第27話
もうすぐ栞が来る頃だ。
リビングの壁に掛けられた時計に目をやると、栞が来る予定時間まで10分も無かった。
軽くリビングの片付けをしていると、チャイムが鳴った。
時計を見ると、ちょうど22時だった。
目黒 修:「いらっしゃい」
内田 栞:「ちょっと買いすぎちゃった」
玄関を開けると栞はパンパンに膨らんだエコバッグを見せ、苦笑いを浮かべた。
目黒 修:「重かったでしょ」
僕は栞からエコバッグを受け取り、リビングへ向かった。
目黒 修:「何をこんなに買ってきたの?」
リビングの木目が綺麗なテーブルの上に、エコバッグの中身を出していく。
内田 栞:「パスタ食べたかったから、その材料を買ってきたのよ」
微笑む栞を見て、僕は目を細めた。
材料の中で、真っ赤な生トマトとホールトマト缶が目立っていた。
目黒 修:「栞は、ほんっとトマト好きだよな」
内田 栞:「野菜で一番好きね。リコピンで綺麗になれるし」
『リコピン』とはトマトやスイカ、ピンクグレープフルーツなどに含まれる脂溶性の赤色の色素のこと。
効果としては、血糖値を下げたり動脈硬化の予防、癌予防や喘息改善、美白効果にダイエット効果があると言われている。
癌予防効果は、肺癌や前立腺癌で有効性が示唆されているらしい。
内田 栞:「早く作りましょ、お腹空いちゃったわ」
栞は白いブランド物のバッグから黒いエプロンを取り出し、腰に巻き付けた。
目黒 修:「エプロン似合うじゃん」
ウエストのラインが良く見える。
内田 栞:「修のもあるわよ」
そう言って同じバッグからお揃いの黒いエプロンを出して、僕に差し出した。
目黒 修:「僕のもあったんだ……」
普段エプロンは使わないので、慣れないものは少々恥ずかしい。
内田 栞:「……服を汚しちゃ大変でしょ?」
眉を寄せ、上目遣いで僕を見つめる。
その仕草が小山るうと重なったが、栞の方が何倍も可愛いし、そそられる。
目黒 修:「いや。着けるよ」
エプロンを差し出す栞の手首を掴んで引き寄せ、綺麗な肌の額に軽く口づけをした。
内田 栞:「なッ!!……びっくりするじゃない!」
栞は桜色になった頬を押さえて、隠れるように小走りでキッチンに消えてしまった。
クスクス笑いながらエプロンを腰に巻いた僕もキッチンへ向かった。
目黒 修:「なに恥ずかしがってんだよ」
内田 栞:「うるさいわね、お腹空いたんだから早く作るわよ」
栞の頬は桜色から熟れたトマト色に変わっていた。
目黒 修:「何すればいい?」
手を洗いながら、既に包丁を握っている栞を見る。
内田 栞:「そうだなぁ……パスタ茹でて」
目黒 修:「りょーかい」
僕は鍋に水を入れて火にかけ、適当な量の塩を投入する。
目黒 修:「アルデンテ?」
パスタの袋の裏に書かれている茹で時間目安を見ながら栞に聞く。
内田 栞:「うん、アルデンテで」
栞は楽しそうにトマトを切りながら笑った。
僕は栞が買ってきた材料を切っている姿を眺めていると、ぐつぐつと鍋が音を立て始めた。
僕の出番がようやく来た。
沸騰してぐつぐつ暴れる鍋の中に、二人分のパスタをねじって投下する。
銀色の鍋に、ひまわりが咲いた。
目黒 修:「天才だな」
我ながら上出来だった。
僕の中で満足感の風船が大きく膨らんだ。
内田 栞:「私もできるよ」
栞がクスッと笑う。
その言葉は針となって、僕の風船を簡単に割ってしまった。
内田 栞:「や、やだっ、冗談だよ!」
僕のヘコみ具合を見て、栞は慌てて訂正する。
内田 栞:「ごめんね?」
軽く唇が触れ合い、栞はキスで僕の機嫌を取る。
これでは、いつもと立場が逆だ。
栞はオリーブオイルを回し掛けたフライパンを火にかけ、みじん切りにしたニンニクを入れた。
熱せられることで、ニンニクの香りが鼻を刺激し、僕の腹の虫が鳴いた。
栞は玉ねぎ、シーフードミックス、ホールトマトの順に炒めている。
美味しそうな匂いがキッチンに広がり、よだれが溢れた。
……の、だが。
目黒 修:「えっ? それも入れるの!?」
栞が 手にしているものを見て驚いた。
飲むために買ってきたのだと思っていた オレンジジュースを、栞はフライパンの中に入れようとしていたのだ。
驚く僕を見て、栞はくすくすと笑った。
内田 栞:「美味しくなるのよ」
そう言って栞はオレンジジュースをパスタソースの中に回し入れた。
目黒 修:「あ、へぇ……」
料理に関して、僕はまだまだ勉強が足りないようだ。
内田 栞:「パスタどう?」
沸騰する海で舞い踊るパスタを捕まえて、口に放り込む。
目黒 修:「良い感じにアルデンテ」
親指を立ててグッドサインを出した。
内田 栞:「じゃぁ、ここに入れて」
指示通り、パスタを鍋からフライパンに移した。
栞は手際良くパスタにソースを絡めると、火を消した。
皿に盛ったシーフードトマトパスタの上に、切っておいた生トマトをトッピングした。
内田 栞:「完成でーす」
栞が自信満々に口角を上げた。
テーブルに運び、向かい合って座る。
夕食のお供は白ワインだ。
目黒 修:「乾杯」
内田 栞:「乾杯」
ワイングラスが触れる高い音が、静かな部屋に響く。
目黒 修:「おぉ! すごい」
栞が作ったソースは美味しく、オレンジジュースの甘酸っぱさが新感覚だった。
内田 栞:「また二人で作ろうね」
目黒 修:「茹でるなら任せろ」
パスタをねじる仕草をしながら、ちょっと偉そうに言ってみる。
そんな僕を見て栞は笑った。
◇◇◇
食器の片付けを済ませ、赤ワインを飲みながら、落ち着いた二人の時間。
目黒 修:「あ、明日、ペットショップに行こうと思ってるんだけど」
栞は口の中で転がしていた赤ワインを飲み下した。
内田 栞:「いいよん」
栞はほろ酔い状態だった。
目黒 修:「餌が無くなりそうでさ。ついでに新しい熱帯魚を買おうかなぁって」
僕はグラスを傾け、赤ワインを口に含む。
内田 栞:「私が選んでも良い!?」
酔いが醒めたかのように、はっきりとした口調で、目を輝かせた。
目黒 修:「もちろん」
僕が頷くと、栞は嬉しそうに微笑んだ。
赤ワインの瓶が空になったので、別々にシャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
今夜は何だか栞が欲しくて欲しくてたまらなかった。
小山るうの下品な誘惑のせいか、いつも以上に栞が愛おしく思える。
今夜は長くなりそうだ。
ニヤリと唇が吊り上がる。
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