第11話
消毒液の臭いが微かに鼻の奥を刺激する。
壁のスイッチを押して、部屋の明かりを点けた。
ここは第二のコレクション部屋で、美術館のような内装にしている部屋は第一コレクション部屋と呼んでいる。
壁沿いには複数の扉がついた保冷庫が並んでいて、その中には僕のコレクションが、僕だけのために保管している。
保冷庫とは人を冷凍しておくための巨大な冷凍庫のことで、病院の地下などに設置されている。
エンバーミングを施していても常温で保管できる時間には限りがあるので、第一コレクション部屋で限界まで展示した後は傷んでしまう前に保冷庫に入れていた。
そのコレクションは全部で7体である。
ゆっくり部屋の扉を閉め、丸い背の高いテーブルにシャンパンとグラスを置く。
シャンパンのコルクを抜き、背の高い華奢なグラスに注ぐ。
黄金の液体の底から沢山の炭酸が水面に向かってパチパチと弾けた。
僕はすべての保冷庫の扉を開けてから汗をかいたグラスを手に持って、僕の一番最初のコレクションを見下ろした。
コレクションにした日と変わらない姿で眠っている彼女の名は、
五年前に僕の初めての作品になった女性だ。
街で見かけて声をかけたら、警戒もせずに家までついてきた馬鹿な女である。
その時は連れて来て直ぐに殺し、エンバーミングを施した。
僕はメスで肉を切る事には慣れているはずなのに、手が震えて施術に時間がかかったのを今でも覚えている。
あの時の気持ちは、初めての性行為の様な興奮でいっぱいだった。
一線を越えてしまう興奮。
今でも作品にする作業の時は興奮で胸が高鳴る。
そして‟増える”という嬉しさに心が満たされるのだ。
村上里美の隣、僕の二つ目のコレクション。
名は
村上里美をコレクションしてから二ヵ月後、僕の作品になりコレクションとなった。
保冷庫のベッドの上で、腰まで伸びた栗色の髪が左右に広がっている。
その姿は、聖母マリアの様な神秘的な美しさを今でも保っていた。
水川奈々の隣、髪を金髪に染めた若い女は三つ目のコレクションである。
名は
外国人の様な顔立ちなので、日本人だと知って驚いた覚えがある。
バーで知り合った彼女は背が僕より高く、白い肌に筋の通った鼻は日本人らしくなかった。
新田麗嘉の隣、ケイト・リリー。
僕のコレクションで唯一の外国人だ。
出身はイギリスと話していたが、名前が知りたいだけで生まれ育った土地には興味が無かった。
天然の金髪は毛先を綺麗に巻いていて、今も躍動感に溢れている。
彼女の瞳は海のようにキレイな青い色をしていたのだが、目を閉じている為その綺麗な青い瞳は瞼の裏に隠れてしまっていた。
その瞳に一目惚れして誘拐したのだが、目を抉り出し、別で展示すればよかったと今でも後悔している。
ケイト・リリーの隣、元舞台女優の
彼女は当時、40歳近かったはずだ。
しかし脱毛サロンやエステサロンに通っていたお陰で、出会った時からとても美しかった。
深いほうれい線は無く、肌のキメは細かくハリがあった。
大武真弓の隣、
彼女は硝子張りの部屋で監禁中、食事の為に用意した銀のフォークで左手首を何度も刺し、自ら命を絶った。
彼女の左手首はエンバーミングの際に縫い合わせて包帯を巻いている。
桃山春子の隣の保冷庫はまだ空だが、いずれここには森岡静菜が眠ることになっている。
近いうちに第一コレクション部屋に展示している森岡静菜の隣には會澤小春が並ぶことになるだろう。
考えただけでも、心臓の鼓動が速くなるのが分かった。
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