第2話 まずは
さて、突然ですが問題です。僕は誰でしょう。
はい、正解です。
冗談はこれくらいにしておいて、早速本題に入りましょうか。
僕、三神輝はどうやら、困った体質を持っているようなのです。ヤンデレの子に好かれてしまうという。いや少し違いますね。周囲の人間をヤンデレにしてしまう、と言った方が近いでしょう。
例を一つ挙げましょうか
僕にはとても可愛い幼馴染がいます。それはもうとても可愛いです。僕も大好きです。昔、結婚しようねと0.4カラットのダイヤの指輪を交換した仲です。
その彼女、ヤンデレでした。
彼女は僕に媚薬入りのショートケーキをプレゼントしまして、若干10歳にして前科を持ちました。
突然何を言っているのかと言われれば、説明しないわけにもいかないでしょう。要するに、相手のことが好きすぎてとんでもない行動を起こしちゃう困ったちゃんだったと言えばよろしいか。
好きな人の私物を盗んだり好きな人の体液を盗んだり好きな人の恋人を盗んだ挙句に痛めつけたり……まぁ、そんな人達です。人の恋人の性癖を歪めた挙句捨てるのはどうかと思います。
もう少し柔らかめな人もいますが、だいたいそんなものだと思ってくれて構わないでしょう。
他にも似たような例を挙げるとすれば、近所のお姉さんが僕と手を繋いでいた女の子を半殺しにして捕まったり。
クラスの女の子が僕のストーカーを三日三晩続けて警察に通報されたり。
後輩が僕の家に延々と僕を愛してる旨を書いた手紙を送ってきて通報されたり。
かつて僕と手を繋いだ挙句半殺しにされた女の子が賠償請求として僕の人権を要求した結果逆に財産を毟られたり。
まぁ、そんな事があったわけです。
お陰様で僕にはすっかり耐性がついてしまいました。もう大抵のことでは動じないでしょう。
そして悲しいかな、同時に僕には普通の恋愛ができないと悟ったのです。
それが未だ色も知らぬ、15歳の春の話——
£££
僕の経験上、これまで関わってきたヤンデレっ子の中に撤退の二文字を持つ者は存在しなかった。押して引くとかそんな概念は誰も持ってはいない。押して押すこと、それがヤンデレの極意である。知らんけど。
今、目の前でカチャカチャとティーセットを用意している彼女が既に手遅れになってしまったかどうかは分からない。これまでの行動からしてかなりヤンデレの衝動が侵食していることは確かだが、引き返せる地点にあるかどうかは微妙なところだ。
爽やかな茶葉の香りと菓子の甘い香りが漂ってくる。彼女は嘘ではなくお茶の用具を持ってきていたらしい。大きくハートが描かれたお揃いのカップが机の上に並べられる。
「三神さん、甘いお菓子は好きですか?私、沢山作ってきたんです」
魔法瓶から紅茶を注ぎ終えたカップをこちらに回してくる。今度は包みから様々な形のクッキーを取り出す。
作ってきた、とは僕にとっては不穏な言葉だ。今まで僕の為に作られた料理の中には、かなりの高確率で薬が盛られていた。しかし薬の耐性もつき慣れたものなので、最近では普通に食べられるようになってしまった。悲しいやら嬉しいやらよく分からない。
準備が終わる。僕たちは現在、来客用の居間でテーブルを挟んで座っていた。家には僕と彼女以外、誰も居ない。つまり彼女の暴走を止める人間がいないということだ。
僕?僕は無理だよ。止めようとしたら更に酷い事になるのは経験上身に染みている。僕は食物連鎖のピラミッドで言えば最下層のプランクトン程度の存在なのだ。圧倒的強者たる捕食者の彼女達に敵うわけもない。恋する乙女は強いのだ。
「さぁ準備ができましたよ三神さん。一緒に食べましょうか」
捕食者が獲物を前にして、穏やかな笑みを浮かべている。もう恐ろしさも感じない。僕もニコリと笑みを返す。これが慣れというものだよ。
「それじゃあいただこうかな。凄く美味しそうだね。料理上手なんだ」
僕のこの心無い世辞に、とても嬉しそうな表情を浮かべる阿羅増さん。こうして見ると本当に可愛いだけの女の子に見えるのだから、人間とは本当に分からないものだ。
「そ、そんな事はないですよ。沢山練習したおかげですし、まだ三神さん、食べてもないじゃないですか。食べてから感想をいただけると嬉しいです」
そう言って再度笑みを浮かべる彼女。早よ食えと言うわけですね。分かりました分かりました。
僕は無造作にクッキーの中の一つを手に取り、それを口に含んだ。……うん、美味しいんじゃないかな。店売りのものには流石に敵わないが、手作りの良さと言うのか、そんな美味しさがある。
僕は彼女を横目で見る。何故かぶるりと体を震わせ、熱っぽい視線を僕の口元に送っていた。その頬は上気して赤くなっている。興奮してるじゃないですかやだー。
「うん、凄く美味しいよ。本当に沢山練習したんだね」
僕の言葉に、彼女は再度身を震わす。頬もますます赤くなる。口からは少し荒い呼吸が出始めた。理由が何となく分かるのが逆に怖い。
「嬉しいです三神さん。そうおっしゃるなら、どんどん食べて下さい。沢山ありますから。三神さんの為に、沢山作りましたから」
その笑顔の裏に何が隠されているのか、考えるだけで空恐ろしいものがある。が、そんなものいちいち気にかけていられない。うんうんそうだねとうなづきながら、クッキーをパクつく。美味なり。しかし一緒にと言いながらも彼女が一つも食べていないのはなぜだろうか。
そして7個目のクッキーを噛み砕いた拍子、奥歯にガリッと、何か硬質なものを噛んだ感触が広がった。まるで魚の小骨のようなそれをおそるおそる指で取り除く。
多少唾液に塗れたそれは、どこからどう見ても人間の爪だった。
それを見た阿羅増さんが、手を叩きながら嬉しそうに目を細める。
「あ、当たりです!入れ忘れたのかと思いました。入っていて良かったです」
そんな事を嬉々として話す阿羅増さんを珍獣でも眺めるかのような目で見る。
どう見ても当たりじゃないでしょ、これ。ハズレだよハズレ。大ハズレも甚だしい。入ってて良かったじゃないよ。入ってないほうが良かったんだよ。他に何が入っていたのか分かったもんじゃないけど。これ絶対君の爪でしょ。
僕は彼女に視線で訴えかける。普通に美味しいクッキーを焼いてくれるだけでいいんだよ、阿羅増さん。薬とかならまだ良いけど、こういう食感が残るものはダメなんだ。僕はまだその域まで到達できていないんだ。
「あ、すいません。三神さんが美味しそうに食べているのを見ると、嬉しくてつい。ここに来た目的を忘れていましたね」
パン、と掌を合わせながら納得した表情で頷く阿羅増さん。
違う、そうじゃない。いやそうだけど、そうじゃないんだ。確かに早く用事を終えて帰ってほしいとは思っていたけど。
そんな思考を巡らせる僕を置いて、彼女はおもむろに緊張した面持ちで話し出す。もう勝手にやって下さい。
「三神さん、実は、私……三神さんの事が、好きなんです」
うん、知ってた。まさかそんなシリアスに話し始めるとは思わなかったけど、知ってたよ、僕。
阿羅増さんは大仰に身振り手振りをつけて、更に話を盛り上げる。
「三神さん、ああ三神さん、どうして貴方はそんなに素敵なんでしょう。……私、虐められていたんです。クラスの皆んなに無視されて、私と話してくれる相手なんて、小鳥さんか虫さんしかいませんでした。そんな毎日が、つらくて、つらくて、引き篭もっていたんです。教師にさえ見放されていたんですよ、私。………でも、貴方が来てくれました。誰一人として、救いの手を差し伸べてくれなかったのに、貴方だけは、私を、見捨てませんでした。貴方だけなんですよ、三神さん。三神さん、貴方だけが好きなんです。三神さん、三神さん。三神さん、大好きです。本当に、心の底から、大好きです」
僕の名前を連呼しながら、愛を独白する彼女は、虚な靄罹った目に赤い情熱を灯していた。
彼女が虐められている現状については把握している。彼女を復学させるに期して、同時に彼女の校内での居場所の確保もしなければならなかったからだ。その過程で色々と手を回している内に、その話は耳にした。
恋の絡れの問題につき、彼女を許す許さないは別として彼女のクラスに便宜を図りに行ったのだ。
その時に明らかになったのが彼女のいじめである。どうも彼女は嫉妬深く、もとより病んでしまう素養は十分にあったようだった。友人関係でもその性質が発揮され、クラスメイトからは疎まれているようだった。
別に重度としてそれほど酷いいじめでは無かったようだが、彼女はそれによって心を痛めてしまったらしい。
自業自得と言えば、そうなのかもしれない。そんな彼女がまさか、教師に頼まれて説得にやってきただけの僕に懸想するなんて、恥知らずだと人は思うかもしれない。
だが真剣だ、どこまでも真剣な愛。たとえその動機がどうであれ、その結果がどうであれ、僕は彼女達のこういった一途な点は素直に好いていた。僕はどうにも、彼女達のことが嫌いになれない。それが助長を招いているのだと、理解してはいるのだが。
息を吐く彼女。ここまでの事を大胆にも一息に話したのだから、その表情通り緊張も多分にあることだろう。
「三神さん、私、貴方の事が好きです。ですから、私と、どうか、その……男女の仲に、なっていただけないでしょうか」
瞳を伏せ、こちらの回答を待つ阿羅増さん。最初にこの家を訪ねてきた時とはえらい違いだ。随分としおらしい。
僕は別に回答に悩んでいるわけではない。同情もあるが、それでこの提案を承諾したとしてもお互いに辛くなるだけだ。勿論断るつもりでいる。
しかしまぁ、要は断り方の問題だ。こんな局面にも一応の経験はある為、そこまで焦りは無い。僕は出来るだけありのままの感情を、彼女にぶつけた。
「……僕は正直、君の事を何とも思っていない」
びくりと肩を震わせる彼女。しかし、僕は構わず言葉を続ける。説得のためとは言え、思わせ振りな言動をとってしまっていたかもしれない僕の身としては罪悪感がある。
しかし、ここでハッキリとさせた方がお互いのためになると理解している。
それだけが僕の行動原理だった。
「まだ出会って数日だし、学年も違う。君は良い子だけど、それだけが付き合う判断材料になるわけじゃない」
肩を落とし、下を向く彼女。僅かにその腕が動き、自らのカバンをギュッと握る。
痛々しいその姿に、罪悪感が大きくなる。
「でもね」
彼女は少し、顔を上げた。
「……ようは、君との関係を決定づけるだけの時間が足りてないんだ。これから心境の変化が完全に無いとは言い切れない。だから……友達からなんて、どうかな?」
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