第7話 限りなく黒に近い灰色の青春


 僕たち三神兄弟が在籍しているのは都内某所にある名門校、泥那奴盧学園である。随分と怪しい校名ではあるが、いたって普通の名門校である。一定以上の学力含む能力を証明できれば誰でも入学可能なクリーンな学校である。


 泥那奴盧学園は小、中、高、大とエスカレーターで進学可能な一貫校であり、それら全ての校舎を一つの敷地に収めた超巨大なマンモス校でもある。


 設備は充実。指導者も結構有名な人が多い。何より完全実力制。昨今政界では権力闘争の過激化が問題視される中、一応の名門校でもある泥那奴盧にはいいとこの坊ちゃんやお嬢さんが箔付のために入学してくる事がある。しかしそんな貴いお方達も関係無く、みんな平等な学徒ですよという校風を謳っているのはここだけではなかろうか。だいたい名ばかりのものになりつつあるそれを、実際に規則として取り入れているのである。これは素晴らしい。お陰様で僕も大分楽に、楽に……楽では、ないか。まぁそんな学園生活を送れている。


 取り敢えず、メッチャデカくてメッチャ人がいてメッチャ素晴らしい所だと覚えてくれればいいです。はい。急に知能指数が下がった気がする。


 我が校は実力主義という事もあってか、自分に自信のある人間が多く在籍している。その自信の源となるものは個々人によって勿論異なるが、その殆どに共通している優れた点が一つある。


 顔が良い。


 容姿とは努力の結晶でもある。運動すれば痩せるし、毎日矯正し続ければ自分の理想の容姿に近づける事だろう。他にも食生活に気を配ったり、美容製品で肌や髪を手入れしたり、時間をかけて化粧をしたり……とまぁ、容姿には本人の努力の形が表れるものなのだ。中には本当に天然の者も居るが、それはごく少数に限られる。


 僕が周囲を見渡した感想はひとつだけ。


 みんな努力家だなぁ、と。


 そこは美少女美少年の見本市だった。誰も彼もがキラッキラと輝いている。眩しいです。やめて下さい。コチラに笑いかけないでください。日陰者の自分は灼かれて死んでしまいます。


 しかもそんな人達に毎日のように話しかけられたりするもんだから、僕のライフはもうレッドゾーンに突入している。ああ、胃が痛い。


 それもこれも調子に乗って生徒会なんぞに加入した自分の責任である。この学園の生徒会というのは厳正な審査の上で加入が決められるものであり、生徒会員というだけで一定の箔というものがついてしまうのだ。


 あの時の自分は何であんな馬鹿な事をしでかしてしまったのだろうか。心底悔やまれる。

 


 



 あ〜〜〜……消えたい。






£££




[昼休み 2-6教室]



 

 僕は隣の席に座っている神崎さんに話しかけられていた。黒髪ロングの長身美女。この学園でも上位に入るその容姿からは、確かな自信が見てとれた。


 言わずと伝わる陽キャである。


「三神くん。夏休みの予定についてなんだけど、ちょっといいかしら。休み明けは文化祭もあるし、スケジュールの確認をしたいのだけど」


 前にかかった髪を耳に掛ける仕草なんか、もうわざとやってるんじゃないかと思うほど洗練されていた。きっと無自覚なんだろう。急にやられると心臓に悪い。本当に美人は心臓に悪い。ヤンデレは別として。


 そこに声がかけられた。


「お、文化祭の話か?なら俺も混ぜてくれよ。そういう話は実行委員の俺か檜木さんのいる所でしてくれよな!」


 快活な笑顔と共に会話に入り込んで来たのは、本人も言ったように文化祭実行委員である砂原くん。


 わざわざ四つほど離れた自席からやって来てくれたらしい。運動部らしく短く切り揃えられた髪。僕の机に乗る彼のシャツの隙間から、鍛え上げられた前腕が見える。男らしさという点では僕なんかじゃ到底敵わないだろう。彼は我が校の野球部のエースでもあるのだ。


 そんな砂原くんは神崎さんに苦い顔で見られている。


「……砂原くん。スケジュールの確認を個人で行ってから、今日のホームルームで全体の擦り合わせを行うと言っていなかったかしら。別に今聞かなくても良いんじゃない?」


「うん?今やっても構わないだろ?減るもんじゃないだろうし、三神も良いよな!」


「へ……?う、うん!そうだね!良いと思うよ!」


 僕は突然声をかけられた事で、少しの時間フリーズしてしまった。


 吃驚した。本当に吃驚した。いきなり話を振ってくるんだもん。フレンドリーな美少年も心臓に悪い。


 と、突然心臓に悪いフレンドリーな美少年こと砂原が手を叩いた。


「あ、そうだ!文化祭の準備、結局全体の作業をまとめる人が足りてなかったんだよなぁ。俺たちもやるんだが、どうも二人だけじゃ無理そうでな。三神、やってくれないか?ほら、そういうの得意だろ?」


 人をまとめるのが得意な三神さん……?誰ですかそれは。そんな方存じ上げませぬが。そのお方は僕と対照的な陽の気をお持ちなんですね。同じ名字なのが恥ずかしいなぁ。


 あははははは、はは………はぁ。結局こうなる宿命か。陰キャは陽キャの頼みを断れないんだ。これが生まれながらにして敗者の烙印を刻み込まれた者のさだめか……。


「うん、いいよ。僕も文化祭の人手が足りるか心配だったしね。微力を尽くすよ」


 僕は笑顔でそう言った。愛想パワーMAXだぜ。


「本当か〜!嬉しいぜ!三神はいい奴だな!」


 またもいい笑顔でそんな事を宣う砂原くん。肩を組んでコチラを揺さぶってくる。内心余計な手間を増やしやがってとか思わなくもないが、まぁ、これが平常運転だ。仕事なんて毎日のように増えていく。今更目くじらを立てるような事でもあるまい。


 と、そこでまた後ろから声が掛かった。今度は大人しい女子のものだった。


 振り向くと、そこには眼鏡を掛けた可愛いおさげの美少女が立っていた


 おずおずといった様子で、おさげをゆらしながら話しかけてくる。


「あ、皆さんお揃いで。何やら文化祭の話が聞こえたので、私も混ざろうかな、と思いまして……」


「檜木さん!良いところに。今丁度皆んなで文化祭の話をしていたところなんだが、三神が文化祭実行委員の手伝い、やってくれる事になったんだ!」


 彼女は檜木さん。文化祭実行委員のもう一人の方で、とっても優しい女の子である。


 砂原くんの言葉に、若干眉を顰める檜木さん。彼女は優しいから、きっと僕に気を使わせてしまった事を快く思ってないのだろう。


「それは……良いのですか?三神さん。確かに人手は足りませんが、三神さんのご迷惑になるのでは……」


 申し訳なさそうにこちらに確認を行う檜木さん。


 うん、本当に彼女は優しいな。僕のちょっとした心のオアシスでもある。彼女みたいな優しい人が、地球に溢れてくれたらいいのになぁと勝手に思っている。


「ああ、気にしないで、檜木さん。僕も元々手伝うつもりだったし、なんならこうして声を掛けてくれる事自体光栄だよ。ありがとう、檜木さんは優しいね」


 僕は素直に笑顔を向ける。今度は愛想ではなく、純度百パーセントのものである。


 いやほんとに檜木さんは優しい。マジ神。ゴッド檜木さん。これで少しは前向きに手伝いを行える気がする。


 僕の言葉を聞いた彼女は頬を染める。純粋だなぁ。


「い、いえ、そんな、私なんて……優しいなんて程では……」


 照れなくてもいいのに。彼女の謙虚なところは美徳であるが、同時に勿体ない点でもある。彼女はもっと評価されるべきだろう。一部の生徒の中には彼女の事を妬んで悪評をばら撒く者もいるとの事だし、大人しいというのも見方によっては考えものだ。

 

 そこで、今まで黙っていた神崎さんが口を開いた。


 何やら神妙な面持ちである。


「……私も文化祭準備、手伝うわ」


「おお、良いね神崎さん。一緒にやろう!」


 それは願ってもない事だった。大概の場合、こういった面倒臭そうな役割を進んでやりたがる者はいない為、いつもクラスでの話し合いは平行線をたどる。


 彼女がそれを自分からやりたいと申し出てくれたのは正直有難い。僕はこれで自分の負担が減ると内心喜んだ。


 しかし、そんな歓迎の声を上げたのは僕だけだった。何故か実行委員である砂原くんは微妙な顔をしているし、檜木さんは笑顔のまま静止している。それには何故か覚えのある恐ろしさを感じた。


 檜木さんが口を開く。例によって笑顔のままだ。


「……神崎さん。個人の予定もあるでしょうし、何より三神さんのお陰で少し余裕もできました。無理をされなくても良いんですよ?」


 そしてその言葉に追従するように砂原くんも口を出す。


「そうだぜ。神崎が心配する事でもない。部活だってあるだろう?そうだ、弓道部の大会が近くあるんだってな。そっちを優先したらどうだ?二年なんだし、大会ももう何回も無いだろう」


 大会、か。確かに神崎さんは弓道部だ。それになかなかの成績を納めていると聞いた事がある。我が校の部活動は大抵の場合上位の成績をとっているものが殆どなのだが。


 しかしそれを理由に神崎さんの申し出を断るということは、暗に僕が暇そうだから誘ったとでも言いたいのかな……?何だろう、凄い心が痛む。


「別に大丈夫よ。練習の無い日だったあるし、部活に入っているのは貴方達も同じでしょう。それに少し休んだくらいで腕が鈍るようじゃ、そもそも結果は見えてるわよ」


 髪をファサッ、と撫で広げて格好良くそんな事を言う神崎さん。僕が格好つけてもきっと笑われるだけだというのに、女子である彼女が格好良いのはちょっと狡いと思います。


 そんな彼女を相手に、負けじと言葉を繰り出す檜木さんと砂原くん。何故負けじとしているのかは謎。


「いえいえいえ、本当に無理をしなくても良いんですよ!神崎さんはとっても、とおっっても忙しいでしょうし!」


「神崎が心配するほどのことじゃねぇよ」


「……なぜそうまでして頑なに拒むのかしら。私が、邪魔だから?」


 何故そう言ってこちらを見るんですか神崎さん。邪魔そうにしてるのはどちらかと言うと実行委員の御二方のように思われますが。というか何故この二人は必死に神崎さんの手伝いを頑なに拒むのだろうか。人が増えたら楽になるじゃん。ひょっとして神崎さん、嫌われてるのかな?


「いやいや、僕は!僕はね?神崎さんに手伝って貰ったら凄く嬉しいよ!やる気が有るのは良いことだと思うし!」


「ほら、三神くんもこう言ってるじゃない。他でもない、み、か、み、くんが」


 僕の言葉を聞いた神崎さんは強かな笑みを浮かべ、檜木さんに向けてそんな事を言う。


 これを受けた檜木さんは悔しそうに歯噛みしていた。


 ……これはいったいどういう事でしょう。何だが段々と険悪なムードになってきている気がするのですが。………もうヤダ、おうち帰りたい。


 意味の分からない火花を散らす三人を前にして、僕は非常に帰りたくなった。



 と、そこで教室の扉が開いた。皆が教室の扉の方を向く。

 

 見れば、そこには小学校高学年程の身長をした女子が立っていた。


「あのっ!三神くん、いますか?あの、いらっしゃるのならお返事をお願いしますっ!」


 大勢の視線を受けて、その少女は居ずらそうにしながらも僕の名前を呼んだ。


 天の助けだ。


 何を隠そう、彼女は我が校のれっきとした教師の一人である。その名は黒桜舞乃くろざくら まいの。身長体型から揶揄される事はあるが、穏やかな気性と持ち前の愛らしさで全校生徒に愛されるマスコット的存在である。


 曲がりなりにもと言っては失礼だが、教師に呼ばれたのならば行かなければなるまい。

 

 僕は若干勢いあまり、大きな声で返事を返した。

 

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