第48話のじゃロリ狐娘と俺の話
さて、どうしたものか。
望は言いたいことを言い切ったのか、後は任せたと言い残して去っていった。
俺は、アイツの言ったことを受け止めて、呆然と立ち尽くしている。
空は穴の開いたように星を浮かべ、欠けた月はゆっくりと登っている。
空を見ても答えは出ず、ため息を吐いても心は晴れず、地面を見つめても足は動かず。
「ハクに、どう説明したらいいのかな……」
結局、それに尽きる。
結果論だと、ハクは笑うだろうか。
それにしたって、彼女の想いをないがしろにしたのは事実なわけで、どうにかそれを取り戻すために……という思考自体が、俺たちにとって良くないのだ。
ならば。
俺たちは親密になりすぎていて、それがハクの選択に影響するというのであれば。
俺が彼女の嘘を暴かなかったように、彼女も俺の嘘を暴いていないのなら。
何も、問題は無いはずだ。
「ずいぶんと、悩んでおるようじゃの」
「……ハク?」
夜の闇を切り裂くように、白が揺れる。
近くに居るとは思っていなかったせいで、反応が遅れた。
今一度彼女の姿を見直せば、隠していた耳と尻尾を出している。
なるほど、周りから人の気配がなくなったから出てきたようだ。
黄色い花のあしらわれた華やかな浴衣。地面につきそうなほど長い髪。
草鞋を履いた白い足しか見えないほど視線を下げた俺にハクが歩み寄る。
「こちらを見よ」
くい、とハクの手が俺の頬をつかんで引き寄せる。
強い力ではなく、本当に触れる程度の彼女の行動に、俺は従った。
どんな感情が浮かんでいるのか、不安と恐怖を払いのけるかのような彼女の声と、手が俺の顔を上げさせたのだ。
いつものように優し気に細められた瞳の中に、強い意志を込められた視線。
心配でも、怒りでも、嫌悪でもなく。ただ、想われている。
「何を話したのか、聞かせてほしいのじゃ」
「うん。話すよ、全部」
胸が締め付けられるような心地も、きっと俺への罰なのだろう。
熱くなった目頭をごまかすように微笑みを浮かべて、俺は話し始めた。
ハクのために、自分のために変わろうと努力していること。
ハクが好きになってくれた俺を無意識にでも不要と考えていたこと。
俺は、ハクがどんな悩みを抱えているのか知らないくせに、分かった風にふるまっていたこと。
俺がハクに踏み込まないことを、ハクが話したくないからだと、責任転嫁していたこと。
望の言い方はともかく、たぶん心配してくてくれていたこと。
馬鹿なことを考えたことまで、少し悩んで打ち明けた。
「そう、か。……あの女め、わざと説明を省きおったな」
すべて聞き終えた後、ハクはほんの少し瞳を揺らして、ため息と同時につぶやいた。
キスでもするのかというような距離感でいるからには、どんな小さな声でも聞こえるもので。
いやちょっと待て、ずいぶんと長い間こうしていたけれども、かなりきわどい状況じゃないか?
話している間は、ハクの瞳を見て心を落ち着かせていたが、よく見てみればその眼に写っている俺の姿まで見えそうな距離である。
ハクが目を伏せたおかげで、冷静に状況は見られるようになったが、心は平静で無くなってしまった。
「のう、おぬし」
そんな俺を知ってか知らずか、もう一度俺を見つめて、さらに数センチ近づいてくるハク。
心臓の音すら聞こえるのではないかと心配になるほどだったが、目を合わせていれば不思議と心が静まっていく。
じっと見つめあう瞳から伝わってくるのは、押しつぶされそうなほどの想い。
それを受けてもピクリとも動かないあたり、俺もずいぶんなものだな、と冷静になった頭の隅で思いつつ。
「もしも、わしが変わってしまったとして。それでもわしを……」
ハクがほんの少し言いよどむ。
それは、これまで避けてきた言葉だから。
それがわかっていても、今は何も言わずに彼女の言葉を待つ。
「わしを、愛してくれるか」
「もちろん。ずっと、ハクを……。すぅ、ふぅ……。愛し続けるよ」
言葉の途中で、深呼吸を、一度だけ。
わざわざ気合を入れるほどのこともなかった。
ただ、あふれるものをそのままにしただけで。
「わしも、同じじゃ。……愛しておるぞ、カカル」
ジワリとうるんだ瞳に、どきりと心臓が跳ねる。
答えを得て、心が通じ合った。
その安心感がもたらしたのは、今の状況に対する客観的な視点なわけで。
「は、ハク? ちょっと、まだ段階を踏んでおきたいかなって」
「ふふ、嫌じゃ。もっと、わしを受け止めよ」
「ハク!? ハクさん? ちょっと?」
抗議の声を上げつつも、胸に飛び込んできたハクをおっかなびっくり抱きしめる。
コヒュ、と苦しげに空気を吸う音に、ハクの体が強張るが、ここは男の見せ所。
毒を食らわば皿まで、体を離そうとしたハクの腰に回した腕を引き寄せて、彼女の耳の間に顔をうずめるほど密着する。
また違う理由で体をこわばらせたハクの頭の上で、息を荒げる不審者をしつつ一瞬意識が飛んだ。
とんだ意識が戻ってきたところに、自然な甘さと、澄んだ冷たさを感じる独特の香りが鼻をくすぐる。
「こら、何をしておる」
鼻を鳴らして嗅いでいたら、ハクからお叱りの言葉をもらった。
頭頂部の匂いを嗅がれているのだから、当然の反応ではある。
とは言っても、彼女の手は心配そうに俺の背中を撫でているので、言動が釣り合っていないような気はするが。
「これすごく落ち着くのでできれば毎日イタタ……」
「調子のいい奴じゃな、まったく」
さすがにふざけたことを提案したら背中をつねられました。
ハクの頭から顔を離して、彼女と目を合わせる。
「なんか、いつも通りだね」
「おぬしこそじゃろ」
不安にさせていたのは間違いない。
それは、ハクを裏切ったからではないことだけが救いだけれど。
彼女の瞳に憂いが浮かぶような状況は、あってはならない。
「……おぬしは、意外と平静じゃな」
「そりゃあ、冷静じゃなかったら。……吐くから」
「それもそうじゃが。少し悔しいのう」
唇を尖らせて、俺の胸に顔をうずめるハク。
どうやらさっきの俺のように状況を客観視してしまったらしい。
残念ながら、この近さが関係を深める助けになることはないものの、関係を確認するにはちょうどいい距離感だろう。
「ふ、ふふ……。かわいい」
「うるさいのじゃ」
「イタタ……。ごめんごめん」
近すぎても良い、壁があってもいい。ただ、心のありどころだけが問題なのだ。
……うん、まあ。なんというか。
「ハク、好きだよ」
「……わしもじゃが」
二人なら、これからもきっと、何とかなりそうな気がする。
真っ赤になったハクの首筋を鑑賞しながら、そんな風に思うのだった。
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