第19話
今ごろ小山るうは、あの地下室で事の重大さに気が付いているだろうか。
珍しく栞が持って来てくれたコーヒーを啜りながら、悲鳴を上げて足首の鎖を必死に外そうとしている小山るうを想像する。
栞が淹れる珈琲は甘くないブラックコーヒー。
ちゃんと僕の好みを知っている。
ノックの音が静かな部屋に響く。
目黒 修:「どうぞ」
ゆっくりと扉が開く。
櫻井 舞:「失礼します」
入ってきたのは櫻井舞だった。
目黒 修:「おはよう、櫻井さん」
櫻井 舞:「……おはようございます。目黒先生」
今日の櫻井舞はどこか変だ。
メイクもいつもより濃いし、白衣の丈も少し短い。
そして笑顔がぎこちなく、少しソワソワしていて落ち着きが無い。
目黒 修:「何かご用ですか?」
僕の言葉に櫻井舞の目線はタイルカーペットの床をさまよってしまった。
目黒 修:「どうかしました?」
櫻井 舞:「あの……」
じわじわと目線が僕の体を這い上がってくる。
櫻井 舞:「えっと……」
意を決したように、漸く目が合う。
その瞳は、微かに潤んでいた。
櫻井 舞:「私、目黒先生の事が好きなんです。お付き合いしていただけませんか?」
櫻井舞がオフィスに入ってきた時からそんな気はしていたが、予想通りの言葉を言われると驚いてしまう。
栞がいるからすぐにでも断りたいのだが、僕の地下室に招待する事を考えると、今ここで断るのは賢い判断ではないだろう。
目黒 修:「少し考えさせて下さい」
地下室には小山るうが居るので、今はまだ招待する事が出来ない。
嫌いであるならその場で『いいえ』と答えるはずだ、という考えから『考えさせて』という告白の返事は一般的に『嫌いではない』と相手は捉えるらしい。
しかし即答しない時点で脈なしの可能性のほうが高いのだ。
世の中の告白する側は相手の良いところばかりに目が行くから期待してしまっているから、一般的に『嫌いではない』という捉え方になる。
きっと櫻井舞もそういう思考で、不安と期待が渦巻いているのだろ。
真剣な気持ちで僕を見ている桜井舞には申し訳ないが、僕はそんな曖昧な意味で『考えさせて』と言っているわけではない。
招待するタイミングを探しているだけだった。
櫻井 舞:「……ちゃんと答えが出るまで待っています」
僕に頭を下げた後、背を向けて扉に向かって歩き出した。
櫻井 舞:「失礼しました」
部屋を出る時には、いつもの自然な笑顔に戻っていた。
いつ小山るうを僕の作品にしてしまおうか。
記念すべき10体目は櫻井舞にしよう。
それに相応しい美しさを持っている。
櫻井舞が出て行った扉を見つめ、今後の計画を立てながら頬の筋肉が緩んだ。
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