7人め/ とある王国兵士の独り言

 「異常なしであります!」

 「うむ、ご苦労!」


 兵士の俺は、今日も見回りの任をこなす。

 見回りっていっても、ただ毎日決まったルートを歩いて――

 上官に報告するだけなんだけどな。


 この城はゲーム序盤で来る場所だ。

 そもそも異常なんてあるはずがない。



 ――ああ、俺は転生者なんだよ。

 異世界転生ってやつでこっちに来た。

 理由? とっくに忘れたね。

 自分の名前も覚えてねぇしな。


 もう身も心も立派な王国兵士になった。

 今までは門番だったんだがな、新人が入ったんで見回りに異動になったのさ。

 いやぁ、脇役モブも長く続けてりゃ変化もあるもんだな!


 そういや、あの新人――やたらと勇者に絡まれてたな。

 まっ、通過儀礼みたいなモンだ!

 彼の異世界生活は始まったばかりだからな!


 かわいそうだが、明日も明後日も金髪の悪魔はやって来るんだぜ? 

 俺も千回以上は「おわします」って言わされたよ。

 まぁ頑張れ、ご愁傷さま! ハハハッ!



 「異常なしであります!」

 「うむ、ご苦労!」


 この退屈な見回りも――

 何千回か繰り返せば、次のステップへ進めるのかねぇ?


 正直『この地獄は無限に続くかも』って覚悟までしてたからな。

 こういう変化があったのは喜ばしいぜ。


 高望みはしないんで、結婚とか出来ねぇかなぁ?

 現実世界じゃ経験ゼロだったんだよな。

 ――え、何の? かなくてもわかるだろ!


 もし、あの時『異世界で結婚したい』って願ってりゃどうなったのか?

 ――ってのはずっと考えてたがな。

 『何でもいいんで職業ジョブに就きたい』って願っちまったんだよ。

 さすがにけんきょすぎたぜ。


 ……ああ、そうだよ。ずっと無職だったさ!

 別にいいだろ?

 あんなクソみたいな世界で、俺がどうだったかなんて興味ねえだろ。



 「異常なしであります!」

 「うむ、ご苦労!」


 俺はこの素晴らしい異世界で――毎日、労働の喜びを噛み締めてるってワケさ。

 あの世界じゃ、経験を積みたくても、職歴けいけんが無きゃ積むことも出来ねぇしな。


 引きこもって一度レールから落ちた――

 俺みたいな奴には生きづらい世界だった。

 何もかも他人と比べて『おまえは駄目だ』『自分は駄目だ』ってさ。


 ――ってか、何で今日はクソ世界のことばっか思い出しちまうんだよ。

 今は異世界ここが俺の現実だ。

 あんな世界、もうどうでもいいだろ……。



 「ねぇ!」

 「おのれ魔王軍め! ああ、町に残してきた家族は無事だろうか……」


 俺は不意に、勇者の野郎に話しかけられた。

 この悪魔、こっちまで来んのかよ!


 ――ていうか、何だ?

 いまの俺の台詞せりふは。

 は家族持ちか。



 ――家族か。良い思い出なんて無ぇな。

 いつも俺をゴミみたいに見る両親に、口も利いてくれなくなった姉貴。


 めいにも会わせてくれなかったな。

 『おまえの存在は子供の教育に悪いから』だってよ。

 ただ俺が『無職』ってだけで、生きる価値も無いゴミクズ扱いだ。


 ――ケッ!

 あいつら、俺が居なくなって清々せいせいしてるだろうさ――!



 「異常なしであります!」

 「うむ、ご苦労!」


 決まったルートを通って、決まった台詞で報告する。

 異世界こっちじゃレールから一切外れちゃいねぇし、の家族も安泰だろうな。


 ――クソッ!

 他のことを考えたいのに、気分転換に便所にも行けやしねぇ!

 もう思い出したくねぇってのに!


 「ねぇ!」

 「おのれ魔王軍め! 町に残してきた家族は無事だろうか……」


 また勇者の野郎が話しかけてきやがる。

 そのニコニコフェイスを槍でブン殴ってやりたい気分だが、俺には暴力は許されてねぇんだよな。


 他人の笑顔って奴は時々、無性に腹が立つもんだぜ。

 もういっそ――その背中の剣で、俺をブッ刺してくれねぇかな?

 そういうゲームじゃねぇのは解ってるんだけどよ。



 あれ?――そういや、このゲームって何て名前だったっけな?

 子供の頃にやって以来触ってねぇし、忘れちまった。


 あの時はまだ、自分がこうなるなんて思いもしなかったよな。

 『大人になったら○○になる!』とかって騒いでさ。

 ――ああ、俺は乾電池になるのが夢だったぜ?

 ハハッ、ある意味じゃ叶ってるよな!



 「ねぇ!」

 「おのれ魔王軍め! 町に残してきた家族は無事だろうか……」


 ――クソッ! そうじゃねぇ!

 もう話し掛けるな! もう昔のことはいいんだよッ!


 このガキが話しかけてくる度に思い出しちまうッ!

 まさか、この野郎――わざとやってんのか?

 ニコニコ笑いながら、俺を精神的に苦しめるために!


 いや、そんなはずは……。

 だが、こいつの名前は何だ?

 そもそも、このゲームは何だった?


 嫌なことは思い出すのに、何でそれは思い出せねぇんだ?

 なぁ、教えてくれよ。

 ここは、本当に――望み通りの『異世界』なんだよな――?

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