第5話 お前のものは俺のもの。上手い話には裏がある


 千雨が中華のコース料理に舌鼓を打って楽しんでる頃……

 1時間ほど掛けて自宅に帰って来た涼介はバイクを停めると武器弾薬と共に家の中へと入り、自室の床に武器弾薬の詰まったリュックサックを置いてからベッドに身を投げだした。


 「ふぅぅ……これで戦闘が少しばかり出来る様になった」


 涼介はそう言うと寝返りを打って仰向けになると、身体を大の字に広げる。


 「小型スコープは良いんですが、そのままでは使い物にならないのは……解ってますか」


 「そうだよ。実際に撃ちながらスコープ調整して、零点規制ゼロインしないと当たる的も当たらねぇよ……あぁ、面倒臭ぇ」


 皆はスコープを付ければ銃弾は必ず当たる。そう思ってるだろうが違う。

 確かにHAMRやトリジコンのACOG等の低倍率スコープや、スナイパーライフルに取り付けられた10倍や20倍。30倍と言った高倍率スコープは狙った所へ銃弾を送り込み、標的を穿たんとする為に作られた光学機器ではある。

 そして、照星フロントサイト照門リアサイトと言ったアイアンサイトとも呼ばれる銃に元から備わる照準器であっても、同様だ。

 しかし、それは涼介の言った零点規制……即ち、ゼロインをしっかりと熟してからでは無いと効果が無いのである。


 「そう言ってもよぉ……この近辺に400メートルの直線なんてネェぞ?」


 「丁度、直ぐ近くにうってつけのポイントが有りますよ……しかも、深夜なら人気が全く無くなりますし、場所も太いコンクリート製の柱や駐車場に止まるクルマ等で隠れる事が出来る上に警察の通りも少ないです」


 「おいおい、まさか……」


 アリスの言葉から何処の事を言ってるのか? 解ってしまった涼介は思わず声を震わせてしまう。


 「恐らく、貴方の予想した箇所であってます。彼処は深夜に電車が行き来するので、その音で銃声を誤魔化す事も出来て一挙両得です」


 「ま、まぁ……確かにお前の言う通りだよ? でもさぁ……彼処は仮にも子供たちの遊ぶ公園だよ? 後日、警察出動案件とか洒落にならねぇぞ?」


 「他に出来る所があったら、私は既に言ってます」


 要約すれば、其処しか丁度良い射撃練習場は無い。と、言う事である。

 涼介は「気が進まねぇなぁ……」 と、ボヤくと起き上がり、ベッドから立ち上がって窓際に立ってシガレットケースを開けて中から1本の煙草を取り出す。

 茶色に白のマーブル模様のフィルターを咥え、何時もの様にトレンチライターで火を点すと賑やかな声が響いた。


 「あー!! まーた、煙草吸ってる!!」


 向かいの家の窓から身を乗り出していたのは、初谷 綾子その人であった。

 綾子は涼介に「先生に言い付けるよ?」 と、ニヤニヤしながら言うと、涼介は……


 「言うなら言えや、面倒臭ぇ……」


 「お姉さん悲しい。涼ちゃんが去年からメチャクチャ不良になっちゃって……あの、ウェイバー君みたいに純真で真面目な涼ちゃんは何処に行ったのかしら?」


 オヨヨ〜と泣き真似する綾子が面倒臭くなった涼介は「ソイツは去年の夏に死んだ」 そう、殺気と共に返すと灰皿代わりの空き缶を取って咥え煙草のまま、窓とカーテンを閉めた。

 独り静かに煙草を吸ってると、左右から女の声がする。


 「貴方が坊やだった頃、どんなんだったの?」


 「あ、私は知ってるわよ。毎回泣き言ばっか言って、ピーチクパーチク煩いクソガキだったのを……それが、こんな立派なガンマンになってお姉さん嬉しいわ」


 赤毛の女と黒髪の大きな女から、からかわれる涼介は「うるせぇ……死人は大人しく黙ってろ」 と、言いながらシガレットケースから二本の煙草を取り出して咥え、火を点して灰皿代わりの空き缶の上に置いた。すると、二本の煙草は浮き上がり、それぞれ左右に1本ずつ分かれた。


 「相変わらずこの世界の煙草は美味いわね……」


 「コレ吸ったら、あの世界のは吸えないわ」


 「言えてる」


 女二人でワイワイと話していると、涼介は無言のままテーブルに大きなロックグラスを3つ置き、其処へジャックダニエルをなみなみと注いで行く。


 「偉く羽振りが良いわね。あの遺跡から盗んだ宝石が大金に化けたから?」


 「そう言えば、アレより大きい蒼く輝く宝石も持ってたわよね……ソレはどうしたの?」


 波々とバーボンが注がれた二つのグラスが浮かび上がると、斜めに傾いて中の琥珀が瞬く間に消えて行く。

 涼介はそんな光景を眺めながら、ロックグラスに注いだ琥珀を生のままストレートで一気に半分ばかり空けた所で煙草を吸い、紫煙を燻らせた所でシガレットケースから1本抜き取って銜える。

 フィルター近くまで燃える煙草の赤く光る火種に煙草の先を軽く押し当てて軽く吸えば、煙草に火が点る。そうして、ライター代わりにした煙草を空き缶の灰皿の中へ捨てると、肺に深々とニコチンやタール等で構成される毒の煙を送り込んだ。

 紫煙を吐き出すと、残った琥珀を掲げる。

 すると、二人の死霊はグラスに琥珀を注ぐと、涼介と同じ様に高く掲げた。


 「ブラーチャラ・レ・アブージュ」


 「「ブラーチャラ・レ・アブージュ!!」」


 それは死した戦友達へ向けた追悼の言葉であり、献杯の音頭。

 『戦場の兄弟』 に捧げる手向けの酒杯。

 それは戦いに生き延びた者の義務であった。

 そんな祈りの言葉と共にジャックダニエルを飲み干すと、涼介含めた3人はグラスを叩きつける様にしてテーブルに置き、煙草を吸う。

 煙草は死者へ焚く香の代わりだ。

 奴等は基本的に煙草と酒。それに上手い飯を求める。

 だから、煙草を吸い、酒を飲むのは彼等にとっては弔いの行為と言えた。

 そんな弔いをしていると、アリスから報告が来る。


 「マスター、敵が円成院に出現。芦屋 里奈含めて戦闘が開始されました」


 「PCのモニターに映し出せ。さて、敵と退魔師連中のお手並拝見と行こう」


 さっきまでの賑やかな気配はとっくに消えていた。

 デスクトップパソコンのモニターに映し出される上空からの赤外線カメラ越しに白黒に映るライブ映像を眺め始める。

 モニターの中では金属製の棍棒を持った小さな餓鬼と、金棒を持った鬼達が芦屋 里奈を始めとした巫女装束に身を包む者達と戦闘を繰り広げていた。


 「うーん…後詰めは例の政府絡みのバックアップチームだって言うなら、問題無いでしょ。てか、バックアップチームは戦闘のメインとなってる公園かしら? 其処を陽動と踏まえた行動……良い動きね。駐車場をキルゾーンに設定して突撃破砕線も構築済みと見て良いわね」


 涼介の師でもある赤毛の女の死霊の言う通り、バックアップは円成院の駐車場をキルゾーンとして設定。

 寺の屋根に左右から挟み込む様にして自衛隊も軽機関銃として使用するミニミと呼ばれる機関銃を設置。

 89式小銃を持った者達と合同で十字砲火を叩き込める様にしている。無論、左右から攻められても対応出来る様に人員も配置済み。

 円成院は強固な要塞と化した。

 しかし、戦闘の舞台となる円成院の敷地内にある墓地に隣接する与野公園は違った。


 「人員少な過ぎるわね。しかも、どいつもこいつも敵を倒す事に躍起になってるせいで、守備がまるで出来てない」


 黒髪の大きな女の死霊の言う通り、巫女装束に身を包む者達は皆、敵を倒さんと前へ前へと突出。

 確かに敵は倒せてはいる。が、残念な事に穴の多い防衛線は容易く越えられ、バックアップチームのスナイパーや小銃手の仕事が増えてしまっている。


 「寧ろ、敢えて越えさせてスナイパーとライフルマン小銃手に片付けさせて楽に仕事を済ませようとしてるのかしら?」


 黒髪の大きな女の死霊は自信なさげに呟く。

 だが、そんな彼女の淡い期待は涼介によって斬り捨てられた。


 「それは無い。見ろよ……奴等、お互いにカバーする事を考えてないし、遮蔽物を利用して戦闘を有利にする事すら考えてない。アホの戦いの見本だぜ」


 「うーわ、ホントだ。何か、剣振り回したり、投げたりして倒してはいるけど火力を集中出来てない……彼女達、ホントに戦闘訓練積んでるの? 明らかに素人の浅知恵じゃない」


 防衛線を構築出来てないばかりか、バラバラに動き回ってるせいで、火力を集中させて多数の敵に対応すら出来てない。

 だが、それでも敵の数は一応は減ってはいる。

 そんな戦闘を見てると、赤毛の死霊が呟いた。


 「敵のヨウマだったかしら? ヨウマの指揮官は素人なのかしらね」


 「俺もそれは思った。こんな時間に仕掛ける事すらだしな」


 涼介の言葉に赤毛の死霊は頷き、黒髪の大きな死霊は納得。


 「確かにロウとオルガの言う通りね。夜襲を仕掛けるなら、寝込みが一番効果的よね」


 「えぇ、夜中の2時辺りが良いかしらね……歩哨にとっても一番眠気が酷くて注意力散漫になりやすく、他の者達はベッドで深い眠りに就いてる時なら、静かに近寄れば良い感じにあの寺院を陥落させられるわよ?」


 戦闘を仕掛けて来た妖魔達にも駄目出しする二人の死霊。

 だが、涼介の考えは違った。


 「奴等、威力偵察のつもりで仕掛けたんじゃないか? アリス、戦闘の舞台となる与野公園内で其処に居るのに一切動いてない奴は居るか?」


 「複数居ます。先ずは左右の両端に小さな熱源が3体ずつ。次に、バラ園の最奥で佇む指揮官と思わしき大きな熱源です」


 威力偵察は言うなれば、実際に相手に攻撃を仕掛けて敵の対応を観察すると共に、攻め込む時に敵の何処が弱点か? 

 それ等を調べる為の高度な偵察方法である。


 「妖魔連中、退魔師共とバックアップチームを値踏みしてやがる訳か……て、事は最奥の暢気にボサッと突っ立ってる野郎も含めて、全員捨て駒の可能性も否めないな」


 「それ以前に気付いてる? 陥落させる為に欠かせない砲迫や空爆が無い事を」


 赤毛の死霊の言葉に涼介は「攻撃の基本は砲兵が耕し、歩兵が刈り取るだろ?」 と、教わった事を呟く。


 「基本、ああした施設を陥落させる為には砲迫や空爆で大多数やその周りを徹底的に叩いてから部隊を突っ込ませるのが理想。なのに敢えて突っ込ませる理由は何かしら?」


 「敢えて突っ込ませる……遊びのつもりとかか? けどよ、あーゆー化物連中は基本的に喰う事と犯す事しか考えてない頭バンディッツみてぇなもんだろ? 何も特に考えてない線も否めないンだよなぁ……あの程度の防衛線になってない防衛線、数を集中させて一気に押し潰して突き進む事も出来るのにソレをしようとしない点を踏まえるとさ」


 相手より数が多く、戦力が上であるならば、その戦力をそのまま一気に集中させて突撃。

 そうすれば、この与野公園の防衛線は一気に崩壊。

 後は左右と墓地から円成院を取り囲む塀を破壊し、一気に兵力を雪崩込ませれば流石のバックアップチームでも対応に追われる。

 それにも拘らず、ソレをしないと言うのは3人にとって腑に落ちない疑問の一つであった。


 「まぁ、喧嘩売られないなら放置しとくのも手ね」


 「自分から進んで鉄火場は御免だ。まぁ、戦いに備えるくらいはするけどな……」


 「でも、ロウだから確実に奴等の親玉と殺し合いするわよ……殺し合いする方に私の命を賭けても良い」


 「死人は黙ってろ」


 涼介はそう言うと椅子から立ち上がって部屋を後にすると、トイレへと赴いて便座を立てるとジーンズとパンツを下ろし、ジョボジョボと勢い良く小便を出しながら考える。


 (妖魔の目的は何だ? 威力偵察? それとも何も考えず、タダ思うままに"遊んでる"。誰か襲われたりはしてないのか? この時間帯なら駅や駅周辺は職場や学校から帰って来る人で賑わって……)


 「アリス」


 「マスター!! 与野本町駅並びに北浦和、浦和駅で同時に妖魔が多数発生!!」


 「そう言う事か……」


 パンツとズボンを履き直しながら涼介がアリスを呼んだ瞬間、小便時、脳内にぎった最悪のシナリオが現実の物となった。が、涼介は冷静そのもののまま、スマートフォンを手に取ってモニターを見詰め始めた。

 スマートフォンを見れば、地獄絵図。

 人々が餓鬼や鬼達の持つ金属製の棍棒で殴り殺され、時には生きたまま腕や脚を引き千切られ、食い千切られて貪られているでないか……

 特に浦和駅が貪られた死体の数や悲鳴と混乱が酷い有様だ。

 駅の直ぐ近くに人気の高い大きなデパートが2件ある上、周辺は繁華街として賑わってる。そればかりか、乗り換え場所としても使える事も相まって、一番被害が大きい。


 「現状、死者は……」


 「明らかに2桁。多分、デパートや駅構内に逃げ込んだ奴等を殺す為に雪崩込んでるから、全て片付いた頃には3桁百人規模って所だな……」


 淡々と死者の数を予想した涼介はトイレを後にすると、呑気に酒を飲み、煙草を吸う死霊達の居る自室へ戻って口を開く。


 「ドゥマ、オルガ、今直ぐマガジンに弾を込めろ」


 その言葉と共に二人の死霊は涼介のリュックサックから大小異なる銃と多数の弾倉。それに銃弾の詰め込まれた金属製の弾薬箱アモ缶をテーブルに並べると、作業が始まる。

 パチパチ、カチカチ……そんな無機質な音と共に二人の死霊の手によって銃弾が1発ずつ、弾倉に押し込められて行く中、肝心の涼介は愛用のリボルバーに6発のマグナム弾を込める。

 尻ポケットにスピードローダーで束ねられた最後の6発を突っ込むと、ダガーナイフをベルトに留め、マチェーテとマスターキーの如く反対側に尖ったピックが設えられたトマホークを手に問う。


 「動き」


 「浦和警察署より警官隊が2班に別れ、北浦和並びに浦和へ、与野本町は浦和西警察署より警官隊が投入され、死傷者の救出と妖魔への牽制に動き始めました」


 20時近い今、警察は回線がパンクしかねないレベルの通報や、交番に詰めていたであろう警察官からの報告によって、全力で出動。

 現状、これ以上の死傷者を出さぬ為に現場一帯を封鎖。

 死傷者の救出を最優先としつつも『犯人達』 を逮捕する。

 その方針で現場内で活動すると見た涼介はプロテクターを兼ねた特殊繊維製の手袋を両手に嵌めると、GLOCK19Xから指紋を拭き取ってから、フェデラル HSTと呼ばれる強力な9ミリルガー仕様のホローポイント弾が15しか装填されておらぬ通常弾倉を手に取る。


 「ドゥマ、そっちのコレ通常弾倉より長い奴3つには、17だ」


 底部に衝撃保護用のバンパーが取り付けられた9ミリルガー弾を19連発可能な延長弾倉ロングマガジンに対し、2発減らした装填を告げる。

 だが、既に3本の内の1本が涼介が言うよりも早く涼介の求める具合に装填されていた。


 「アンタとの付き合いどんだけあると思ってんのよ? こんくらい解るわよ」


 「ありがとう。助かる」


 簡単に礼を告げた涼介はGLOCK19Xにアモ缶に入っていた1発のフェデラルHSTを手袋越しに摘み上げると、スライドを引いたGLOCK19Xから覗く薬室へと直接装填してスライドを戻し、通常弾倉を叩き込む。それから、角張ったサプレッサー……オスプレイ9を銃身にセットすれば、コレで直ぐに誰かしらを殺せる様になった。

 そんなGLOCK19Xを机に置けば、今度はSIG553に手を伸ばす。

 スイスの生んだ名銃……SIG550のショートカービンモデル。

 千雨がどうやって調達したかは解らぬが、涼介はそんなショートカービンを手に取ると、GLOCK19Xと同じ様にチャージングハンドルを引いて薬室に1発装填してから28発のM855A1と呼ばれる5.56ミリ口径の軍用小銃弾が装填された半透明の弾倉を叩き込んだ。

 そして、セレクターをS……セイフティにセットした所で煙草を吸い、凄惨な現場を映し出すモニターを眺める。


 (悪いな。俺はヒーローじゃなきゃ、お人好しって訳でもねぇ、タダのロクでなしだし、警察に捕まるのもゴメンだ。だからアンタ等を見棄てる)


 静かに餓鬼や鬼達に貪られる数え切れぬ屍をモニター越しに見詰める涼介は、クソッタレな異世界であっても虐殺を見て見ぬ振りをしてやり過ごして来た。

 時には自分自身が虐殺を起こした事もある。

 そして、今も奴等……妖魔を好き勝手に暴れさせ、警察に捕まりたくないと言う理由で傍観者となっている。

 だが、そんな『君子危うきに近寄らず』 涼介がロウとして生き延びる為の秘訣でもあった。


 「悲しいですが彼我の戦力と状況を鑑みたら相手を救う事が無理。その上、この国の司法が本格的に動き始めた為、出たら捕まる可能性が濃厚。こう言う時は大人しく拠点に籠もって静観するのが一番安全です。だから、気に病む必要はありませんマスター……」


 「見棄てるのも、見て見ぬ振りも今更過ぎて何にも感じねぇよ……」


 冷淡に吐き捨てる様に返した涼介は椅子に深く寄り掛かって煙草に火を点し、忌々し気に煙草を吸うと自分も死霊達と共に弾倉への弾込め作業に移る。

 部屋の中はパチパチ、カチカチと言う弾倉への弾込め音だけが支配する。が、時折、アリスから「警官隊が死亡」 や「妖魔達は消えました」 そんな報告がアクセントの如く伝わって来る。

 暫くして、弾込めが終わった。

 そんな時、突き刺さる様な殺気が涼介に伝わって来る。無論、死霊の二人もそんな殺気に煙草を吸う手を止め、部屋の電気を消す。


 「アリス」


 「数は12。何れも裏手の駐車場より接近してるのは小型個体『餓鬼』 ですが……」


 「どうした?」


 珍しく言い淀むアリスに涼介は訝しみ、首を傾げるとアリスは報告を続けた。


 「一人はPKP ペチェネグ。もう一人はMP7と呼ばれるサブマシンガンを両手に持ち、もう二人は日本刀と大振りのコンバットナイフ。後はM1Aに銃剣を取り付けた者と、ロシアのGM94グレネードランチャー。後衛の3人はG36Cを、先頭を進む者はデザートイーグル。その隣はベネリM4セミオートショットガンとG36を持っていて、まるで……」


 「ドゥディチェズマ12ショーストリィ姉妹……」


 アリスの並べる武器の組み合わせに心当りがあったからか、涼介は思ったままの事を口にする。


 「12姉妹って、あの12人のクソガキ!? 最悪じゃない……」


 黒髪の大女……ドゥマは知ってるのか、最悪だと項垂れてしまう。が、赤毛の女……オルガは知らないのか、首を傾げる。

 そんなオルガへ説明する様に涼介は口を開く。


 「12姉妹って名乗る殺し屋グループだ。俺が20くらいに俺とドゥマが殺り合ったクソガキ共でな、そん時にソイツ等とソイツ等のママって言うエヴァってババア殺したんだけどな」


 「エヴァ……エヴァンジェリン・ブラックバーン?」


 「知り合いか?」


 「えぇ、昔……、私がチョールト特殊作戦チームに居た頃の仲間。通称 ヌエスタ聖母


 


 「オルガは掩護。ドゥマ、お前にマチェーテとトマホーク返す。持ってけ」


 「やっぱり手に馴染む得物が一番ね」


 その言葉と共にの中へマチェーテとトマホークが消えると、涼介は暗い中にも拘らずGLOCK19Xをジーンズの中へ突っ込み、クローゼットを開けて中から一振りの大きなククリナイフを取り出してボヤく。


 「ホントは使いたくねぇけど……」


 ボヤきながらククリナイフをジーンズのベルトに取り付けると、静かな声で涼介は告げる。


 「アリス、曲を掛けろ。そうだな……アンスラックスのN.F.Lが良い。」


 「了解」


 アリスの返事を聴くと、サプレッサーを取り付けてHAMRを外したSIG553を持つオルガと、マチェーテとトマホークを手にするドゥマと共に涼介は部屋を後にした。

 駐車場に面する部屋の前でオルガと別れ、ドゥマと共に部屋の電気を消しながら玄関へと向かう。

 そして、ベイツのトレッキングシューズを履いて玄関を静かに出ると、通りに出てドゥマに告げる。


 「そこの川の道に沿って駐車場に迎え。後、合図する迄隠れて、側面から殴れ」


 「合図って何よ?」


 「直ぐに解る」


 そう言うと涼介はドゥマと反対方向を静かに歩き、途中の脇道へと消えるのであった。





 醜い餓鬼の姿へと本来の姿から変貌させられた12の姉妹達は、静かな足取りで手近な駐車場内に停められた車の陰に身を潜め、憎き敵……ロウの住むと言う家を包囲する様にして配置に就こうとしていた。

 程なくして餓鬼達は家から流れるスラッシュ・メタルをBGMに配置に着いた。それから直ぐに、PKP ペチェネグを持った餓鬼とGM94を持った餓鬼が其々の得物を構え、家に銃口を向けたその時……

 それは起こった。


 「何だ!?」


 突然、背後に停まる一台の自動車がけたたましくクラクションを鳴り響かせ、ハイビームを明滅させ始めた。

 12対の視線が背後で喧しい黒塗りのレクサスへと集中。と、同時にくぐもった銃声が狙っていた窓から響き、PKP ペチェネグとGM94を持った餓鬼の頭が弾ける。


 「な!?」


 ステンレスシルバーのデザートイーグル50AEを持つ餓鬼含め、周りに居た者達が驚きの声を挙げると共に家に視線を集中させ、銃口を向けた。

 その瞬間、駐車場に面した川の方から大きな影が現れる。


 「あぎゃ!?」


 「がが……」


 G36Cを持った餓鬼の頭がトマホークで叩き割られ、銃剣を取り付けたM1Aを持つ餓鬼は首をマチェーテで貫かれ、断末魔にも似た呻き声と共に倒れる。

 それから直ぐに、トマホークとマチェーテがメジャーリーガーのピッチングも真っ青なピッチングで投げられ、日本刀とコンバットナイフを持った餓鬼達の頭がダーツの的と化した。


 「ジューン!? イュリィ!?」


 大小異なるくぐもった銃声と短かな悲鳴が夜の闇に響いた頃には、生き残ったのはデザートイーグル50AEを持つ餓鬼だけであった。


 「メイ!? フェイブ!? イェニアリ! ディエチ! ノーヴェ!?」


 「無駄だ。生き残ってるのはテメェだけだ」


 その声に、自分達の姉妹を殺し、更には自分達を育ててくれた恩師である老婆さえも殺した憎き怨敵の声と、トレンチライターで灯される煙草の先に映る涼介の顔と硝煙立ち昇らせるGLOCK19Xを目の当たりにした餓鬼……姉妹の長女たるアプリースは憤怒の表情と共にデザートイーグル50AEの大きな銃身を向ける。

 しかし、引き金を引く前に3発の5.56ミリNATO弾に頭を撃ち抜かれ、背から腹へと貫く形でドゥマにマチェーテで穿がたれれば一矢報いる事も出来ずに死んだ。


 「同じ手に引っ掛かってくれてありがとよ……後、お前等の銃はありがたく頂戴するぜ」


 そう言うと涼介とドゥマは周りに散らばる死体から銃と弾。それに小さな身体に纏う装具。

 そして、硝煙香る空薬莢を全て回収し、家路へと就いたのであった。

 無論、芦屋 里奈に「餓鬼達の死体の回収よろしくー」 と、電話してから。






 3つの駅で起きた虐殺の後始末に警察と消防の合同で追われる中、与野本町駅から歩いて10分ほどの所にある住宅街の裏手にある大きな屋外駐車場で12の死体が回収されてる間、芦屋 里奈は不躾にも電話して来た男の家の前に立っていた。


 (どうする? 今回の件もあるから、彼に協力をお願いするべき? いや、駄目……仮令、力を持ってるにしても部外者に頼むのは芦屋家の恥になる。でも、また今回の様な事になるくらいなら……)


 悩みながら歩き回る芦屋を他所に榊原の標識を掲げた家のインターホンから声を掛けられる。


 『家の前でウロウロと腹すかした熊みてぇに歩き回られたら迷惑だ。鍵は開いてるから、さっさと中に入れ』


 芦屋は少し考え、スマートフォンでバックアップチームに駐車場に待って貰う様にメッセージを送ると、意を決して玄関の扉へ手を伸ばした。

 家の中は片付いていた。

 掃除も行き届いており、ホコリ一つ落ちていない。

 そんな家の中に入ると、声が掛けられた。


 「リビングに居る」


 言われた通り、リビングの戸を開ける。


 「な!?」


 リビングを開け、目に飛び込んで来た物に芦屋は思わず驚きの声を上げてしまった。


 「驚くよなぁ……俺も驚いた。駐車場の餓鬼共さ、こんなに銃で武装してたんだけどよ……妖魔って奴等はこんな風に武装したりするんか?」


 椅子に座り、コーヒーを飲みながら床に並ぶ多数の銃器を見下ろす涼介の言葉に芦屋は啞然としながらも、返す。


 「い、いいえ……そんな事は無い筈よ。私達が遭遇したのは大概、金棒や棍棒しか持ってなかった」


 「マジ? 俺にだけ一個分隊規模の銃器持って夜襲仕掛けて来るとか不平等だ。不条理だな」


 一頻り文句をブー垂れた涼介は「ま、世の中は不平等で不条理なもんだから文句言っても仕方ねぇ事だな」 と、自分で自分の言葉を切り捨てた所でリビングのダイニングテーブルに置かれた最初の遭遇時に回収した金属製の棍棒を取り上げ、芦屋に見せながら問う。


 「でさ、妖魔にこーゆー武器を卸してる奴等って何者?」


 「し、知らないわ」


 「惚けんなよ。当たり前の事だけどよ、こーゆー武器が自然発生するか? な、訳は無いよな? て、事はだ……どっかのバカが妖魔に武器を提供してるって事だろうが。違うか?」


 「そう言われたって、知らないものは知らない。と、しか言いようが無いわ」


 芦屋の言葉に「チッ! 使えねぇ……」 と、ボヤくと芦屋は涼介を見つめながら言う。


 「それが貴方の地なのね。学校では柔和で、物腰は丁寧だけど……猫被ってたのね」


 「どっちも俺の地さ……それより、何か飲むか? コーヒーと紅茶は……アールグレイだが」


 涼介に問われた芦屋は「紅茶。ミルクティーを貰えるかしら?」 と、返す。

 すると、涼介は席を立ってキッチンに立つと、小さな片手鍋にカップ1杯分の牛乳を注いでティーバッグを入れて火に掛け始めた。

 ミルクティーが出来る迄の間、芦屋は物珍しそうに床に並べられた銃器を眺めて行く。


 「貴方、コレ持った敵と戦ったの?」


 「俺だけじゃねぇけどな……ま、お陰で武器と弾が調達出来たってもんだ」


 「貴方、銃を扱えるの?」


 「不本意ながらな。何だ? 銃の撃ち方でも覚えたいのか?」


 冗談交じりに問えば、芦屋は真面目な表情で以て「私に銃の撃ち方を教えて」 と……真剣な眼差しと共に返して来れば、涼介はミルクティーをマグカップに注ぎながら言う。


 「嫌だ。面倒臭い」


 「お願い。私に銃の撃ち方を、貴方の戦い方を教えて」


 「オタクの仲間に聴けよ。オタクのバックアップチームの連中、ガチのプロだぜ? 俺みてぇな胡散臭い奴より、本職の奴等に教えて……いや、教えても良いわ」


 突然の心境の変化に芦屋が訝しむ。すると、涼介は仄かに湯気が立ち昇るミルクティーの注がれたマグカップと砂糖を芦屋の前に置くと、さも当たり前かの様に条件を並べ始める。


 「先ずはエクソシスト連中から俺を護れ」


 「それは可能だわ」


 「ヨシ、次に授業料。俺の都合も考えてもらうのと、カネと教材だが……先ずカネは大負けに負けて10万円で良い。教材に関してはオタクのバックアップチームの銃器を教材兼実戦用に使わせろ。コレに異論は?」


 「お金だけど、コレ少し安く」


 「値下げ交渉には応じない。あ、傭兵として雇いたいなら更に40万上乗せ。後、経費も請求するからそのつもりで」


 断固たる意志で告げれば、芦屋は考え込んでしまう。

 涼介はそんな彼女を気にせず、コーヒーを手に窓を開け、ベランダで煙草を吸い始めた。

 まるで、決まったら言いに来い。そう言わんばかりに。

 煙草が半分ばかり燃え落ち、芦屋に差し出されたミルクティーが半分ばかり空いた頃、彼女は涼介の後ろに立って口を開いた。


 「10万円払うわ。銃と撃てる場所に関しても何とかするから、私に戦い方を教えて」


 「分かった。明日、カネを受け取ったら早速教える事にする。異論は?」


 「無いわ」


 断固たる意志で告げる芦屋に涼介は「飲み終わったらテーブルに置いといてくれ」 そう告げると、煙草を下に落として踏み潰して消し、部屋の中へと戻る。

 それから5分後、ミルクティーを飲み干した芦屋が去って1人残された涼介はテレビをつけ、テレビを眺め始めた。


 「第一段階は成功と言う訳かしら?」


 涼介のコーヒーを一口飲んで言うオルガに涼介はニッコリと笑って返す。


 「すんなりと行き過ぎて恐いくらいにな」


 「で、本当に教えるの?」


 今度はドゥマからだ。


 「教えるさ。それなりにな……その間、奴等と妖魔の情報や事情を引っ張れるだけ引っ張って、情報収集と分析に当てる。アリス、情報の精査と整理は頼んだ」


 「かしこまりました。それより、このリビングに並べた銃器と装具を片付けて、急いで数学と英語の宿題を終わらせては?」


 アリスの一言で残ったコーヒーを飲もうとした手を止めてしまう。

 時計を見れば、既に21時を過ぎていた。


 「うわ、お前が言わなきゃ今日の色々で忘れる所だったわ……アリスナイス。ドゥマ、オルガ、片付けるの手伝ってくれ」


 その言葉と共に涼介は二人の死霊と共に重い銃器と装具の山を急いで部屋に収めると、残された宿題に戦闘よりも必死に勤しむのであった。

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