第8話
大橋美鈴が遺体で発見されたと連絡してきた警察が病院にやってきた。
勝手に退院したことに関しては家族にしか連絡していなかったのだが、其の家族が警察に通報していたようだった。
警察:「お忙しいところお時間いただき感謝します」
病院の防犯カメラを確認し終えた警察は、担当医の僕と受け持ちだった看護師の栞の前に腰を下ろす。
警察:「結果から申し上げますと、大橋さんは殺された可能性が高いです」
目黒 修:「一体誰がそんなことを……」
僕は芸術作品を破壊した犯人に対して怒りが湧いた。
警察:「まだ犯人の特定はできていませんが、何か入院中に変わった様子はなかったですか?」
目黒 修:「特に目立ったことはなかったです。診察や手術以外だと巡回の時に少し顔を合わせるくらいだったので……」
警察:「退院はいつ頃だったんでしょう」
目黒 修:「最後の検査がまだだったので具体的な日付までは決まっていませんでしたが、順調に回復していたので予定より早く退院できるかもと期待させるようなことは言ってしまいましたね……」
警察:「その時の様子は?」
目黒 修:「とても嬉しそうにしていました」
僕の一言が原因になってしまったんじゃないかと、あの時の大橋美鈴の笑顔を思い出すと胸が締め付けられる。
警察:「なるほど、そうですか……。看護師の内田さんはどうでしょう。先生より患者さんと接する機会が多いと思うのですが……」
警察は僕から栞に視線を移す。
内田 栞:「……あの、関係あるかわからないですけど」
言葉を区切った栞は不安気な顔で僕を見た後に警察に視線を向けた。
内田 栞:「頻繁に来ていた男性が、少しずつ頻度が減って、ここ最近は全く面会に来なくなりました。大橋さんから話を聞いたら婚約者らしいんですけど……」
警察:「その男性って、この人ですか?」
警察は一枚の写真を取り出した。
その写真は防犯カメラの一部を切り取ったもので、僕より少し年下くらいの男性が写っている。
内田 栞:「そうです、この人です」
僕は見覚えがなかったが、栞は写真を見てすぐに反応していた。
内田 栞:「も、もしかしてこの婚約者さんが……?」
警察「証拠はありませんが、この男性が暮らすマンションの敷地内で殺されているのを発見されたので、犯人の可能性は考えられます」
目黒 修:「そうですか……」
「この男が……!」と僕は写真の男を睨んだ。
事情聴取が終わった僕達は警察を見送り、再びソファに腰を下ろす。
内田 栞:「はぁ……すごく緊張したわ」
目黒 修:「お疲れ様」
内田 栞:「本当に婚約者が大橋さんを殺したとして、動機は一体何なのかしらね」
目黒 修:「その婚約者が面会に来なくなったんなら、別れようとしてたんじゃないかな。それで急いで会いに行って、揉み合いになって……とか」
栞の質問に答えはするが、正直、動機などどうでも良かった。
揉み合いになろうが、正当防衛だろうが、大橋美鈴の体が壊れて美しさを失ってしまったのには変わりないのだから。
退院したら僕の地下室に招待しようと思っていたのだが、それは叶わなくなってしまった。
僕は大きな溜め息を吐いた。
◇◇◇
今日は朝から忙しかったが、無地に仕事も終えて帰宅した。
暖かな食事を持って地下室へ向かう。
少し前まで森岡静菜を監禁していた硝子部屋には、新たな遺伝子が創り上げた作品が寝そべっていた。
彼女の名前は
會澤小春は栞の家の近くにある花屋の店員で、プレゼント用にいつも小さな花束を作ってもらっていた。
今どきのオシャレなラッピングは栞好みで、渡すたびに喜んでいた。
栞を喜ばせたくて通っていたのも事実だが、會澤小春を見に行くための口実でもあった。
僕は硝子越しに會澤小春の背中を見つめ、昨夜のことを思い出す。
仕事終わりに車を走らせていると、雨の中傘をさして歩いている會澤小春を見つけた。
僕は車のスピードを上げ、わざと道路脇に溜まる泥水を跳ねさせた。
會澤小春:「きゃっ!」
跳ねた泥水は見事、會澤小春の服を汚した。
目黒 修:「す、すみませんっ!」
僕は傘もささずに慌てた様子で運転席を降りて彼女の前に立つ。
目黒 修:「すみません、洋服を汚してしまって……! クリーニング代をお支払いします」
僕は財布を取り出して顔を上げ、あたかも今気がついたかのように声を上げる。
目黒 修:「もしかして會澤さん? あの花屋の……」
會澤小春:「え? ……あ、目黒さん!」
僕は頻繁に花束を買うことで顔を覚えてもらい、お互いの名前を呼び合えるほどの関係を構築することに成功していた。
目黒 修:「會澤さん、すみません。クリーニング代お支払いしますし、家まで車で送らせてください」
會澤小春:「いいですよ、そんな……。仕事終わって帰るだけですし、服も汚れても平気なものなので……」
目黒 修:「でもその泥だらけな服で満員電車には乗りにくいと思います……」
會澤小春:「あ……まぁ確かに――クシュンっ」
會澤小春は体を震わせた。
口紅でわかりにくいが、唇は血色を失い始めていた。
夜でも気温が高いとはいえ、一気に体を濡らしてしまえば寒いだろう。
目黒 修:「医者が風邪を引く原因になるわけにはいきません。とりあえず車に乗ってください」
會澤小春:「あ、ありがとうございます……」
寒さに負けた會澤小春は後部座席に乗り込んだ。
そこからは非常に簡単だった。
医者であることを盾に低体温症や泥水からの感染リスクなどで言いくるめ、僕の家まで連れ込んだ。
栞の存在を知っている會澤小春は終始申し訳無さそうにしていたが、感染リスクに怯える彼女は素直にシャワーを浴びた。
コンビニで購入した新品の服と、洗いたてのズボンを着た會澤小春に温かいジャスミン茶を差し出す。
會澤小春:「ありがとうございます」
會澤小春は睡眠薬入りのジャスミン茶を飲み、30分ほどで意識を手放した。
こうして僕は前々から狙っていた會澤小春を地下室に招待することに成功した。
しばらく彼女の背中を眺めていた僕は硝子部屋の扉を開く。
目黒 修:「調子はいかがですか」
患者に声をかけるように寝そべる會澤小春に声をかけた。
僕の声に反応した會澤小春はゆっくりと寝返りをうつように振り返えり、僕を睨みつける。
會澤小春:「まだ信じられません。一体、何が目的なんですか……?」
目黒 修:「會澤さんの体ですが、勘違いはしないでください。性的なものではなく神秘的な理由からです。僕は貴方の体が欲しいだけなんですよ」
會澤小春:「……意味が分かりません」
目黒 修:「理解は求めていません。聞かれたから答えただけです」
そう言いながら僕は用意してきた食事を床に置いた。
目黒 修:「毒なんて入っていませんから食べてくださいね」
會澤小春:「ジャスミン茶に睡眠薬入れた人の言うことなんて信用できないです」
會澤小春は湯気が立ち上る食事から目を逸らす。
目黒 修:「食べたくないのなら強制はしませんが……」
言葉を区切った僕は「そうなってほしくない」と願いながら、息を吸い込んで再び口を開く。
目黒 修:「餓死しますよ」
無表情だった會澤小春は、僕の言葉に怯えていた。
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