第5話 おしおき


「……何か、言いたい事ある?お兄ちゃん」


 現在、僕は四歳ほど歳の離れた妹に正座を強要されていた。その目は厳しい。絶対零度もかくやと言うほどの冷たさだ。超怖い。


 つまらない言い訳をしようものなら、すぐにでも首が飛びかねない状況である。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「あ、あのですね—————」


 そして僕は、事の成り行きを慎重に話し始めるのだった。





£££









「—————っていう訳なんだよ」


「ギルティ」


 慎重に慎重に、刺激しないように言葉を選びながら迂遠な表現を重ね、やっとの事で全てを説明し切った僕に、我が妹は無慈悲な一言で締め括った。


「……まぁ、そもそもこの家にアレがいた時点で、お仕置きは確定なんだけど。……ねぇ、分かってる?お兄ちゃんの体は、オレの物なんだよ?なんで、勝手にさぁ……」


 ぐちぐちと非難の嵐に晒される僕。サキ達はどうも兄である僕の事を物扱いするきらいがある。実際物より役に立たない兄なので何も言えないのですが。おかしみおかしみ。


 アレとは阿羅増さんの事でしょうか。口に出すのも憚られるってことでしょうか。何だか彼女が少し哀れだ。


 そして僕はお仕置き、という言葉に身を固くする。どこの世界に妹に折檻される兄が居るだろうか。


 「……まぁ、いいや。取り敢えずお兄ちゃん、服脱いで」


 サキの"おしおき"は物理的に身に染みる。あと精神的にクるものがある。服を脱ぐのもその一環だ。サキの趣味とも言うが。


 服に手を掛ける。一度は脱がされかけたそれを、今度は自分の手で脱いでいく。


 上体が露わになる。これでもそこそこは鍛えてる為人に見られて恥ずかしいものではないが、妹に真正面からじっくりと見られると不思議な羞恥心が込み上げてくる。


 僕はその感情に負け、思わず顔を赤くして目を逸らしてしまった。


「……ッ!!……ふ、ふぅ、お兄ちゃん?何顔逸らしてんの?しっかりオレを見ろよ。おしおきになんないでしょ?」

 

 サキは興奮したように僕の顔を掴む。そのままグイと自分の顔を見るように、両手で挟み込んで向きを修正する。二つの紅潮した顔が互いに向き合った。


 僕は意識せず、情けなさからなのか、うっすらと涙が浮かんだ。ほんと情けないと思う。すいません、これが兄なんです。


「……は、はぁ、、はぁ、たまんねぇなぁ、お兄ちゃん」


 うっとりとしたような艶のある声で、サキはそう言った。


 僕の妹はサドっ気がある。それはもう凄いサドだ。ドSだ。昔から僕をいじめる癖が治らない。もしかしたら、妹がこんな風になった責任の一端は僕にあるのかもしれない。余りにも情けない兄の弊害といえば、そうなのかもしれない。


 それはそうと絵面がやばい。年下の女子に男が顔面を掴まれ見つめ合っている。それだけでもかなりアウトなのだが、それが兄妹ともなると同人誌でしか見ないような禁忌的なエロティシズムが漂い始めるのだから、堪ったもんじゃない。


 顔が近づく。サキの吐息が鼻にかかる。このままキスでもしそうな勢いである。ちなみに我が妹の口臭事情をカミングアウトさせていただくと、ちょっぴりフルーティーな匂りがするのだからこれまた不思議だ。どうやってその香りを作っているのか見当もつかない。



「ただいまー。お薬持ってきたよー……って!ねぇさん!抜け駆けは良くないよ!」


 鼻と鼻が僅かに触れ合った。その瞬間部屋の扉が開け放たれ響いたのは、弟の天の助けにも似た声だった。


「……チッ。邪魔しやがって。折角良いとこだったのによ」


 盛大に舌打ちをする妹とは裏腹に、僕の心の中では安堵が広がっていた。


 た、助かった。このまま流されるかと思いました。流石に兄妹ではまずいと思います。僕はサキに離された頬をさすりながらグッドタイミングで乱入して来た弟の方を見た。


「もう、おちおち目も離してられないなぁ。前回のおしおきはねぇさんだったでしょ?今回は僕の番だよ。貸してあげるって言ったのは、僕が終わってからだって。全く油断も隙もない……」


 そう言ってやれやれと首を振りながら、溜息を吐くアラタ。


 え?アラタ?まさかアラタがおしおきするの?僕嫌だよ、アラタのおしおき。まだサキの方がマシだ。アラタのおしおきはなんと言うか、何をするかも分からない危うさがあると言うか。普通に劇薬の実験台とかにするんだもん。痛くも苦しくもないけど、超怖い。あと偶に記憶が飛ぶし。


「ん〜、ンフフフフ♪にぃさん今日はねぇ、にぃさんにも効く媚薬を作ってきたんだよぉ〜。嬉しい?偶には媚薬を使ってするのも良いよねぇ〜」


 そう言いながら注射器の点検を始める弟超怖い。


 ちなみに弟は過去アメリカに留学して既に医師免許を取得している。若干12歳の弟がどんな手を使って入手したのかは誠に違和感をを感じているが、その腕は本物である。その事実を身をもって知っているというのが何より恐ろしい。


「にぃさん、ああにぃさん。僕は男だけど、にぃさんの事が、大好きなんだよ?んふふッ、今更言う必要もないよね。あんなに激しく愛し合ったんだもん。僕のにぃさんがにぃさんで、ほんとに良かった」


 支離滅裂な事を言いながらも、テキパキと準備を進めるアラタ。八割くらい理解が及ばない。にぃさんがにぃさんで良かったくらいしか分からなかった。都合の良い事しか聞こえません。何も分かりません。僕はいつも通り現実逃避を始めた。


「……おいアラタ、お兄ちゃんを壊すなよ。オレのものなんだから」

 

 ……僕、一体どうなってしまうのでしょう。壊される?え、壊されるの?僕。


「……何言ってるの?ねぇさん。僕、貸してあげるって言ったじゃん。僕のものだよ?にぃさんも、そう言ってるし。ね?にぃさん」


 言ってません。言ってませんって。笑顔でこちらに確認するのはやめて下さい。ニコニコとしている笑顔が逆に怖いです。サキも睨まないで。アラタが勝手に言ってるだけだよ。


「はぁ?そんな訳ないだろ。お兄ちゃんはオレの物だよ。ちゃんと将来オレの奴隷になるって、約束したんだ。証拠もある」


 そう言って、ボイスレコーダーらしき棒状の記録媒体を取り出す我が妹。例に漏れずスカートの中からズボッと抜き出しました。ほんとにその中どうなってんの?


 ボイスレコーダーらしき物が再生される。


『私ね!私ね!大人になったら、お兄ちゃんを奴隷にするの!それでね!それでね!毎日お馬さんごっこするの!沢山ぶつの!』


『あはは。うんうん、そうだね。うんうん』


 響いたのは可愛らしい無邪気な幼女の声と、能天気な僕の声だった。どうやらその頃からダメ兄貴オーラを出していたらしい。言葉からは既に気力というものが失われかけている気がする。一体僕はいつからこんな風になってしまったのだろう。


 というかこの時期から既にボイスレコーダーまで使用するようになっていたとは。末恐ろしい妹だ。というか妹、昔とキャラ違いすぎではなかろうか。


 これを聞いたアラタが不機嫌そうに鼻を鳴らし、物申す。


「……なにそれ。そんな物なんの証拠にもならないよ。いくらでも合成できるじゃん。それを言うなら、僕だって」


 今度はアラタが、何処から取り出したのかカクカクとしたブロックを組み合わせたような機械を机の上にドンと置いた。僕はその衝撃にびくりと肩を浮かす。


 アラタがポチッと突起を押すと、部屋の壁に映像が映し出された。


 そこには全裸で絡み合っている僕とアラタらしき二人が————————



 ドンドン!と腹の底に響くような衝撃音。硝煙の匂いがする。恐る恐る音の方を振り返ると、サキが四角い機械に向かって銃を乱射していた。


「……なんて物を見せやがる。趣味の悪い。お兄ちゃんの記憶が戻ったらどうしてくれんだよ」


「……あ〜あ。えいぞーくん2号がぼろぼろじゃないか……まぁそんな口約束より、これで僕の方が愛が上だって分かったよね!にぃさんも僕の事が大好きだって、これで分かったでしょ?」

 

 若干引き気味のサキに、アラタが満面の笑みで勝ち誇る。


 それに苛立ったサキがアラタに銃口を向けると、狭い室内で鬼ごっこが始まった。



 突如騒がしくなった室内で、僕は一人考える。



 僕、あんな映像撮られた覚えないんだけど。え?隠し撮り?……もしかしたら合成かなぁ。まぁそうだよね。僕がアラタとあんな事する訳ないし。サキの言う通り、ちょっと趣味が悪い。思わずドキッとしちゃったよ。


 部屋で暴れる弟と妹を見て、僕はまた、いつも通りと溜息を吐いた。


「てめぇいい加減にしやがれ!オレのものだっつってんだろうが!」


「ねぇさんうるさい!誰のお陰でにぃさんを使えてると思うのさ!僕の薬のお陰だろ?」


 ……もう勝手にして下さい。


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