第一章
1:「股間にペットが生えました」
股間がモゾモゾしていた。
辰野 聖隆(たつの まさたか)は、自分の眠りが想像以上に浅いことを意識して、そこで自我が急速に回復しているのを知ったのである。
(あー…………こりゃスゴイ、勃ってる、かな?)
起爆剤は恐らく、自らの中心にある、違和感だろう。浮上する意識の中、眠りの中の夢がどんどんと水泡に帰す途上で、ただ熱い自らの生理現象に気付いているのだ。
(すっ……げぇ、滾ってるわぁ。こりゃ、もしかして、相当エロイ夢だったのかや?)
瞼が開かれようとしていることすら認識する中で、もはや先程まで自分がどんな夢を見ていたのか、断片すら掴めない状況となっていた。ただ、眠りと言う誘惑が見せていた脳内の映像が恐らく、自らの一部を活発に刺激していたのであろうということだけを証明するように、見なくても分かるほど隆々とした元気を感じてしまって、聖隆は非常に口惜しい心理を持ってしまうのである。
「やあっべ、今って何時だぁ? ハナが来るまで時間あっかやぁ……」
茫漠とした意思の中、思わず付いて出てしまう言葉は、正しく自らの生理を渇望する物であり、それはとても間抜けなことなのだ。ただ本人は声に出していることすら気付かぬ状態であり、だからこそ早く「ヌきたい」という忠実な欲望だけが先走っていても、なんら不思議は無いのである。
(うぅ、エロ本、どこだろ)
なんて考えだけがヤケに鮮鋭だったのは、もはや過激だったであろう夢の内容が全く記憶に無い事への、悲しい嘆きなのである。とにかく一刻も早くエレクトする自らを慰めるべく、記憶の中にあるオカズの選定へと意識が完全に向いている中で、聖隆は覚醒した。
「…………んっ」
寝ぼけ眼を瞬かせながら、ベッド脇を確認しようとして、しかし薄目で自らを見下ろしてしまったのは、その布団に隠れた部分の熱さが尋常ではなかったからである。
………………。
んっ?
そこにあった光景は、もはや一般的な「テントを張る」サイズではなかった。反射的に出た瞼の瞬きが、数回から数十回と繰り返されたが、網膜に焼き付けられる映像は変わらない。即ち自らの股間の隆起サイズが、よく知った自分のモノの大きさを遥かに超える、山か何かと見まごう程の巨大化を果たしていたからなのである。
「…………、な、ぁ、っ?」
眠気など完全に飛んでいた。直前まで半開きだった瞳は真ん丸に見開かれ、その彫りの深い整った顔立ちはポカンと自失した表情となっている。寝癖に跳ねた前髪の一房が、ピョンピョンとバネ運動をしている下で、点になった目を不審に歪め、眉間に思いっきり皺を寄せた聖隆は、目前の信じられない状況に大きなショックを受けてしまった。
「ちょ、まっ、――」
それはどれだけ衝撃的であったろう。自らの身体的異常が眼前に突きつけられた時、聖隆は、思考が凍る瞬間を確かに認識したのである。
まだまだ暑いこの時期、胸元まで掛けられていた筈のタオルケットが腹部までになるほど、その隆起は凄まじく、ちょっと捲くれたTシャツに、おヘソが外気に触れてちょっと冷たいのだが、そんな事は関係ない位に今の聖隆は混乱しているのだ。
(あ、ま、ちょっ……。な、なに? オレ、なんかしたっけ? 変なモンとか喰ってないよな?)
必死に記憶をまさぐる中で、ふと思い出されたのが雑誌の通販品なのだが、その男性用の「搾乳機」のような特異な形状をした「大きくするための」悲しい道具なぞ持っていないのである。もちろん知り合いも持って居ないはずだし、どこかで使用したことなど一度もないのだから、それは無いだろう。
っていうかソレだとしたら、なんて驚異的な効き目なのかと、感心するところなのだが。
「イヤ、それどこの規模じゃ無いし」
とセルフつっこみを入れてしまう余裕のある自分にビックリ。
――ビクリ
………………。
(ビクリ?)
別にビックリに掛けてる訳ではなくて、ホントにビクリとしたのである、その異様な股間が。もちろん、聖隆の意識外での反応であり、さらには自分の身体への、感覚と言うリターンが無い、純粋に他の者のリアクションなのである。
「…………待っ!?」
聖隆が驚愕に叫んだ瞬間、股間から聳えたモノは、もはや人間の肉体の動作とは思えない反応を見せたではないか。なんだかスワッと震えたかと思うと、グネグネとした勢いでタオルケットの裾を踊らせ、異常な光景に聖隆の心臓を恐怖に縮めさせる。明らかにナ二かが取り憑いたような状況であると察したのは、ようやく思考能力が正常に働いてきたからだろうか。
一体、何が起きているのか。聖隆が想像したのは、正しく地球外生命体か異次元生物で、異形の存在が自分の肉体を喰いモノにしてしまう所だったのである。
「う、うひぃっ……!?」
自分の仮定が余りにも恐ろしく、聖隆が裏声で息を飲んだその瞬間、まるで呼気を察知したかのようにそのモノが聖隆の顔を睨み、タオルケット越しの視線に聖隆は正しく、蛇ににらまれたカエル状態になってしまったのである。
と思ったが束の間、その存在は素早くタオルケットの裾へと頭を潜らせると、一気に飛び出して、その姿を聖隆の眼前へと晒したのだ。
(ぎゃーっ!?)
声は出なかったので心の中で。聖隆は悲鳴を胸中に響かせながら、ビビッて固く、瞳をギュッと閉じたのであった。
「リューっ」
………………。
(りゅー?)
…………なんかカワイイ声がした。
聖隆が恐る恐る薄目を開けて見てみると。
「リューッ」
視線を感じたのか、その存在は愛らしい丸い瞳を満足気に歪め、鋭い牙の並んだ口元を開けてコロコロと笑っていたのだ。
…………トカゲ?
「トカゲ、ぽい、なぁ。うん」
なんかそんな感じ、という第一印象。ただ、明らかにサイズが大きい上にデッカイ角とか生えて、咬まれたら痛そうな牙とか、長いモヒカンかよって感じの毛とかのちょっとゴテゴテした装飾的な顔とかのパーツとかがあるけど。皮脂を覆う固そうな鱗的なものも要注視である。
「……なんだぁ、オマエ?」
そんなマヌケな言葉が口を付いて出たのは、見たことも無い特異な生物であるソイツが、愛想タップリに聖隆を見てニコニコしていることに、毒気を抜かれたからである。
「リューっ」
ソイツは聖隆と顔を突き合わせているのがよほど嬉しいのか、機嫌よさげに鳴き声を響かせている。そんな様子に聖隆は、
「そっかぁ、リューかぁ」
とマヌケなオウム返しを送るだけだ。
そのまま暫く、ニコニコしたトカゲの強化版っぽいモノと、呆けた顔の寝癖付き少年が見詰め合う、なんとも奇妙な空気感の光景が続いていた。まるでこの空間だけが切り取られたようで、確かに存在する朝の喧騒が、正しく外の出来事として、認識されない状況にあるのだ。
だから、ピンポーン、という長閑な訪問チャイムも、おはよーございまーす、あらおはよー、なんてほのぼのした挨拶も、(おそらく簡単な世間話後の)トタトタトタ、という軽快に階段を上がる音も、聖隆の意識からは完全に蚊帳の外だったのである。
つまりこの後の事態に関しては、誰も悪いことなど無いのである。
コンコン。
というノックの音は、残念ながら申し訳程度の大きさで、茫然自失中な聖隆の耳には届かなかった。
「おはようよ、マタくん。今日はとても素敵な天気だから、早く起きて私と一緒に学校に行きましょう」
ガチャッ。ドアノブが回り、勢い込んで入ってきた早乙女 胡花(さおとめ こばな)が元気に貞淑な挨拶をしてくれる。そんな、矛盾が簡単に同居してしまう同級生の女の子に、聖隆はボケーッとしたままトカゲっぽいのと合わせていた視線を無作為に向ける。
それとほぼ同時なのだろう、胡花の表情はニコヤカなものから一気に凍り付いてしまうのであった。
「………………っ!?」
反射的に口元を手で覆った彼女の、そのややツリ気味な二重の瞳が大きく見開かれたのは、おそらく衝撃的な光景のためだろう。信じられない、と言うように頬を引き締めた、その非常に整った顔立ちの少女の、怯えたような表情を見て、聖隆はようやく自我が戻ってきたと自覚した。
ヤバッ、と思ったのも束の間、胡花はソッと瞳を歪めると、膝から力が抜けたのだろう、ぺタッと足を畳んで、床にお尻をつけてしまう。束ねた長めの髪がユラユラと揺れて、その頬に赤みが差したかと思うと、すぐに深紅へと染まってしまったのは、彼女のショック度合いを表しているようだった。
「あ、待ッ、これは……」
一方の聖隆も気が動転して、マトモに考えなどまとまる筈がない。グルグルとした思考の中、とりあえず今の自分の特異な状況だけは理解しているがために、彼自身が処理できる情報量を超えていることすら理解できず、飽和した頭をひたすら無意味に空転させるだけだ。
そんな無為な時間を過ごす聖隆の中で、ひたすら回るのが、「嫌われてしまう」、という感情だったのがやけに鮮明であった。この訳の分からない現状の中で、それでもとにかく、胡花に対する言い訳だけを考え続けたのである。
だが、一向に飽和した思考を処理できない聖隆は、ひたすら凍り続けるというマヌケな醜態を晒すのであった。そんな状況下で、依然としてその白魚のような長く細い指で顔の半分を覆った胡花が、フルフルと小さく震え続けている。ミニスカートから伸びた、ムチムチした内腿までをも紅潮させて、彼女は繰り返す浅い呼吸の中に言葉を滑り込ませたのだ。
「す、素敵……っ!」
………………。
「う、へっ?」
追加された情報があまりにも重過ぎた。聖隆は思考を完全にストップさせる。呆けた頭に入ってきたのは、さらなる胡花の言葉である。
「ステキよ、マタくん。なんて素晴らしい光景なの!」
一気にテンションが上がったかのように、心底から感動した様子で、隠していた表情を晒す胡花。その瞳は爛々と輝き、満面の笑みをこれでもかと輝かせた彼女の言葉は、本当に本当の気持ちなのだろう。
「あ、あ~……。ありがとうございますぅ」
なんか思わず出てきた感謝の言葉が、我ながら寒々しいなぁ、と聖隆は思った。というかポンとそれだけ心の中に出てきた状態こそ、正しくフリーズと言うのだろう。その目の前で胡花は、なんだか急にモジモジしながら両手を内腿に差し入れて、その肉感的な肢体をより強調させてくれるのだが、恥らったような表情は非常に大きなアクセントであろう。要するになんかエロイのである。
ただ、当の聖隆が茫漠と頭の回転を止めている事態であったので、残念ながらそんな素敵な光景を認識していなかったのであるが。
「りゅーっ」
なんだかとにかく、モジモジ呆然とした訳の分からない少年少女の空気の中を、陽気な謎の生命体の鳴き声が通り過ぎて行ったのであった。
そんな朝の特殊な風景である。
*
コチョコチョ
「リューッ」
「ふふふっ。カワイイわね」
和やかな空気の中で、胡花が謎の生命体の顎の下をくすぐると、ソイツはまるで猫のようにコショコショと頬を綻ばせ、リューリューと楽しそうに喜んでいた。そんな様子に胡花も優しく目を細めて、すっかり気に入ったというように戯れ続けている。
正直、この光景は、良い。小動物(?)と笑顔で交流する美少女は格別だ。素晴らしい絵面である。ただ惜しむらくは、この股間から生えたソイツの首には、残念ながら聖隆の神経は通っていないということであろう。もし、胡花の繊細な指先の感触がダイレクトで聖隆の脳髄に伝わってきていたとしたら、それはどれだけ素晴らしい快感だろうか。
(多分、漏らしちゃうだろうな)
そんな考えを抱きながら、脳内変換で勝手にいかがわしい妄想を展開してしまうのは、もはや性春の暴走というヤツなのであろう。そうしとこう。
「うへへへへへっ」
思わず洩れてしまう怪しい笑い声は、その逞しすぎる妄想力が生み出した産物なのだ。だから不可抗力である。
「うふふふふふっ」
聖隆の横で、胡花も上品に笑みを漏らし、釣られた様に生命体もリューリューと更に上機嫌になる、そんな謎の相乗効果がティーンな思春期男子の部屋に満ちるのだ。ただしその中で、純粋な感情を晒しているのが生命体だけだというのは、イヤらしさ全開の聖隆の表情だけでなく、胡花の笑みに小さく隠れた妖しい瞳の輝きからも分かることであった。
そんな、ちょっとオモシロそうな空気感が少しだけ長引いて。
胡花の手つきも、コショコショからサワサワに、そして次第にゴシゴシと激しさを増すに付け、聖隆の妄想もエレクトが強烈になって行き、なんだか2人してハァハァと息を荒げてしまう始末であった。
「リュー……」
始めはコロコロしていた生命体も、ここに来るに至っては、ちょっと困惑気味なのである。
そしていよいよ、胡花の擦る手が速度を増して行き、聖隆の脳内スパークも頂点へと近づいてきた、そんな矢先。
「っ……!」
パッ、と胡花が手を離してしまい、聖隆もピタリと昇っていた気が止まってしまい、これは新手の焦らしプレイなのかと情けない表情で彼女の方を振り向いて。
少女の白い人差し指から、玉になった赤い血が、ツと筋になって流れる様を見て、そんな思考は瞬時に消え失せたのだ。
サッ、と膝を着き、より近くで彼女の指を視認すると、そっと右手を取って傷口を見た。
「大丈夫?」
「え、えぇ。あんまり深くはないけれど……ウロコが想像以上に鋭かったみたい」
胡花はちょっとだけビックリしているようだ。彼女の言うとおり、人差し指の皮膚は小さく裂けているだけで、あまり大事には至っていないようである。聖隆も安心して、笑みを見せる。
「良かった、じゃあとりあえず、消毒だね」
と言った時点で、聖隆は自然に顔を近づけて、傷口に迫る彼の口に、胡花が息を呑んだのが分かった。
が、しかし。
「リューッ!」
「っ、だっ!?」
心配そうに成り行きを見ていた生命体が、唐突に聖隆の頬をヘッドバッドする勢いで割って入って、ペロペロと胡花の傷口を舐め始めたではないか。その光景に当の胡花も目を広げ、一発くらった聖隆は、羨ましいやら痛いやらで複雑そうに顔を引き攣らせるのである。
「あ、あははっ。くすぐったいわリューちゃんっ」
「リューっ」
ペロペロ。
「…………ったく」
なんだか戯れている様子を見るに、このシャイセ野郎、という聖隆の怒りも毒気を抜かれてしまうのだ。あまりにも突撃のタイミングが良すぎるので、最初は嫉妬か何かかと思ったのだが、どうやらライバル視というわけではないらしい。それは、必死に傷口を慮ろうとする彼の、その申し訳なさそうな態度からも読み取れる。
だから聖隆は、浮かべた苦笑をそのままに、引き出しの薬箱を取り出すのだ。
「はいはい、消毒はもー良いから、離れような。あとはリバテープだ」
「リュー……」
なおも傷を舐めようとする生物の、その頭をポンポンとして止めさせると、聖隆は絆創膏の封を切る。ちょっとゴメンよ、と唾液でベタベタな胡花の人差し指を手にとって、傷口にガーゼ部分を被せて張った。
「リバテープ?」
胡花は、ちょっと浸透率の低い名称に、訝しげに首を傾げているようだ。まぁそれは気にしない方向で。
「これで大丈夫だな」
傷自体は浅いものである。すぐに血も止まったし、処置も早かったから、大事には至らないだろう。そんな風に聖隆も胡花も納得しているのに、未だ生物は申し訳なさそうに口角を下げて、瞳をキョドキョドしているのだ。
そんな彼の表情を見て、胡花はそっと、そいつの頭を撫でるのである。
「もう、そんな顔しないの、リューちゃん。ほら、治ったから平気よ」
右手人差し指の絆創膏を見せて、ニッコリと優しく笑む少女の姿に、生命体もようやく頬を緩めるのだ。リューッ、と一鳴きして、撫でられている彼女の手の平に頭を摺り寄せるようにしている。
そんな和やかな光景を見て、聖隆はほっこりと、自分の股間から生える謎の生物をカワイイと思うのだが。それとは別に気になることがあるのである。
「リューちゃん、って?」
と声に出すと、胡花がこちらを振り向いて、
「この子の名前。リューちゃん、で良いかしら」
と問いかける彼女の表情は、とても穏やかな笑みを湛えていて、そこに異論など挟む気にはなれなかった。
「リュー、ねぇ。さっきっからリューリュー鳴いてるもんなぁ、こいつ」
と見下ろすと、当事者であるリューはキョトンとしているのだ。
「うふふ、竜のリューちゃん。カワイイでしょう?」
胡花の笑みは全生物共通のようで、リューも向けられた笑顔に上機嫌になって、リューッ、と嬉しそうに返事をしてみせる。本当に分かっているのか疑問である。
「リューのリュー?」
「そう、竜のリューちゃん」
「リューって、竜?」
「ええ、リューちゃんはドラゴンだもんね」
胡花は確信的にそう言って、またコショコショとリューの顎を撫でるのだった。
「リューっ」
と鳴くリューを見て、そのトカゲの強化版な姿を目にしたら、なるほどそれは竜っぽい。
(んじゃ、竜なんだな)
聖隆がそう納得してしまうのは、一重に胡花の人徳なのである。なんかもう考えるのがメンドクサイ、とかじゃないのである。
そのまま、しばしマッタリとした空気が流れて。
胡花の繊細な指が、自分の股間から生えているものを撫でていることに、再びムラムラとした感情を抱き始めた時だ。
『まーさーっ。ご飯よー、食べちゃってー』
と階下から聞こえる母の声に、ハッと現実に返る聖隆であった。
「あ、ああっ! すぐ行く!」
『コバナちゃんも、用意できてるからねー』
「はい、頂きます!」
胡花も我に帰ったように、パッと顔をあげて、そう返事をしている。ちなみに胡花は、聖隆を起こしに来るようになってからこっち、一緒に朝食を食べるのが日課になっているのである。平和である。
「っと。じゃあ、早く着替えるか」
と言うと、胡花は名残惜しそうにリューの顎をコショコショしてから、そっと手を離すのだ。
「残念。とっても素敵なのに……」
彼女は名残惜しさを隠すつもりは無いようである。
「……そうかなぁ」
ちょっと聖隆が反応に困っていると、
「本当よ! 私なんて、この光景を見た瞬間、思わず尿道が開きそうになったわ!」
とガッツポーズで力説してしまうのはスゴイと思う。色んな意味で。
(…………だからあの時、内腿が震えていたのか)
無駄な観察眼とエロイ記憶力を照合させた聖隆が、簡単な回答に行き渡る間に、彼の視線は確認するかのように、胡花のスカートの裾へと移動しているのである。
ちょっと鼻血が出そうになるのである。
「そいじゃあハナは、先にトイレに行って来たほうが良いな」
誤魔化す言葉が不器用なのは、青春真っ只中な証なのだ。
「ええ、そうね」
にこやかな笑顔を取り戻して、胡花は納得の表情で立ち上がる。
「それじゃあ、お花摘みに行って来ます」
と言ってペロッと下を出す少女の姿は、なんだかとてもカワイイんだが、なんだかとても古いのである。
「りゅーっ」
リューが胡花をお見送りする中で、そいじゃ今のうちに着替えるか、と聖隆も立ち上がり。凝った首周りをグルグルしながらクローゼットの制服と対面してみて。
………………。
ハタと見下ろした下半身。そこで、ニュッ、と伸びたドラゴン生命体と視線が合ったのであった。
*
「おはよー」
と元気に挨拶をする朝の食卓。後ろで胡花も挨拶をして、ゆっくりドアを閉めるのだ。
バタン。
「はい、おは……」
「いつもより遅かったな、遅刻しない…ように……」
ボタッ、ガシャーン。
爽やかな、いい陽気が差し込むリビングで、唖然とした母と父が、息子の股間から伸びる驚異の生命を凝視していた。
「いやね、意外と着替えるのが難儀でさー。お陰でカウントダウンハイパーが見れなかったなぁ」
時計の針が8時を差している状況に溜息一つ、聖隆はテレビ画面に並ぶ3人っくらいのニュース番組司会者たちを見て、まぁ良いかと席に座る。隣で胡花も、何事も無いかのように席について、美味しそうですねー、なんて言ってるもんだから、驚いている両親の方が変な感覚に陥ってしまうのも無理はない。
だがここは、疑問から目を逸らしても始まらない。そう考えたのであろう父が、ちょっと戸惑いながら、勇気を持って声を出す。
「ま、聖隆……?」
「ん~?」
とりあえず浅漬けに手を伸ばしていた、意外と老けてる高校生。やはり野沢菜は最高だ、と田舎の祖母の力作に舌鼓を打ちつつ、聖隆は父の顔へと視線を移す。
父・義隆(よしたか)は、その一片の疑問も無い息子の瞳に気後れしつつ、生唾を一つ、飲み込んだ。
「そ、それは一体、なんなのかな?」
と指差したのは、聖隆の股間から生えて、元気にリューリュー鳴きながら、物珍しそうにキョドキョドしているドラゴン生命体なのであった。
「ああ、こいつ?」
と聖隆が指差すと、コクリと頷いた父の傍で、気付いたようにリューもこっちを向く。
ちょっと場に緊張感が満ちていた。
「こいつはリュー。恐らく竜だろう」
「…………そ、そうか。その竜が、なぜ、社会の窓からコンニチハしているのかな?」
父の真っ当な疑問を受けて、聖隆は眉間に皺を寄せたのである。
「…………何故なんだ?」
聖隆は当のリューへと問いかけた。
「リュー?」
答えはとても曖昧だ。当たり前だが。
………………。
「そ、そうか」
首を傾げたリューの素振りに毒気を抜かれたのか、父は箸から落とした目玉焼きを、また食べる事にしたようだ。まぁ納得してくれたなら何よりである。
ただ、代わりに疑問を挟んだのは母である。
「ちょっとマサ。あんた、そんなカッコで学校なんて行けるの?」
母・清美(きよみ)は、落とした食器の後片付けを終えて、戻ってきたようである。
「……あー、うん。俺もそれは気になってた」
「確かに、私も……」
そんなこんなで視線が集中したドラゴン生命体。リューはそんな状況に、居心地が悪そうにキョロキョロした後、ムゥと唇を歪めたのだ。
「リュウッ」
と気合一閃、シュルシュルとその身を縮めると、スポンとジッパーの奥へと頭を完全に隠してしまったのである。
『…………オォーッ』
食卓に広がるドヨメキは、どう考えても納まらない容量の物がスッキリ収納されたことへの感嘆である。大きさが前と変わらなくなった聖隆の股間には、空虚に開けられた社会の窓があるだけだ。
ちょっとだけ、聖隆本人はセンチメンタルな気持ちになってしまったのだが、それはまぁ置いといて。
「りゅー……?」
様子を探るように、チョロっとだけ首を出してキョロキョロするリューの姿に、ホウホウと皆が納得顔である。
「それならガッコも行けるわね」
母はそれだけが心配だったようだ。薄情である。
「良かったね、マタくんっ」
胡花が嬉しそうに笑いかけてくれるので、聖隆はちょっと引き攣った笑顔で、はははっ、と返すことしかできなかった訳だが。
「ところでリューちゃん、ご飯はいるの?」
母はリューにそう問いかけている。女性と言うのは、こんなにも抵抗感が少ない物なのだろうか、というレベルの慣れっぷりだ。
「リュー?」
リューが不思議そうな顔をしたので、
「あー、メシはいるか?」
と聖隆も問うと、彼は暫しの沈黙の後で、リュー、と鳴いた。
要るらしい。
「なに食うんだろうなー」
やっぱ肉かなー、とか思いながら母に聞くと、
「ちょっと待ってね、今からトースト焼くから」
という返答が返ってきた。
母はホントにマイペースである。
とりあえず、ホレ、と言う感じでリューに水を与えると、りゅーりゅーと喜んでがぶ飲みしたり、結構な大胆さである。そんな様子を呆れながら見ていた父が、苦笑交じりに言葉を漏らした。
「まぁ、何だ。ちゃんと責任もって世話しろよ」
そんな、正しくペット扱いな発言に、聖隆も苦笑しながら、あいよ、と答えるしかないのである。
「うふふ。良かったね、マタくん」
隣で成り行きを見守っていた胡花が、ゆっくり笑ってそう言うから、聖隆はやっぱり苦笑でリューを撫でるのだ。
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