第37話
地下室に下りた僕は、最後の瞬間を目に焼き付けるためにコレクション室の扉を開ける。
そこにはエンバーミングを施した3体のコレクションが静かに僕を待っていた。
目黒 修:「すごく、美しいよ……」
今までの僕の人生で守っていかなければならないものはコレクションだった。
しかし栞との間に命を授かったことで、その順位は大きく変わった。
これからは栞と子供、そして3人の家庭を僕は守っていかなければならない。
目黒 修:「僕はそれを望んでいる」
……はずなのだ。
美しい女性をコレクションし始めてからの5年間、僕は人として歪んだレールの上を走って生きて来た。
もちろん、後悔なんてしていない。
でも僕は3人の未来のために地下室を、コレクションを封印する。
そんなことをしても、 僕が犯した罪は消えやしない。
歪んだレールが 直線になる事など有り得ない。
それでも地下室を封印することで良き夫、良き父親になれると思っている。
僕は一つ目の保冷庫を引き開ける。
僕の最初の作品でありコレクションでもある村上里美の頬に触れる。
冷凍されていた村上里美の肌は外気にさらされ白く曇る。
その肌は照明を反射して美しく輝き、僕の決意を揺さぶった。
目黒 修:「貴方を手に入れたことは間違いじゃなかった。ありがとう。さようなら」
あぁ、本当にこれでもう終わりなんだ。
僕は素晴らしい作品を手に入れた幸福感と、もう二度と見ることが出来ない喪失感を胸に保冷庫の扉を閉め、二つ目の保冷庫の扉を引き開けた。
長い髪を左右に広げた水川奈々は今も神秘的な美しさを放っている。
さようなら。
三つ目の保冷庫には新田麗嘉が保存されている。
外国人の様な顔立ちをした新田麗嘉の金色に染めた髪を優しく撫でた。
さようなら。
四つ目の保冷庫の扉を引き開ける。
青い瞳に一目惚れしたのに眼球を抉り取らなかった事を後悔しているケイト・リリーの閉じられた瞼を指の腹でなぞった。
さようなら。
五つ目の保冷庫の扉を引き開ける。
キメが細かい綺麗な肌の持ち主だった元舞台女優の大武真弓。
さようなら。
六つ目の保冷庫の扉を引き開ける。
監禁中に銀のフォークで手首を突き刺して自殺をした桃山春子の包帯を巻いた手首を撫でる。
さようなら。
保冷庫の扉を閉め、今度は展示している三体に目を向けた。
日曜日の日課にしていた散歩でよく見かけていた森岡静菜の、少し浮き出た肋骨からウエストをひと撫でする。
さようなら。
栞に贈る花束を作ってもらう口実で通い詰めていた花屋の會澤小春。
さようなら。
そして最後の作品になってしまった看護師の小山るう。
目黒 修:「さようなら」
僕に女性の美しさを教えてくれたすべての作品に感謝している。
この美しさを知らないでいる人生を想像すると怖くなる。
こんなに美しいのに、こんなに近くに存在するのに。
その事実を知らないなんて、失礼だ。
僕はシャンパンを華奢なグラスに注ぎ、小山るうが横たわる台車の縁と乾杯する。
慣れた好意のはずなのに、僕の手は緊張して少し強張っていた。
小山るうのもう二度と開く事のない瞼を見つめる。
シャンパンを飲み干したグラスを小山るうの脚の間に置き、彼女の癖のない長い髪を優しく撫でていると視界が歪んでいった。
目黒 修:「……うっ……くっ……」
僕は小山るうの傍らに崩れ落ちた。
目黒 修:「ぁぁぁぁああああああああッ」
僕は泣き叫んだ。
それほど僕にとって「地下室の封印」は苦しい決断だった。
『結婚は人生の墓場』
もしかしたら僕にとって、そうなのかもしれない。
でもこれからの栞との人生、そんな風に思いたくはない。
これでいいんだ。
これで……これで、良かったんだ。
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