大好きな君が勇者に選ばれたから
@ShirotaY
プロローグ
勇者は、召喚陣に導かれる。
勇者は、神剣【アルマス・グラム】を装備する資格を持つ者である。
過去の英雄の経験を血肉にできるその神剣を用いて、勇者は災厄を解決する。
数多の英雄譚において、災厄とそれを解決する勇者の姿は謳われてきた。
ただし。
不思議と、その後の勇者の姿が記述されたものはない。
災厄と勇者は、切っても切れぬ関係である。
どちらかが生まれれば、どちらかが生まれる。
即ち。
どちらかが滅びれば、どちらかも滅びるということではないだろうか。
『勇者と災厄概論』 序文
*
切り立った崖の上に、ポツンと立つ墓があった。
「ああ…………そうなのか」
墓の向こうには、綺麗な街が広がっている。
粒のような人々が忙しなく行き来している光景は平和そのもの。遠く離れたこの場所まで往来の賑やかさが伝わってくるようだ。
往来の向こうには、大きな邸宅が見える。
懐かしくも見覚えのあるそれに、目を細めた。
全ての、始まりの場所だ。
だからこそ、墓はここに作られたのだろう。
墓はよく磨かれた石だった。
台座の上に平たい石が載せられていて、尖ったもので削り出したような文字がのたくっている。
【——勇者 此処に眠る】
震えた筆跡で、そう書いてあった。
読み取れない部分も多かったけれど、誰を指しているかははっきりしていた。
あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
すっかり伸びっ放しになった髭を撫でる。
髪もボサボサ。顔もやつれて。今にも死にかけの表情をしていると思う。
ようやくここに辿り着いたかと思えば、そこにあったのは墓石ただ一つ。
少なからず予想していたことだった。
「思えば、長かったな」
誰ともなく、呟いていた。
短くも長い半生が脳内を駆け巡る。
純白の剣を地面に突き刺す。
役目を終えたかのように、その剣は光沢を失っていた。
旅は終わった。
勇者と魔王の物語もまた、幕を引こうとしている。
いいや。
あるいは既に、もう終わっているのだろう。
いわば、これは歴史に語られない裏話というものなのかもしれない。
地べたに腰掛けて、墓石に背中を預ける。
のろい動きでポーチからタバコを取り出す。
魔術で火を灯して、紫煙で肺を満たした。
「あぁ……」
意味のない声と共に、むわりと煙が空に伸びていく。
人は死ぬと、煙になるという。
骸は土に還り、魂は煙となって天に昇る。
俺の魂も、死んだら煙になるのだろうか。タバコの先から伸びる、白くほつれた糸のような煙に。
晴れ渡る青空の向こうへ、空気に薄らぎながらもどこまでも昇っていくのだ。
きっとそこから見える景色は、とても美しいのだろう。
少し、眠気が強くなってきた。
ぼやけた視界の向こうに、かつての景色が蘇る。
『——ナル!』
木陰にいた俺を見下ろして、輝くように笑う少女。
俺に手を差し伸べていた。
『ほら、帰るわよ?』
「ミリ……」
名前を呼んだ。
タバコを持った手で、手を伸ばす。
白く小さな手に、震えながらも伸ばした手は…………空を切る。
何も、掴めなかった。
当たり前だ。
彼女はここにはいないのだから。
あの時の俺は、彼女とならどこへでもいけると思っていた。
二人で手を繋いで、どこまでも行きたかった。
背中に感じる、冷たい石の感触が俺を現実に引き戻す。
子供心に願った無邪気な希望の終着点が、この場所だ。
だとしても——、
「ちゃんと、帰ってきたよ」
今は、それだけを伝えたかったんだ。
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