無限に舞い散る白き花々

kayako

それ、全部、■だよ?

 

 小学生最後の夏休み。

 わたしは家族みんなで、旅行に出かけた。

 お父さん、お母さん、サナお姉ちゃんと一緒に、みんなでドライブ旅行。

 夏休みになるとうちはいつも旅行に出かけるけど、今回はちょっと奮発して、北国のリゾートホテルだって。わくわくしちゃうなぁ!



 お姉ちゃんと車の中で大騒ぎしていると、あっという間に目的地に到着した。

 そこは緑の山に囲まれた、とっても大きなホテル。

 澄み切った青空の下で、ちょっとくすんだ白い壁がお日さまに照らされている。

 時々ほんの少し茶色っぽい模様が見え隠れするのは、今風のデザインなのかな。まるでモザイクアートみたい。しかもずっと細かく模様が動いてて、すごく不思議。


 何といっても、ホテルのまわりを取り囲んだ森がとってもきれい!

 キラキラした緑の木々に、たくさんの真っ白な花が風に吹かれている。花びらはとても軽いのか、ほんのちょっとした風でも空高く舞い上がり、あちこちで小さな白い渦を巻き起こしていた。

 花びらはホテルの窓の近くまで、いっぱいに吹きあがっている。夏なのに、まるで桜吹雪だね!


 車から降りてみると、あたりの地面は花びらで一面真っ白。まるでお花の絨毯!

 あぁ。車に踏まれてしまったのか、道路や駐車場は花の残骸でいっぱいだ。

 花の踏まれた匂いが、あたりに漂っている。

 お父さんは笑っていたが、お母さんはそれを見た途端、ものすごいしかめっ面になってしまった。

 お母さんはお花が大好きだから、車に潰されるのが嫌だったのかな。


 お母さんは車から降りた途端、わたしたちの手を引き、まるで逃げ込むようにホテルの玄関に走っていく。

 お父さんは相変わらずガハハと陽気に笑いながら後ろからついてきた。その肩には花びらがたくさん積もっていたけど、お母さんはさっさと手続きを済ませて部屋に入り――

 何故かそれきり、お外に出ようとはしなかった。

 なんでだろう。お母さん、お外で食事するの、あんなに楽しみにしていたのに。



 お夕飯は、ホテルの豪華なレストランでディナー。

 大きな窓の下で、ライトアップされた夜の森を眺めながらのご飯だ。

 ステーキにスープにサラダ、どれもおいしくてお腹いっぱい!

 最後にはお待ちかねのデザート、アイスの乗ったアップルパイが。

 アイスの上にかかった白いクリーム状の蜜が、口の中でとろけてすごく美味しい。


 ふと窓の外を見ると、空には綺麗な満月が輝いている。

 森はとても静かにホテルを囲んでいたけど、あの白い花は夜になってもまだ無数に空へと浮かび上がり、月の下で雪のように舞い踊っていた。

 花びらは、ホテルを照らす街灯の下でも、ごうごうと渦を巻いている。

 そんなに風は吹いていないはずなのに。


「うわぁ、きれーい!

 すごいねお姉ちゃん、まるで夜桜だよ!」


 思わず飛び跳ねるわたし。

 あ。ちょっとはしゃぎすぎて、アイスの蜜がブラウスに落ちちゃった。

 お気に入りの桜色のブラウスに飛び散る、白い蜜。

 慌てて拭こうとして胸元を見ると、襟の間で何かがムズムズした。

 そういえばさっき、花びらがブラウスの中に入っちゃったけど、綺麗だからそのままにしていたんだっけ。


 そんなわたしを、サナお姉ちゃんは心配そうに見ていた。

 何でか分からないけれど、そういえばホテルに着いた時から、お姉ちゃんは不安そうだったな。

 お父さんは「ハハハ、こんなの平気だよ~」と笑っていたけど、お母さんはそんなお父さんと口をきかなくなっちゃったし。

 ディナーはとっても美味しかったのに、みんなどうしたんだろう……



 そう思ってると、ふとお姉ちゃんが尋ねてきた。


「ねぇ、マユ。

 あんたは平気なの?」



 そう言われて、改めて胸元を見る。

 どういうわけか、拭いても拭いても白い蜜が取れない。それどころか、胸の内側からどんどんその白が拡がっていく。

 何かが胸の中でムズムズと動いて、しかも痒くて――



 やがてブラウスの間から、にょきっと白いものが飛び出した。

 あの真っ白い花だ。

 大きな花が、もぞもぞと動いている。わたしのブラウスから飛び出そうとして。

 花から流れ出している白い蜜。それが、ブラウスを染めていた。

 そして、花の中心。

 わたしは花の真ん中には、おしべとめしべがあるものだと思っていた。

 でも――今、わたしが見ているものは――



 真っ黒に染まった、二つの「眼」。

 それは両方とも、幾千もの細かい眼が集まって眼の形を作っている、いわゆる複眼。

 二つの眼の間から飛び出している「めしべ」には、びっしりと毛が生え。

 その下から生えている二本の「おしべ」は、何故か鋭い牙のように、カチカチと合わさって嫌な音をたてている。その先端は何故か、赤く染まっていた。

 この赤、もしかして、わたしの……?



 悲鳴をあげてわたしから飛びのくお母さん。

 相変わらず「よくあることだろー」と笑い続けるお父さん。



 お姉ちゃんが言った。





「それ……

 全部、蛾だよ?」





 じゃあ。

 今までわたしが見ていたものは。

 あの白い花吹雪。白い森。白い壁。白い空。白い道路は。

 たちこめていたあの匂いは――



 気がつくと、お盆を持ったウェイターさんがすぐそばに来て、にっこりとわたしに微笑んでいた。

 お盆の上にはあの、白い蜜に白いアイスの乗ったアップルパイが。



「デザート、おかわりいかがですか?」



 その途端、わたしの胸で咲いていた「花」は、突然胸から飛び出した。

 しかも胸に隠れていた「花」は、一輪だけじゃなかった。

 お母さんとお姉ちゃんの絶叫。お父さんの馬鹿笑いがそれに混じる。


 後から後から、花びらは何枚も何枚も……何匹も何匹も連なって飛び出して

 わたしの顔めがけて飛びかかってきた。

 眼に。耳に。鼻に――

 まだ蜜が残っている、唇にまで。



 バサバサ舞い散る花の向こうへ、ウェイターさんの笑顔が隠れていく。

 どうして。全身が痒くてたまらない

 鼻にも口にも 花粉が入 苦し


 お母さんとお姉ちゃんの悲鳴も

 お父さんの笑い声も

 花の音で 全部かき消されて


 バサバサ

 バサバサバサ

 バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバリバリグシャッバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバ









 完



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