第31話裸を見た話
「そういえば、おぬし」
いつも通りに晩御飯をハクと一緒に食べている最中のこと。
ふと思いついたらしく、珍しく食事中にハクが口を開いた。
口に食べ物が入ったままだったので、どうしたの、と目で聞いてみる。
「いやなに、晩御飯が終わったら風呂じゃろ」
「んぐ……。そうだね、一緒には入れないけど」
正直なところハクの裸を見たい気持ちがないわけではない、男なので。
ないが、その代償として俺がどうなってしまうのか、考えるだけでも恐ろしい事になるだろうと願望をかなえる前から分かってしまう。
もしもそれについての相談であれば、申し訳ないがご遠慮したいという気持ちを込めて、ハクの質問に答えた。
「それは分かっておる。……わしとて恥ずかしいんじゃぞ?」
うっすらと恥じらいをにじませた表情で、耳をぺたんと伏せて抗議するハク。
尻尾を逆立たせているあたり、それなりに本気で恥ずかしいのは事実のようだ。
「ごめん。……あれ?」
「ぬ? あ!」
さすがに彼女に恥をかかせる気はなかったので、俺は素直に謝った。
同時に、ふとあることに気づく。
正確には、気づいてしまったというべきか、俺がそのことに気づいた瞬間にハクの耳がピンと立って、さらに尻尾を逆立たせる。
しばし、そのまま見合って。
「……えーっと。別に、答えなくてもいいんだけど」
「……はぁ、そういうわけにもいかんじゃろ。おぬしとて気がかりじゃろう」
「そりゃあ、気がかりと言えば気がかりだけども。予想がつかないわけではないし」
俺はそっと提案したが、ハクは気まずそうに視線をそらして恥ずかしさに頬を赤く染めながらもその提案を拒否する。
話の内容を考えると、ハクに説明させるのは気が引けるのだが、本人は説明しないと納得しなさそうだ。
「おぬしからすれば、不思議じゃろ。出会ってすぐに肌を見せたというに」
「まあ、ねぇ……」
そう、俺はハクの裸を見たことがある。
出会ってから数日、まだまだ互いに距離感をつかみかねていた……、どころか、ハクはさっさと帰ろうとしていたし、俺はハクに対する信頼が薄かったころの話である。
今となっては懐かしい記憶だが、確かにハクの裸は美しかった。
「ふん!」
「いたぁい……」
さすがに妄想にふけりすぎたのか、ハクの足が俺の足を蹴りつける。
もちろん妖力の補助はされていないので、見た目よりもさらに貧弱な力での蹴りであり、ちっとも痛くはないのだが、どちらかと言えば精神的に痛い。
頬を膨らませて怒っているハクに、両手を合わせて頭を下げ平謝りである。
「わしが悪いのはわかっておるがのう……。よい、おぬしの思っておる通りじゃ」
長く息を吐いて、一言つぶやくハク。
俺の思っている通りというならば、よりハクに説明させるのは気が引けるのだが……。
そういう前にハクに視線で止められたのでそれを言葉にするのはやめておく。
「つまり、恩返しに手っ取り早いと考えていた。と」
代わりに、俺の考えをハクに伝えれば、彼女はひとつ静かにうなずいた。
別に、ショックとかではないのだが、複雑な感情があるにはある。
それはそれとして、ハクが言いづらそうにしているのを見過ごすほうが俺にとっては辛いので、とりあえず俺は言葉を重ねることにした。
「気にしてない。とは言い切れないけど、傷ついているわけではないよ。それ自体は納得できることだし」
「しかしな、後悔はしておるのじゃよ」
「後悔……」
「……軽い女じゃと、思わんか?」
「いや、全然」
苦い顔をして後悔とやらをこぼしたハクに対し、俺は即答で返した。
その即答っぷりと言えば、ハクが苦い顔から即座にあきれたような顔になるほどだったが。
確かに色々と考えはしたが、ハクがすぐに肌を許すような女性だと思ったことは出会った当初から考えても、一度も無いわけで、俺からすれば即答で当たり前なのだ。
「おぬしなぁ……。わしが言うのも何じゃが、恩返しのために体を使おうとしたのじゃぞ? どこを見てその答えになるのじゃ」
「だって、ねぇ……。あの時のハク、やる気なかったじゃん」
俺の言葉が図星なのか、視線をそらして耳を伏せるハクに、クスリと笑う。
その時期はまだまだ信頼が薄かった、それは間違いないのだが、それはそれとして、こちとら一目見た時からハクにべた惚れなのである。
信頼が薄いのにべた惚れともなれば、一挙手一投足にいたって見逃すはずもないわけで。
ハクが肌を見せたのは、俺を試してきただけであり、実際にその提案に乗ったとしても何かしらの手段でうやむやにされることが、その時の俺には分かり切っていたのである。
「そこまでわかっておったのか。……話題にするまでもなかったのう」
「せっかくなら、俺の疑問に一つ答えてよ」
「む。おぬしの疑問とな」
意外そうに、尻尾の先を傾けて聞き返してくるハクに、俺は一つうなずきを返して続ける。
「あの時にさ、本気じゃないのは分かってたんだけども。俺がその気になってたらどうするつもりだったの?」
俺の質問に対し、ああ、と納得の声を上げた後、少し考えこむハク。
尻尾をパタリ、と一つ揺らすと、うっすらと冷たい笑みを浮かべる。
「……その時は、カンナでも呼んで、少し夢を見させればよかろうて」
「ハクはできないんだね……」
「幻覚は苦手なのじゃ」
冷たい笑みのまま袖で口元を隠して言葉を放つ姿に、ちょっと妖狐らしい、と感動したものの、その雰囲気は二秒ほどしか持たなかった、残念。
カナさんが幻覚を見せるのが得意なのは初めて知ったが、ハクが幻覚などの絡め手を苦手なのは知っているので、つい突っ込みを抑えきれなかった俺が悪いのもあるが。
恐ろしい妖狐、というフリすら似合わないほどハクが善良というのも悪い。
「とりあえず、甘い話には裏がある、ということで。乗らなくてよかったよ」
「……今なら、乗ってもよいんじゃぞ?」
「コヒュッ」
フリではない、本当に甘い感情が乗ったセリフに、俺の脳みそがクラッシュする。
ダメじゃったかぁ、と申し訳なさそうに背中をさすってくれるハクに、そもそも悪いのは俺だろうと謝ることもできないままに、夜は更けていった。
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