は、合鍵と財布を持ってマンションを出た。
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七海視点
「ねぇハル。やっぱりおかしいよね」
『何がだい?』
女の子らしいものといえばぬいぐるみくらいの殺風景な部屋で、私はハルと通話をしていた。
「分かってるくせに」
通話越しにハルがニヤニヤしてるのが分かる。
『柊さんと陽太の事だろう?』
「うん。 柊さんさ、今日陽太の事、「如月くん」って呼んだよね」
『呼んだね。 しかも2回も』
「帰りに自己紹介した時からはさ、あくまで初対面のように「如月さん」って呼んでたけどさ」
如月さんと呼ばれる度に陽太は、居心地が悪そうな顔をしていた。
陽太はあまり表情には出ないタイプだが、それが分からないほど私もハルも馬鹿じゃない。
「何か、あるよね?」
『あるだろうね』
別に陽太達が話したくないのなら私達から無理矢理聞き出す事はしない。
だが、友人として、いつかは2人がどんな関係なのか知れる日が来ると良いね。
と、私とハルは話し合っていた。
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