命の爪痕
戦ノ白夜
帰途
『終電』
s、と打っただけで予測変換候補の初めに飛び出してくるその言葉をタップし、送信した。
スマホをバッグに突っ込み、そのバッグとスパイクシューズを自転車のカゴに捩じ込み、うんざりするほどパンパンで重いリュックを背負う。我ながら、そんなに何が入ってるんだよ、と毎日のように思う。ロクに使いもしない教科書とノート、無駄にかさばる制服、そして着替え類、トドメのPC。毎日小旅行並みの荷物の量だ。これを背負って歩くのは、苦行と言っていいだろう。
照明の消えた競技場。青いタータンの上を走るのは、気の早い秋風に吹かれる枯れ葉だけ。ただの凡庸な陸上部員である私が、この小さな練習場の錆びついた門を閉めなければならないのは、一体どういう訳だろう。陸上競技は個人種目。だから練習が終わる時間もそれぞれ。私が砂場を
ただ学校を終えて、部活をして、練習場を出る頃にはもう9時近い。思えば小学生の頃の私は8時就寝だったのだ。あの頃に戻りたい。
結構な田舎にある家まで、電車で1時間。駅までの所要時間やら乗り換えのタイミングやら、諸々合わせて運が悪ければ2時間半。
周りの人たちのように、塾にすし詰めになっている訳ではないし、うちの陸上部は強豪ではなく、私は青春を部活に賭けた高校生アスリートガチ勢でもない。県予選止まりの、本当に平凡な陸上部員。それなのに、何故。
不満を通り越し、最早純粋な疑問だ。楽しくもない学校で8時間近く息苦しい生活をした後に、部活でボロボロになって、一人寂しく夜道を帰る。遥々、居心地が悪いだけの家へ。
何のための高校生活だ。何のための人生だ。
人どころか車すらほとんど通らない川沿いの道を、疲れ切った足でペダルを踏み、台風かというほど強烈で凶悪な向かい風に身を伏せて突っ込む。帰り道は、いつもそんな風に憂鬱な気分になる。
自転車を置いて駅へ。一応、エスカレーターは使わない主義者なのだが、ホームまでの階段を登るのが億劫で仕方がない。
水筒のお茶はとっくに飲み干して、氷すらも残っていない。腹の中も空っぽだ。家に帰っても、まともな夕飯が残っているかどうか分からない。それに今日ももう遅い。コンビニで済ませてしまった方がいい。
パスタサラダと炭酸飲料。ホームの端、待合の椅子に座って流し込む。ほとんど誰もいないので、コロナだ何だと心配する必要はない。いくら公衆の場とは言え、ディスタンスは余裕で30mくらい保てているから、夕飯という名の夜食くらい食べたっていいだろう。
そしてやって来た終電に乗る。
乗り込む時点で、既に車内はガラガラだ。しかも田舎に向かう電車だから、ただでさえ少ない乗客はどんどん減っていく。しまいには私一人になる。60席に一人。勿体なさすぎる広さだ。
人の姿が見えなくなるのは何となく不安なので、乗務員室の見える四両目――一番後ろの車両に乗る。
車体はギイギイ軋むし、容赦なく跳ねる。列車の悲鳴が余計に哀愁を誘う。
おまけに外は真っ暗、街灯もないような場所を通ってゆくから、降りる人もいないのに開いたドアからその都度虫が入ってくる。本当にやめてほしい。虫は大の苦手だ、特に蛾が。ふらふらと飛ぶ奴らを、私は戦々恐々として睨む。
あんたらにはせっかく羽があるんだから、もっといい場所に飛んでいけばいいのに。電車の中になんか来たって、歓迎する人なんて誰もいなければ、命の糧すら得られない。そんなに光が好きなら、ほら、月にでも飛べよ。そう思う。
全く、馬鹿で哀れな生き物だ。
けれども、我々だって蛾を笑える立場にはないのかもしれない。
光を求めて彷徨い、いざ辿り着いてみれば、それは全く求めていた光ではなかった。そんなことはざらにある。
現にこの高校生活も、眩しいものを眺めて近付いてみては、その明るさに耐えかねて目を逸らし、下を向く。そんな毎日なのだから。
いつ蛾が飛んでくるか分からない。そんな緊張感も、睡魔には勝てなかった。
単語帳なんて開く気にもならないし、スマホは時々圏外になるからゲームもネットサーフィンも満足にできない。だから何もしない。
電車の揺れって、何故かものすごく眠気を誘うよね。いつかのように爆睡して降り過ごし、全然知らない場所に着きそうで心配ではあるけれど、それでも毎日、寝てしまう。
明日の朝も早い。寝られるときに寝ておくに限る。ロングスリーパーの私には、睡眠はいくらあったって足りないのだから。
音量MAXでヘヴィメタルを聴きながらでも寝られる。その程度には、疲れていた。
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