第58話娯楽の話


 ぐてり。もにょり。ごろごろ。

 昼下がりの休日に、リビングで何もしていない俺は気だるさに抗えず、横になったままとろけている。

 ここ数日のところいろいろとあって気疲れしている部分もあり、こんな休日にクーラーの効いた部屋でのんびりしていることもあり。

 健全な大学生なので、人間として不健全な生活になってしまうのは致し方ないだろう。


「ならばベッドに入っておればよいじゃろうに」


「不健全とダメ人間は似て非なる物だから……」


 ハクが戻ってきたので体を起こしつつ、そこまでする気はないと首を振る。

 これでも健康には気を使っているし、今日限りのだらけ者なのだ。

 本当のダメ人間になってもハクに失望されることは無いとわかっているが、そんな男がハクの近くに居ることに俺が耐え切れない。

 明日からは元通りの生活に戻る以上、ベッドに入って寝入ってしまうのは避けなければならないということだ。


「おぬしらしい考え方じゃな」


「そうかな? そうかも……」


 細かく説明せずとも、ハクはそう言って納得してくれるが、それが俺らしさかと言われると一瞬疑問符が浮かぶ。

 でも、ハクが言うならたぶんそれが正しい。全肯定ボットと化してもいいくらいにはハクは基本的に正しい。たまに正しくないけど。


「まあ、わしも今日のところはだらけたいのじゃ。一緒にお昼寝でもしようかのう」


「おっと、雲行きが怪しくなってきたな。さすがに困ってしまうのだけど」


 さらっとした物言いですごいことを言い始めたハク。

 もっと言うなら、冗談を言った感じではなく、彼女は本気で一緒にお昼寝しようと考えているらしくニコニコと楽しそうにしている。

 この提案を受けた場合、そのまま添い寝まで了承させられかねないので、どうにか対案を考えなければならない。

 嫌なわけではなく、むしろとても嬉しいのだが、それはそれとして心臓がもたない。

 せめてちゃんと眠気のある夜ならば、ハクは早々に寝てしまうし俺も穏やかに眠りにつけるのだが、昼の間はのんびりと至近距離でお話しする時間になりかねない。


「あ、そうだ。ゲームでもしよっか」


 そんな俺に天啓のごとく降りてきたのは、のんびりと遊ぼうというものだった。


「ゲームか。ゲーム機は見当たらんようじゃが」


「んー、PCでどうにかなると思うけど。今からでもゲーム機買いに行こうかな?」


「だらける日じゃろ。手軽にできるものもあるじゃろうに」


 ちょっと呆れた様子で目を細めるハクに、それもそうだねとうなずく俺。

 ゲーム機については脳内の欲しいものリストに入れておくとして、今は家の中でできることを考えてみよう。

 とりあえず、といった感じでPCを取り出し、ハクとともにのぞき込む。


「うーん、一人プレイのゲームばっかりだ」


「いろいろあるのう。おぬしの好きなゲームはどんななのじゃ?」


 俺の肩に顎を乗せて、ゲーム一覧をのぞき込むハク。

 ハクがゲームをしている場面を思い浮かばないし、すごろくに近いゲームでもあればいいかなと思っていたのだが、ハクの意識は違うところに向いているらしい。


「俺の好きなゲームかあ……。面白ければいいと思うけど、アクションが好き……なのかな?」


「ふふ、なんじゃそれは。あまりゲームをせんのか?」


「趣味の範囲だと思うよ。と言っても、今流行りのゲームに乗っかるほどでもないし、あんまりしない方なのかな。そう言うハクは?」


「わかっておるじゃろうに。時々、付き合いにやる程度じゃが……。おぬしからしたら昔の遊びやもしれんが、花札や双六はようやっておったぞ」


 昔の遊びじゃからな、と少し恥ずかしげに頬を染めるハクを見て、なるほどと手のひらを打つ。

 そうか、ハクの世代だとアナログゲームのほうが中心なのか。そう考えると選択肢がだいぶ増えるな。


「別に、すごろくは今でもメジャーだけどね」


「今の子らには刺激が少ない気がするのじゃが……」


「マスに止まると何かしらのイベントが起きるのが今風ではあるね」


 こんな感じ、と有名なゲームのCMを見せてあげる。

 疑問そうな声を上げつつ、じっと画面を見つめるハク。

 身を乗り出しているせいで間近にハクの温度を感じるが、これくらいなら大丈夫と自分を誤魔化していく。

 心頭滅却すれば火もまた涼し、というほど悟りを開けそうにはないがここでハクを振りほどくような真似はしたくないので、今だけでも悟りを開こう。


「なるほど、今はこちらの方が主流なのじゃな」


 隣で赤い瞳をまたたかせたハクが、納得したような声で気になることを言った。

 何のことやらと思ったところに、ハクがうっすらと微笑んで得意げに説明を追加した。


「昔の双六というのはな、向かい合って二人で遊ぶものでな、このようなきれいな一本道ではないのじゃ」


「んー? うまくイメージがつかないや。調べれば出るかな……」


「さすがに古すぎたかのう……」


 うまく説明が伝わらなかったことに不満げなハクを置いておいて、ネットにすごろくと打ち込んでみる。

 いつも通りのすごろくしか検索結果に出てこない。


「本当にすごろく?」


「さすがにそれは間違いないのじゃ。わしらの時代じゃと漢字で書いたものじゃが」


 ハクの助言に従って、今度は漢字に変換してみる。

 双六……、こんな漢字なんだなと感心すると同時に、出てきた検索結果に驚く。


「バックギャモンじゃん」


「なんじゃそれは」


 説明役を交代し、今度は俺が説明する側に回ることになった。

 どうやら、ハクの言っていたのは盤双六と呼ばれる、本当に昔の遊びだったらしい。

 それが俺の知っているバックギャモンというボードゲームとそっくりだったのである。

 ぶっちゃけ、本当にそのままなので、特に説明らしい説明もなく、PCで画像を出したら納得してもらえた。


「ね、全く同じでしょ」


「人間、考えることは同じなんじゃな」


 確かに、似たようなゲームが違う場所で生まれているのを目の当たりにすると、感心したハクと同じような感想が浮かんでくる。

 現状としては、バックギャモンも盤双六もあまり流行っていないところを見ると、どこにいても人間というものは変わらないような気がしてくる。


「……本当に人間が考えたのかはわからないけどね」


 目の前でピコピコと動き回っている狐耳を眺めつつ、ふと思ったことを言う。

 日本にも妖狐やら、その他にも妖怪がいることを知っている身としては、娯楽を考えているのは人間だけなのかという疑問が湧いてくる。


「それに関しては、ほとんど人間じゃと思うぞ」


 と思ったのだが、どこか呆れたような様子のハクがそれを否定する。

 なんとなく実感のこもった声に、どういうことかとハクを見つめる。

 ハクも聞かれるだろうと思っていたのか、俺の視線を受け止めて一つため息を吐く。


「無限に生きる、というのは意外と暇にならんのじゃよ。積み上げることに際限がないのじゃから、多くのものを消費する必要が無いのじゃ」


「早い話が、凝り性が多いと」


「まあ、簡単に言えばそうじゃな」


 意外なように思うが、そう言われてみれば納得もできる。

 新しいものに手を出したくなる時、というのは何かしらの限界を感じているときが多い。

 限界に対して時間という強力な手段を使える以上、新しいものに手を出すよりも一つのものを極める方が楽しいのだろう。

 新しい物好き、というのも色々な刺激に慣れてしまうことによるものだから、刺激が十分にあれば問題が無いわけだ。


「しかし、実際には怠け者も多いのじゃよ……」


「明日やろうを永遠と続けられるわけか、それは怖い」


 言いたくなさそうだけど、言わないでいるのもすわりが悪い。

 そんな様子のハクの言葉に、ちょっと恐ろしさを感じてしまう。

 無限に生きられることに夢を覚えないこともないが、なったらなったでいろいろと大変そうだ。


「結局のところ、人間ほど娯楽に貪欲な種族はほとんどおらんのじゃ」


「あ、そうなるんだ」


 色々と言ってきたが、最終的には分かりやすい結論になった。

 怠けに対する罰則が無く、刺激に対する欲求が無く、娯楽に対する探究が無い。

 人間たちは生が短いからこそ、欲求が強く、探究が深いわけだ。

 うーん、なんとも哲学的。


「……って、ちがうちがう。そんな深堀りする気はなかったのに」


「ふむ。もとは双六の話じゃったか、意外と話が広がるものじゃのう」


 ちょっと楽しそうなハクの様子が見られたので大体のことはどうでもいいのだが。

 それはそれとして、もっとハクを楽しませるという使命感を捨ててはいけない。

 まずはハクの空きそうなゲームを……。


「一つ疑問があるのじゃが」


 思案の海に入りかけたところに、ハクから急に声をかけられる。

 どうしたのか、と耳元にあるハクの横顔を見れば、横目にこちらを見られていて少しドキッとした。


「これは、二人プレイができるものじゃったか?」


「……難しいねぇ」


 できなくはないだろうが、ノートPCでやることではない。

 ハクも首をかしげてしまったし、俺も対案が出せない。

 さて、どうしようか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る