第2話テレビを見ながら駄弁る話
実のところ、うちにはテレビが無い。
これは由々しき事態だと、思い立ったのが一昨日。
それはハクとの同居が始まって、5日目のこと。
……それから2日、通販で頼んだものが家に届いたのだった。
「というわけで、テレビ……ではなくモニターを買いました」
「ふぅむ? 確かに無いとは思っておったが」
小さめのモニターとはいえ、ちょっとお高めの買い物ではある。
だが、お金については他に使うような場面も無いので、特に後悔はない。
さらに言えば、貯金はたんまりとあるし、モニターは自分の使う用途もある、痛いところは何もない。
ただ、ハクの反応が思ったようなものではないことだけが、少しがっかりでもある。
「普段はノートパソコンを使っておるじゃろうに、どうしたのじゃ?」
「理由としては色々あるんだけども……。一番はハクのためだよ」
「わしの?」
実際のところ、ノートパソコンのモニターだと小さいので、大きい画面が欲しかったというのもある。
とはいえ、ここまで使ってきたものに文句があるはずもなく、ハクの反応を期待して、という理由が無ければ買わなかっただろうと思うので、やはりハクのためということになる。
「俺がいない間は暇だろうってのもあるし……。こう、箱の中に人がおるぞ! とか言ってくれるものだと」
そう、あの定番の、文明の利器に驚く姿が見たかったのである。
あのほほえましくも、人間とは違う種族と文化で生きている存在だと感じさせるひと時に、結構な憧れと、ロマンを感じていたのである。
「仮にも人のなりをして生きておるのに、人の文化に疎いわけがなかろう。まあ、人と合わぬ奴らなら、望む反応をするじゃろうが……」
「が?」
「基本的に、人嫌いか、見下しておるかでな。まず話もできんじゃろうて」
「なるほど、納得」
よく考えてみると、ハクはだいぶ人の世になじんでる感じだから、反応が淡白なのは仕方ないのか。
うーむ、最近の狐娘は進んでるなぁ、というより俺たちの認識が進んでないのか。
パソコンを見ても反応が無かった時点で、気づくべきではあったかもしれない。
「とりあえず買ったわけだし、テレビでも見ようか」
「ほう、おぬしはデジタルに強いんじゃな。自分でテレビを見れるようにするとは、思いもせんだわ」
「ネット回線で見れる時代だからね、見ようと思えばゲーム機でも大丈夫だよ」
古い方のノーパソと繋げて、ちょいと設定をこなせば、サブスクリプションに加入している見放題サイトがモニターに映し出される。
テレビ、というにはちょっと違うかもしれないが、こっちの方が見たいものだけ見れるし、暇つぶしには良いだろう。
「ぬ、これは番組表ではないのか。見たいものを選んでよいのか?」
「うん、ハクが好きにしていいよ。俺は今のノーパソあるし」
ほー、と興味深そうに、モニターのリモコンを操作するハク。
なにはともあれ、喜んでもらえたようで何より。
熱心にリモコンを操作して、番組を探すハクを眺めて堪能する。
ここ1週間ずっとハクを観察しているが、全く飽きない。
ハクもハクで、恩返しの一環として見ているのか、隠すことなく見えるようにしてくれる。
流石に風呂上りに素っ裸なのはご遠慮願ったが。
「……それにしても、いつなったら恩返しをさせてくれるんじゃ?」
「今やってるでしょ」
「そればかりじゃのう……」
テレビを買ってきたことで、いよいよもって居着かせる気満々なことが気がかりなのか、眉をよせながらこちらを見てくる。
とはいえ、生の美少女が生活している姿を見ていること以上の幸福が思いつかないのも事実なので、俺としては答えを変えるつもりはない。
グチるように呟きつつ、ハクが見始めたのは、料理番組。
それも時短料理や手軽なレシピの紹介というような大衆向けではなく、プロの本格調理が見られる番組である。
もしかして、ついに料理を作ることで恩返しを始めようと……っ。
「いや、興味深いだけじゃ。なによりおぬし、わしが料理しようとするとうるさいではないか」
ハッと、ハクを見つめると、肩をすくめながらしれっと言いながら、それについて抗議するような目線をこちらに向けてくる。
まあ、過剰に反応したり、うるさくしたりしまうのは仕方ないだろう。
恩返しポイントはできる限り消費しないでおきたいので。
実は、ハクは料理がそこそこできる、というのは初日から知っている。
最初は俺がいない間に家事をしようとしていたので、なんとかお願いしてやめてもらったのである。
「その程度で恩返しというのは、癪じゃがなぁ。一宿一飯の恩ならば、わしが一飯を提供すれども、おぬしは一宿を提供しておる。相殺するのが正しいのではないか?」
「相殺してくれるの?」
きょとん、と聞き返すと、当然じゃろう、とあっけなく返された。
ゆらりと不機嫌そうに揺らめく尻尾に触れようとして、さっと逃げられつつ、続きを促すように見つめる。
「わしとて、霞を食っているわけではないぞ? 本来ならば、日々の糧を得ねば生きていけぬ」
ネズミを捕ろうとして死にかけてたもんな。
そう考えると、自然界で生き抜く厳しさとの相殺は納得できるかもしれない。
「ええい、あの日のことは忘れろ! 普段であればもう少しまともに生きておるわ!」
なるほどとうなずいていたら、恥ずかしそうに頬を赤らめて、怒られた。
まだ何も言ってないけども、考えてたのは事実なので話を逸らすことにする。
「そうそう、そのまともって言うのが、俺は良く知らないわけで。もしかして普通に人間社会で暮らしていらっしゃる?」
「そう言うておろう。今どきの妖狐で、山奥で暮らしておる者の方が少ないぞ?」
妖狐とはいえ狐だし、普通に人間社会で暮らしているとは思ってなかった。
家に泊めているだけで恩返しポイント溜まるとすれば、お得が過ぎる。
もちろんこの恩返しポイントは、のじゃロリ狐娘との同居権と引き換えることができるので、俺にとってはどれだけ貯めても貯めすぎることは無い。
そうか、山奥でなくて、人間に混ざって暮らして……。
「ん? となると、お金を稼ぐ手段があるという事に」
「そうじゃな。……まあ、人間にとっては嬉しくないことゆえ、口は重うなるが」
「え、もしかして化かしてたりする?」
「似たようなものじゃ。わしらの魅力で稼いでおるのじゃからな」
魅力……確かにハクは美少女だからアイドルでも食べていけ――ハッ。
「気づいたようじゃな。そう……何を隠そうわしらは、キャバクラやホストで荒稼ぎしておるのじゃ!」
「やっぱり体を売って……ん?」
……なんか思ったより穏当な感じだ。
いや、体を売ってるのは違いないんだろうけど。
ピンと、張り切ったように耳と尻尾を立てているハクの顔をみつめかえしながら、疑問を投げかける。
「泡のお風呂とか、花弁が大回転するようなお店ではない?」
「わしらとて貞操観念はあるぞ。それに、わしらは発情期以外では性欲が薄い。春を売るような仕事は不向きじゃ」
ちょっとほっとして、胸をなでおろす。
いやまあ、ハクは俺の恋人でも何でもないので言う権利はないのだが。
それでも目の前に居る美少女が誰かとまぐわっていると想像すると……胸が熱くなるな。
実際のところ、下手に手を出せば、待っているのはのめりこんでの破滅だろうし、そのあたりは人間との折り合いの都合もあるのかもしれない。
いやでも、ハクに貢ぎまくって人生を破綻させるのなら、むしろ最高に近いかもしれない……。
危ない方向に思考が行きかけているのを察知してか、ハクが、可哀そうなものを見る目で俺の眼を見つめてくる。
「おぬし……。その扉は開いてはならぬと思うぞ」
「もう開いてるから……」
そうか、とちょっと引き気味ながらもうなずくハク。
狐耳の少女に貢げと言われて、喜ばないわけがないのだ……。
と、変な話になってしまったが、元はハクの食い扶持の話だった。
「それで、荒稼ぎしているはずなのに、ハクはなんで死にかけていたので?」
「……あー。……まあ、ほれ」
ふい、といいづらそうに視線を逸らして、急にもごもごと歯切れの悪くなるハク。
尻尾がくるくると、床に円をえがくように動いている。
ネズミ事件についてのときよりも話したくなさそうな感じだ。
性格が合わないとか、それくらいの話だと思ったのだが、思ったよりも深い事情があったのだろうか。
もしや、俺と同じように何かしらのトラウマがあるのかと、急いで前言の撤回をしようとしたところで、ハクが重い口を開いた。
「その……、単純な話でな。……この体では、……働けん」
「あっ」
140センチ、童顔、ペタンコ。
大正ロマンな服装と、堂々とした言動でごまかしてはいるが、どこからどう見ても、その道の店で働くどころか、入ることもできない年齢にしか見えない。
狐耳や尻尾を隠すのはともかく、生まれ持っての姿を変化させるのは、現状のハクではほとんど無理らしいので、働くのが難しいのも当然であった。
「そういうわけでの。これまでは同族の家で、家事手伝いをやっておったのじゃよ」
「なるほど、今と同じですね」
じゃから家事くらいは問題ないぞ、とでも言いたげな目をするが、当然却下です。
だってのじゃロリに奉仕するの、気持ちいいもんねー!
正直、この状況でも恩返しポイント消費しておかしくないくらいには、俺は満足なのであるが、ハクはやはり釈然としないらしい。
「白々しいのう……。よいから家事くらいさせんか、そうでなければ何かしら願い事を言え」
「一生居てほしい、ってずっと言ってるじゃん」
「わしの気が済まん。お主が死ぬまでなぞ、わしにとってはすぐじゃぞ?」
「じゃあいいじゃん。一生一緒に居てほしいって願い事で!」
満面の笑みを浮かべて、そう言い切る俺。
嘘偽りなく、ハクが家に居るだけで俺としては満足なのだから。
しかし、ハクはそれを見て、はあ、とあきらめたようにため息をついて、頬をつく。
耳と尻尾もペタンと脱力して、お手上げの表明に見える。
「……変わらんではないか。ぬう……、おぬしも強情じゃのう」
「まあまあ、まだ一週間だから。一生のどこかで、ドンと返せるかもしれないよ?」
「それはすなわち、わしの命と同じくらいの事件があるという事ではないか。素直に喜べんぞ、それは」
呆れたような声と表情で、嬉しいことを言ってくれる。
俺としても、彼女の命と比べられるような出来事に合うのはごめんだが。
それくらいの出来事が無い限りは、恩が返せないということを彼女も認めているうえに、できれば起きてほしくないと思ってくれているのである。
割と、この生活が長く続くかもしれない。
そんなのんきなことを考えながら、夕食の準備にとりかかる。
「じゃから、わしにも手伝わせろと言うておろうに」
「あ、だったらそこの棚から食器出して」
「ぬ、ぐ。まあ、一歩前進じゃな……」
ハクがそんな風に言ったのは、聞こえないふりをしておいた。
二歩目はないからね!
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