第24話
僕は自分のオフィスの扉よりも立派な造りをした大きな扉を見上げていた。
扉を開けていないのに、廊下にはピリリとした冷たい空気が漂っている。
ノックをして、中からの返事を聞いてから重い扉を開ける。
目黒 修:「失礼します」
院長に呼び出されることは少なくない。
その内容は大概、栞の事だ。
目黒 修:「内田院長、お呼びでしょうか?」
大きなデスクを挟んだ向こうに座る内田院長を見つめる。
彼女は栞の母親。
だから栞と付き合っている事は秘密なのだ。
内田院長:「小山るうさんが来ていないの。目黒先生、何か知りませんか?」
目黒 修:「僕は知りません」
内田院長:「そう……困ったわね。あ、もう帰って結構です」
困った様には見えない。
内田院長はいつも事務的で 冷たい人だ。
僕たちの関係が秘密であるため、 仕事上での付き合いしかなく、笑っている顔を見た事が無かった。
彼女の母親なのに仕事の顔でしかお互いやり取りをしていないので、距離感を縮められず、 『お義母さん』ではなく『院長』として体が反応してしまっていた。
彼氏として好印象を与えておきたいのだが、その隙すら見当たらない。
僕は軽く頭を下げて扉に向かう。
内田院長:「……ねぇ」
僕が扉に手を掛けると、後ろから冷たい声で内田院長に呼び止められた。
内田院長:「ついでだから聞くけど、栞とは付き合ってるの?」
『ついで』ではない。
これが本題なのは、最初から分かっていた。
僕は扉の前で振り返えり、上質な革の椅子に座っている内田院長を見る。
目黒 修:「何かの間違いじゃありませんか?」
僕は微笑み、会釈をしてから扉を開けて院長室を出た。
栞と付き合っている事をいつまで黙っていればいいのか、自分でも判らない。
栞が何度も恋人関係であることを伝えようとしたのだが、多忙な内田院長は栞の為に話をする時間を作ろうとはしなかった。
事実を栞の口から聞きたくないのだ。
きっと僕が白状したら、別れるよう説得され、応じなければ圧を掛けてくるだろう。
内田院長は離婚を経験していて、元夫は心臓外科医だったそうだ。
お互い病院に勤務していたため、働く時間が異なり、休みの日でも急遽病院に呼ばれる事もあった。
患者が優先の生活が続き、やがて擦れ違い、溝が深まった二人は離婚したのだと栞から聞いていた。
内田院長は自分の経験から、病院で働く男との関係を好ましく思っていないのだ。
大切に育てた一人娘 を、自分の病院で働く男に、しかも元夫と同じ心臓外科医の僕に取られたくはないのだ。
僕たちの関係が、内田院長の失敗例に必ずしも繋がるとは限らない。
確かに緊急で時間など関係なく呼び出されることはあるが、二人はそれを理由にコミュニケーションを怠り、お互い歩み寄らなかった結果が離婚に繋がったのだと思っている。
元夫と僕を同じにしないでほしい。
僕は僕で、元夫は元夫だ。
たとえ娘でも、内田院長と同じようなレールの上は歩かない。
僕が美しい栞を放っておくはずがない。
当たり前だ。
大切に、大切にするさ。
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