第38話

僕の我慢はいつまで続くだろうか。


純白のタキシードに身を包み、僕はそんなことを思う。


隣には純白のウエディングドレスを着た妖精が、少し緊張して立っている。


僕たちの背後には泣き出す母に、多分その背中をさする親父。


内田院長は静かに涙を流しているだろう。


親戚一同の注目を浴びながら、神父は長々と色々な事を言っている。


その心地良い声は、ステンドグラスから差し込む光が神秘的な教会内に響いていた。


そんな神秘的な場所ですら、僕はコレクションのことを考えられずにはいられなかった。


◇◇◇


もう扉は壁となって、地下室は封印されている。


壁を壊さない限り、入る事は出来ない。


次に僕を興奮させるものは何だろうか。


僕が欲しいものは、この世に二つと存在しない美しい者、物、モノ、もの……。


美しい女のものなら何でも美しい。


時間が経ち、美化されているわけではない。


僕の目が、脳が、指先が、体が美しいものを素直に受け入れているだけの事。


手術を行う患者が美しい女なら、真っ赤な血液、皮下脂肪、艶やかな臓器、白い骨に、それらを覆う筋肉と皮膚は美しいと認識される。


外見が美しければ美しいほど、体内(なかみ)も美しいのだ。


今度は美しい女の体内を集めてみようか。


僕は禁断をコレクションしなければ興奮、幸福を得られない美的感覚になってしまったようだ。


綺麗な石ころを集めたって、何の意味もない。


でも僕には守るべき家族が出来た。


でも禁断のコレクションから足を洗うつもりは無い。


でも今は栞との幸せを第一に考えている。


僕の我慢はいつまで続くだろうか。


まぁ多分、そう長くはもたないだろう。


封印が解けるのも時間の問題だ。


そんな恐ろしい事を、僕は冷静に考えていた。


神父:「汝、修は、この女、栞を妻としていかなる時も愛する事を誓いますか?」


神父の声で、自分の世界から引き戻された。


目黒 修:「誓います」


神父:「汝、栞は、この男、修を夫としていかなる時も愛する事を誓いますか?」


内田 栞:「誓います」


教会内に響き渡る栞の声。


神父:「誓いの口づけを」


いよいよだ。


栞と向き合う。


純白のベールをめくり、頬を桃色に染めた栞を見つめる。


僕を見上げる栞にゆっくりと顔を近付けた。


初めてのキスをする時以上に緊張しているのがわかる。


栞がキラキラと光るアイシャドウに彩られた瞼を閉じ、僕もゆっくりと瞼を閉じた。


2人の唇が重なり、愛が重なる。


栞はそう思っているだろう。


この場で誓う事はそれしかないのだから。


しかし僕はもう一つ、場違いな誓いを立てた。


それは、栞をいつか僕の作品としてコレクションに加えること。


栞は一筋の涙を流した。


僕はそれを拭ってあげる。


そしてもう一度、どちらからともなく唇を重ねた。


互いの愛を確かめるように。


◇◇◇


二次会には仕事関係の人たちを招待した。


当然、櫻井舞も招待した。


櫻井 舞:「おめでとうございます、目黒先生」


櫻井舞は可愛らしく白い歯を見せて笑った。


最初は呼ばない方が良いかと思ったのだが、櫻井舞から出席させてほしいと申し出てくれたのだ。


だが、この光景は少しえぐいだろうか。


目黒 修:「ありがとう、櫻井さん」


僕も笑顔で礼を言う。


大川 大輔:「いやぁ、ビックリしたよ! まさか修が院長の愛娘に手を出してたとはなぁ」


上機嫌で話す大川大輔は、肘で僕の腕を突っついて冷やかしてきた。


目黒 修:「お前だってアイドルナースに手ぇ出したろ」


僕はお返しとばかりに腕を組んだ肘で大川大輔の腕を突っついた。


大川 大輔:「お陰様で、彼女ゲットしましたッ!」


大川大輔は櫻井舞の肩を抱き寄せた。


櫻井 舞:「ちょっとッ!!」


頬を赤らめた櫻井舞は笑顔の大川大輔を見上げた。


やはり櫻井舞を僕の作品にしなくて良かった。


2人が恋人になって、素直に嬉しい。


目黒 修:「お前、ベタ惚れだったもんなぁ」


僕は腕を組み直してニヤリと笑う。


大川 大輔:「まぁね〜」


今度は大川大輔が頬を赤らめた。


その光景を見て笑う櫻井舞と妻の栞。


それにつられて大川大輔と僕も笑い出す。


大川 大輔:「あぁ……平和だな」


大川大輔が目尻に付いた涙を指先で拭いながら言った。


目黒 修:「平和?」


不思議な言葉のチョイスに首を傾げる。


大川 大輔:「そう、平和。幸せとか嬉しいとか、プラスな感情ひっくるめて平和だなぁって」


大川大輔は目を細め、今度は櫻井舞の腰を抱き寄せた。


櫻井舞は呆れた顔で見上げていたが、その顔は幸せそうに見えた。


目黒 修:「なるほどね、それで平和か……」


僕は誰にともなく頷いた。


平和とは何だろうか。


大川大輔が言っている事はもちろん平和だろう。


だが平和は人によって感じ方が違うし、それがどれだけ大きなものかも人それぞれだ。


平和。


これを一言で言うなら戦争・核の無い世界。

でもそれは世界が望む平和であり、一人一人が思い描く平和とは少し異なると思う。


平和に正しい答えなど無いという事だ。


僕の平和は、栞にも世間にもバレずに僕が死ぬまでコレクションを続けられること。


それが僕の平和だ。


いつか、僕の地下室に栞を招待したい。


きっと最高傑作になる。


コレクションの中で一番輝くだろう。


お腹の子供の性別はまだ分からないが、女の子だったら嬉しい。


そしたら最高傑作は2体になるかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る