デッドリィストライプ

水岡修二

第1話 起動

装着後の,かすかに香る,重機用オイル特有のにおいが好き。

 あたしに強い力をくれるから。

 全身が密閉され,神経接続が開始するまでの数秒間,鉛のプールに落とされたような、身動きのとれない感じも高揚感を煽る。

「神経接続開始します。頭部から順次解放。」

 情報処理課オペレーターの夏美ちゃんの声が響くたびに,神経伝達物質の放出量が少し狂ってるんじゃないかと思う。気分が高揚し,不安や恐怖が薄れていく。

 科学警察研究所の北島さんは,脳波や皮膚電気信号を機体に伝えているだけだから,人体に何か影響が出ることはないなんて言っていた。でも、それは違うんじゃないかと思う。

 「神経接続解放率70%,80%」

 全身が徐々に宙に浮いていくように,軽くなる。解放率が80%を越えると,ほとんど自分の体と変わらない。私の身体に装着された合金の塊は,私の意思通りに動き出す。

 「解放率90%。抑制点到達。神経接続安定維持状態に固定します。」。

 90%を越えると,装甲具が安全に体の動きを補助できるレベルを超えてしまう。そうすると,装着者の身体を守るため,リミッターが作動する。

 「対象は3体。F・F・B。工事用装着具「ワークマン」が2体。F,F。工事用装甲具「リキラクⅡ」が1体,Bです。」

 装着具と装甲具のランクは機体性能や拡張性などによって国際基準でSからFランクに区分されている。Fっていうのは軽作業,それこそ庭いじりなんかにも使われるレベルで,第二秋葉原に行けば中古車を買う位の値段から購入できる。

 B級となると大型トラック二台くらいの値段になってくる。C級以上の装甲具の装着には、一般免許に加えて,特別な装甲具免許が必要だ。その分,馬力も拡張性も高い。

 「風間はF級2体を活動停止状態にしてくれ。西園寺と小松坂はB級をツーマンセルで処置。」

 佐藤課長補佐官のややけだるい声が聞こえる。昨日は風間君と夏美ちゃんと午前3時まで飲んでたはず。

 「B級,あたし一人でも大丈夫ですよ!風間君の方に小松坂さんを回していいんじゃないですか?」。

 うそうそ。冗談。B級の重装甲を相手にするのは,第2小隊に配属されて始めての経験だ。

 「馬鹿。B級の奴は,工事現場用の光山システム社純製ドリルを装着してる。警視庁の一般用警備盾くらいなら5秒で貫通するぞ。まぁ試したいなら止めねーけどな。」

 「馬鹿とは何よ小松さん,大体…。」そっけない言いっぷりに対して食って掛かろうとしたところに,夏美ちゃんのアナウンスが入る。 

 「現場到着まで90秒です。対象の背後に駐車後,カタパルトで通常射出します。足部ローラーのサイドブレーキを解除願います。現場の背景について再確認ですが,予告なしのリストラ断行と、契約終了期間前の一方的な契約打ち切りへの暴力的抗議事案との報告です。なお,F級装着具着用者2名は日雇い勤務者で前科前歴不見当ですが,B級装甲具着用者の高森茂美は現在仮釈放中の累犯受刑者です。装甲法違反のほか,暴力事犯歴多数。薬物使用も疑われますので,異常行動にも注意して下さい。到着まで20。10。」

 ラリってるのはちょっとやだな。話通じないから。

以前薬物中毒者が着た装甲具を制圧したときの苦い経験を思い出す。

「英理,気を付けろよ。」あたしの隣で,装甲具移送車両のシャッターが開くのを待つ小松坂さんから通信が入る。小松坂さんが装着する1号機は,先々週の装甲具制圧事件で右腕が故障し,それを良いことに武田重工製の最新型のパーツを申請し,配備許可が降りた。今日が配備後初めての実戦だ。

 そういえば,その事件のときも,犯人は薬物やってたな。

 「なんかこないだのと似てるね。」

 「今日は左腕で制圧するか。」

 「あ!まさか狙って?!」

 小松さんの技術なら,やりかねん!

 あたしが問いただそうとした瞬間,装甲具移送車がブレーキを踏んだ。

 「現場到着です。シャッター開放。」

 「説得・警告後,応じなければ即実力行使可だ。」

 矢継ぎ早に夏美ちゃんと佐藤課長補佐官の声がする。同時に目の前のシャッターが開く。あたしと小松坂さんは同時にローラーを起動して移送車から外に飛び出す。隣の第二移送車から風間君も飛び出したのが見えた。

 一目で,ラリってるな,と思った。F級2体とB級1体が,金属加工工場の設備を黙々と破壊し続けていた。赤灯を回しながら到着した警察車両を無視している時点で,もう普通じゃない。

 「直ちに装着具・装甲具を脱いで破壊活動を停止しろ。」

 小松坂さんが古典的な形の拡声器を口元に当てて警告を発する。何も,装甲具には拡声器が付いているので,そのような物は使う必要はない。そもそも普通の警察官も拡声器で犯人に呼びかけたりはしない。小松坂さんのポーズに意味はない。

 だが,対装甲具事案では「見た目的に警告してる感じ。」が大事だと小松坂さんも佐藤課長補佐官も言っていた。その映像を記録に残しておけば、その後の制圧が多少荒くなっても、対外的に理屈が立つんだそうだ。

 まあそうかなと思う。

 そして,無反応。

 装着具2体と装甲具1体は,黙々と工場のガス管を折ったり,壁を殴って破壊したりしている。

 「…ちょっとイッちゃってんじゃないの??風間君気をつけてね。」

 「大丈夫です。」さらっとした声で風間君が答える。

 もうちょっと愛想があればオペレーターの夏美ちゃんにも振り向いてもらえそうなもんだが。

 「最後の警告だ。装着具・装甲具を解除して投降しなさい。」

 B級のリキラクⅡがピタっと動きを止めた。

 お、話通じんの?

 と思った矢先。

 リキラクⅡが足下の金属パイプを持つ。リキラクⅡの右腕の辺りから排気音が聞こえ,その音がどんどん大きくなる。

 危ない。

 3人とも同じ事を感じて,左右に散る。その瞬間,あたしのいた辺りに高速の金属パイプが飛び込み,移送車両の側面を突き破って、刺さった。

 盾で守ればよかったな,また報告書だ…

 あたしと小松坂さんはローラーのスイッチを入れてリキラクⅡとの距離を詰める。風間君が一拍置いてF級の方に向かうのが見えた。

 リキラクⅡが太い鉄パイプを拾い上げ,あたしに向かって横になぎ払うように振り回す。あたしは飛んで鉄パイプをかわし,そのまま膝をリキラクⅡのごつい頭部にたたき込む。

 重い。堅い。

 ローラーで加速を付けたあたしの膝を受けてなお,リキラクⅡはぐらつきながら踏みとどまる。

 背後に回り込んだ小松坂さんがリキラクⅡの背中部分に搭載されているバッテリーを強制的に外すため,バッテリーハッチに手をかける。

 あたしはリキラクⅡの前から、その両手首を掴んで動きを止める。

 夏美ちゃんから事前に送られていたB級の機体情報を一瞬再確認する。

 光山社製「リキラクⅡ」。正式名称B17型2036工事用装甲具。光山システム社製2079年モデル。「ラクラクラクラクリキッラ~ク♪今度も工事がラクッラ~ク♪」のCMで一昨年ヒットを飛ばした装甲具だ。間抜けなCMとは裏腹に中身はかなり硬派な重装甲で,総重量は500キロ級だ。「リキラク」シリーズは光山システム社の工事用装甲具のヒット商品で,この新作はさまざまな工事現場用オプションが追加されてる。建設現場から下水処理場,マグロ漁用のオプションまであると聞く。その分,こうした破壊活動への利用が懸念される機体として、国際装甲具評議委員会が注意喚起リストに加えた一体だ。

 ただ,何か問題が起きたときのために,オーソドックスなタイプの作りになっている。バッテリーは外部から、解除ノブを回せば容易に外すことができ,行動停止には持っていき易い。

 しかし,小松さんが遅い。

 手こずっている。あたしはリキラクⅡの両腕をつかんで抑え続けていたが,徐々にB級の両腕のモーター音が高くなる。

 「こいつ,ハッチを溶接してやがる!こじあけないとだめだ!英理,引き倒すぞ。」

 「了解!」

 弱点対策までしてある。警察とやる気満々だったってわけだ。

 いよいよモーター音が高くなる。リキラクⅡの右腕先のドリルが回転を始めたのがわかる。

 あたしは,リキラクⅡの右手首を抑えていた左手をぱっと離す。その瞬間リキラクⅡは右腕のドリルを、あたしの顔めがけて下から斜め上に振り抜く。ドリルのモーター音が歯医者にいるようないやな気分にさせる。リキラクⅡがバランスを崩したところを狙い,その右手をつかんでリキラクⅡの進行方向に引っ張る。よろけたところを,後ろから小松坂さんが蹴りを入れ,リキラクⅡはうつ伏せに地面に倒れた。あたしは,装甲具用の第一種手錠をドリルが装着してある方の手首にかける。第一種手錠は対装甲具用の電動型簡易手錠。輪のサイズも鎖の長さも調整可能だ。夏美ちゃんがあらかじめ「リキラクⅡ」の規格に合わせてくれていたため,すんなりとロックできた。脳震盪でも起したのか,ピクリともしないB級の左手もつかみ,手錠をかける。

 小松坂さんが電動ナイフを使って,バッテリーハッチの溶接部を切り込んではがし,ロックを回して開けた。バッテリー緊急射出ボタンも作動しないらしく,小松さんが力づくでバッテリーを引き抜く。光山社製のバッテリーが顔を出す。

 「高森茂美。器物損壊,威力業務妨害,及び装甲法違反により,現行犯で逮捕する。」

 あたしが、モニターに映された逮捕要件情報を確認しながら読み上げる。それでも何ら反応がない。

 ここまで来てこの態度とは…いらっとする。

「小松さん。ひっくり返すから足持って。」

「はぁ?怪我させねーようにな。」

 あたしがリキラクⅡの腕を持って,小松坂さんが足を持つ。さすがにかなり重いので、両腕のモーターの出力を8割くらいまで上げる。「右回りね。せーの。」

 一気に回して仰向けにさせる。ちょっと地面が揺れるくらいの衝撃とともにリキラクⅡが仰向けになる。あたしは仰向けになったリキラクⅡの顔の部分のパーツを探る。装甲具には,緊急時用に,顔の部分が開閉できる装置が付いていることがほとんどだ。リキラクⅡにもその機能は付いているので,スイッチを見つけて顔を出させた。装甲具を相手にする中,装甲が外れて生身の部分を,特に顔をさらす恐怖心をあたしは嫌というほどよく知っている。

 これだけのことをやって無反応を決め込むやつには,今後の更正を考え、少し怖い思いをして反省させた方がよい。そう思ってのことだったが。

 「…ちょっと…。」

 ぞっとした。

 瞳孔が開ききった目。だらしなく開いた口。顔の周りは涎やら血の混じった鼻水やらが多量に垂れ流されていた。

 その異様な光景が,あたしが,警視庁特別装甲部装甲機動課第2小隊に配属されて以来,最悪の事件の始まりだった。


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