ヤンデレがいる日常より
御愛
第1話 来訪
「開けて下さい三神さん。急に来てしまって申し訳ありませんが話したい事があるんです。一目惚れだったんです。あんなに私に優しくしてくださる人なんて初めてでとても嬉しかったんです。開けて下さい三神さん。面と向かってこの気持ちを伝えたいんです。居るのはわかっていますよ三神さん。三神さん開けて下さい三神さん。開けて下さい開けて下さい三神さん。三神さん開けて下さい」
初めはインターホンが連続で鳴り続けるだけだったが、どうやら痺れを切らしたらしい。どんどんドアを叩きながら開けるよう催促してくる。
それは、出会って間もない少女だった。
少女と出会ったのは最近だ。不登校の生徒がいると聞いて、仮にも生徒会に所属していた僕が引っ張り出され、その生徒のお宅に訪問しに行くことになった。そこで出会ったのが彼女、
僕の数少ない特技である話術で見事打ち解ける事には成功したものの、その見返りとして現在こんな状況になっているわけだ。全く世の中とは上手くいかない。
思えば彼女が不登校になっている理由も痴情の絡れというのだから、彼女のこの性質も多少は予想できそうなものだったが、まぁ、今更後悔してもしょうがない。後の祭りである。
「開けて下さい三神さん。開けて下さい三神さん。何時間でも待ちますよ。三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん三神さん」
鬼気迫るドアノックに三神さんコール永続リピートが加わり、僕の耳がゲシュタルト崩壊を起こしている。よく噛まずに言えるものだと感心する。これはアレだな、完全に病んでいらっしゃる。
しかしうちの前で待つのは勘弁してほしい。近所の人の中で妙な噂が立ってしまったらたまらない。これでも真面目な模範生徒で通っているのだ。
僕はドアの前に立つ。此方からのみ見える覗きガラスから相手の顔がうかがえた。日本人らしい黒髪黒目。背は低い。しかしその肌は陶磁のように白く光を反射している。散々家に引き篭もっていた成果だろうか。
僕は強引に入ってこられないようにチェーンを扉横に取り付けると、慎重にドアを開けた。
その途端にガッ!と勢いよく扉に力が込められる。チェーンが音を立てて伸び切った。
そこには虚な目をした彼女が立っていた。半開きの扉から片目だけを出してコチラを窺っている。軽くホラー。どうやら無理矢理ドアを開けようとしたようだ。当の本人は素知らぬ顔で話しかけてくるが。
「三神さん、ああ三神さん。ようやく開けてくれましたね三神さん。あの、差し出がましいのですが中に入らせていただいてもよろしいでしょうか。私、お菓子も持って来たんです。話ついでにお茶でもしようと思いまして。あ、そうです紅茶も持って来たんですよ?冷めてしまうので早く中に入らせて頂いても宜しいでしょうか」
彼女に僕の自宅を教えた記憶は無い。きっと後をつけて来たのだろう。いつの間にかスマホにも連絡先が登録してあったし、その行動力には少し寒気を覚える。君引き篭もってたんだよね?何でそんなにアグレッシブなのさ。
「ごめんね阿羅増さん。ちょっと用事があって、これから出かけなくちゃいけないんだ。本当に残念だけど、お茶はまた今度にしようか」
「それならお家で待たせていただきます。ついでに夜ご飯の用意もしますよ三神さん。こんな事もあろうかと調理器具一式も持って来ているのです。帰りが日を跨いでも大丈夫です。着替えも持って来ていますし、お泊まりの準備も出来ていますので」
僕の言い訳にも動じない阿羅増さん。それにこんな事もあろうかと調理器具一式を持ってくる人なんていないでしょう。そのちっさい肩掛け鞄にどうやったら入るのかとても不思議だ。それに着替えまで用意してるなんてもうアレだね。ヤバいです。
「それじゃあ入りますね三神さん。ドアを開けて下さい。いくら私の体が小さいと言ってもこれじゃあとても入りません。流石にこの隙間は人体の構造的に無理がありますので、はい。開けて下さい三神さん」
そして、この問答はいつまで続くのだろうか。僕は早いところ春休みの課題を終わらせたいのだが。あの担任いつも怠惰な癖に余計なやる気を出しやがって。テストの答案返却ですら丸付けが大変だというのに、冊子数冊分を確認する労力を考えていないのだろうか。
しかし彼女はああ言えばこう言う。梃でもこの場所から離れないつもりだ。いい加減うんざりしてきた。
僕は時間的な効率と彼女が家に入った時のリスクを鑑みて、結局彼女を家に入れる事にした。これはもうしょうがない事だと諦める。彼女のような人種はこれまでの短い人生の中で幾度も見た事がある。その特徴として非常に頑固であるという事が挙げられる。彼女はきっと、僕が首を縦に振るまで延々とこの場に居座り続ける事だろう。
ゆっくりと渋るようにドアを開ける僕を見て、阿羅増さんは虚な目を輝かせた。そのまま一も二もなく体を滑り込ませてくる。そして完全に玄関に収まったところで、上品に服のよれを直した。
今更取り繕っても遅いと思うんだけど。
「三神さん、お招きいただきありがとうございます。今夜は精一杯励ませていただきますので、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
そう言って笑顔を弾ませ、礼儀正しく頭を下げる阿羅増さん。これだけ見ればキチンとした年頃のお嬢に見えるのだろうか。
僕招いてないんだけど。君、強引に入って来たじゃない。それに一体何に励むと言うのだろうか。
白い目で見る僕をよそに、彼女はキョロキョロと家内を見渡す。僕の家はそこそこ広い。兄妹全員が持っている個人の私室もあるし、バストイレだって各三つある。目立った装飾などは無いが室内には埃一つなく、全て清潔に保たれている。別に装飾にまで回す金がなかったと言えばそうでもないのだが。
僕は黙って彼女を案内する。僕の部屋にではない。来客用の居間だ。彼女が僕の部屋に来たら、一体何をするだろうか。荒らされそうで少し怖い。
「三神さん、お金持ちなんですね。凄く立派なお家です」
感嘆する彼女の言葉に、僕は首を振って否定する。
「別に立派なんてものじゃないよ。父さんは質素なものを好むし、母さんは倹約家だ。家にもそれほどお金を使ってないと言ってたし、そんな凄いものでもないと思うけど」
僕の言葉に、阿羅増さんが反応する。何か物言いたげだが、短い言葉からはその真意を読み取る事ができなかった。
「三神さん、お金持ちなんですね……」
「だからそうでもないって」
まぁ、家の事なんて今はどうでも良いんだ。問題は彼女。今も薄く微笑を湛えながら舐めるようにじっくりと僕含む家内部を見回している彼女だ。どうやって穏便に帰ってもらおうか。弟や妹が帰宅したら絶対にややこしい事になる。僕も偶にはゆっくりしたいのに……。
おっと、愚痴が漏れそうになった。今は目の前の事に集中だ。幸い彼女との関係は未だ浅い。関わった時間の短さは簡単に埋められる物ではないし、彼女も幾分かは躊躇する事だろう。先送り的な発想だが、このままつかず離れずのちょうど良い距離感を保ちながら、今日は何事もないうちに帰ってもらおう。うん、そうしよう。
……と、そんな事を思った僕は、まだ甘かったのかもしれない。
これまで散々酷い目に遭ってきたというのに、まるで彼女"たち"の事を理解していなかったのだから———————
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