第59話見られる話
首を傾げた状態のハクと見つめ合って数秒。
ちょっと気恥ずかしくなってきたので目をそらす。
ノートPCには俺の持っているゲーム一覧が映っているが、それらはハクと一緒に遊ぶことができない。
二人でのんびりとゲームでもしようと思っていたのだが、まず二人で遊ぶためにある機器でないという問題が横たわっている。
つまり……、手詰まりだ。
「では、こうするのじゃ」
「お、おお? おぉ……」
絶望的な現状に呆然としていた俺の膝に、するりと白い物体が乗り込む。
言わずもがな。白く長い髪をこちらに向けたハクである。
俺の視界にはぺたりと左右に分かれた耳と真っ白なつむじしかない。
彼女がどんな表情をしているのかを知ることはできず、俺が感じられるのは膝からの心地よい温かさと重さだけだ。
あ、いい匂いもする。
「やめんか」
「すいませんでした。いや待って、この状況の説明が欲しいんだけど」
さすがにライン越えだったと反省しつつも、なかなかに大胆な行動をしたハクから特に恥じらいを感じないのが驚きである。
確かに、ハクはあまりスキンシップに動じない。
だからと言って、抵抗もなく膝の上に乗るような性格でもない。
どういうことかと首を傾げようとした俺よりも先に、ハクが首を回す。
「やるんじゃろ? ゲーム」
「あー、うん。なるほどね」
その瞳に子供のごとくワクワクを秘めているのを見て、すべてを察した。
どうやら、俺のゲームプレイが見たいがゆえに、一番見やすいポジションを考えたところ、こうなってしまったようだ。
そうはならんやろ、と突っ込みを入れるのは、実のところ数か月遅いので今更しない。
眠いからという理由と寝心地がいいからという理由でベッドにもぐりこまれた時のことは今でも覚えている、朝起きたとき心臓が止まるかと思いましたからね。
効率がいいとみなすと道理を引っ込めることがあるのは、よく知っている。
「ハク、もうちょっと頭下げられる?」
よく知っているが、この状態はまずい。
ぴったりとハクの背中が俺にくっついているせいで、かなりフィット感が生まれている。
不愉快はなく、むしろ快感を生じそうなあたりが、かなりまずい。
ハクは余裕のなさそうな俺に気づいたのか離れようとしたが、その前に腰を捕まえて逃げられなくしていた。
「……むぅ」
「ちょっとずれてくれればいいから、ね」
不満そうなハクに、呼吸を整えながらお願いする。
ハクを後ろから抱きしめるのは、なんというか、とても良い。
視界が広くなって、ハクと俺の間に隙間ができる。
ハクの背もたれとして胸を貸しながら、PCを操作する。
「よいのか?」
「ハクの頼みだからね。あんまり見せられたものじゃないけど」
俺の返答に対して、ハクはただ呆れたようなため息だけを吐き出した。
さすがに強がれる状態ではないので、ゆったりと遊べる箱庭系シミュレーションゲームをチョイスする。
「これは、何をするゲームなんじゃ?」
「うーん……。強いて言うなら、生活?」
「ゲームの中でもか」
「ゲームの中だからこそ、かなぁ」
予想通りにいささか釈然としない声を上げるものの、特にそれ以上の行動はなく、左手が触れたお腹は深く静かに動いている。
一応、クリアと呼べる状態まで進めたことはあるが、そこまでやりこんだゲームでもないのでハクに見られながらプレイするというのは緊張する。
できる限り楽しんでもらえるようにと、細かく説明を入れながら彼女の意見も取り入れてゲームを進めていく。
「やっぱり海と近いほうがいいかな」
「川でもよいじゃろうて、生活域から遠くてはかなわん」
「リアル思考だ……」
ハクの考え方はかなり実体験を伴うものだったが、それがゲームでも正しいわけではないのが難しい。
「なんじゃ、そんな奥に建てるのか」
「ゲーム的には意味のない建物だからね。クエスト終わったら解体するよ」
「農閑期の公共工事みたいじゃのう……」
かなり近い距離でいるせいで、つぶやくような言葉さえ聞こえてしまう。
ハクの耳に至っては俺の口と触れ合える距離にあるわけで、ちょっといたずら心が湧く。
丁度、ゲームのほうも安定期に入ったことだし、少しくらい……かまへんか。
「また敵じゃな……。こちらの手の届かんところから湧いてくるのはうっとうしいのう」
「すぅ……ふぅー」
「……おぬし」
残念ながらかわいい反応はなく、ぺちと抗議の代わりに耳で叩かれた。
柔らかい耳が頬を撫でるように動いて、くすぐったさに身じろぎすれば、ハクにもその動きは伝わる。
「んっ、くふ」
俺が動いたせいで反応した耳が今度は首筋に当たって、思わず声が漏れた。
その声で我慢の限界が来たらしく、ハクはぐいと押し付けるようにして顎に頭をめり込ませてきた。
んぐ、とぐぐもった声を上げるしかできない俺に対し、ふん、と鼻を鳴らすハク。
「まったく、単純ないたずらをするでない」
「単純じゃなければいいので?」
「少なくとも、この状況でやるいたずらではないじゃろ」
どうやら抗議したいのはいたずらをしたことそのものではないらしく、呆れ半分お叱り半分と言った声音が顎の下から飛んでくる。
状況の話なのか、と思わなくもないが、実際にこの状況に置かれてどんないたずらをすればいいのかは返事に困る。
「どんないたずらしてほしいの?」
「……ふん」
「アァー! 食糧事情が火の車に!」
素直に聞いてみたら逆にいたずらされてしまった。
ポチポチっと鮮やかな手並みで食糧の生産場所が破壊され、急激に状況が悪化していく。
この短時間にこのゲームの心臓を見抜くとは……やはり天才か。
おかげさまでゲームに集中せざるをえなくなり、ハクにいたずらする余裕はなくなってしまった。
ハクの耳は少し不機嫌そうに傾いている。
まあ、してほしいというか、されたいというか。そういうことがわからないほど、俺も子供ではないのだが、子供じゃないからこそ難しいこともある。
「なるほど、計算が早いのう」
「これは最初からテンプレがあるんだ。覚えておくと便利な知識だけど、普通は必要ないんだよねぇ……」
「おぬしは記憶力がよいからな、もっと使ってもよいのじゃぞ」
頭をゆらりと動かして、ハクは少し機嫌をなおした。
まさかゲームのことで褒められると思ってなかったので、ちょっと照れてしまった。
さらには、ハクが機嫌を直した理由についてもおおよそ察してしまった以上、ちょっと真顔を維持するのは難しい。
ゲーム画面を見ているハクには見えていなくてよかったなあ、と思った瞬間に、ハクがくすくすと笑う。
特にゲームの状況に変化はないし、何かおかしなことでもあっただろうかと、視線を滑らせれば……気づいてしまった。
「見てた?」
「うむ、よく見えておるぞ」
PC画面にうっすらと映った俺の顔。
得意げに、いたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべてこちらを向いたハクの瞳には、うっすらと白い炎が揺らめいている。
「そこまでしますか」
「良いいたずらじゃろ?」
そう言うと、ハクはするりと膝の上から抜け出した。
一つ美しい笑みを浮かべて、夕食の準備じゃと言い残してキッチンへと消える。
何度目かはわからないが、やはりあのかわいい恋人には勝てる気がしない。
コロンとゲームを放置して転がりながら、まんざらでもない気分だった。
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