第5話 アオイと副島
アオイさんが帰ってから暫くして、ユイの「予言」通りに、副島さんから電話があった。何事もなかったかのように、平然とユイは彼からの見合いの報告に耳を傾けていた。
「ハイ。ハイ。ああ、そうですか・・・」
ユイの表情に、このときも、いっさい変化はなかった。そっけないユイの対応ぶりに、逆にルカは緊張を覚えた。副島さんの声は、ルカの耳には届いていなかったが、ユイの対応から、彼はすぐにでも結婚を前提にお付き合いに進みたい、と考えていることが分かった。
副島さんの話が終わったタイミングを見計らって、ユイはアオイさんの意向を伝えた。事務連絡-まさにそんな口調だった。ユイの簡単な説明が終わると、少しの間、奇妙な間があいた。彼はどうやら絶句しているらしい。
ルカは笑みがこぼれるのを抑えられなかった。もちろん声には出さなかったが、心の中で呟いていた。
(自業自得・・・。イケメンでハイスペックな男は、どうしたって自己チューになりがち。じゃなきゃ、お見合いの席であんなマウントの取り方はしない。どれほどアオイさんが傷ついたか彼は気づきもしない。だから、のうのうと、本交際したい、なんて言えるのだ。大どんでん返しに、思いっきり絶句すればいい。でも、なぜそうなったのか多分理解できないだろうな・・・。これから彼は、どう出てくるんだろう?)
そこまで考えて、ルカはワクワクするような高揚感を覚えた。好奇心の塊-そんな気分を味わっていることが、ルカ自身、驚きだった。
人への好奇心なんかとは、無縁に生きてきた27年間の人生だった。
「・・・ええ、ええ。全くもって同感です。副島様のように素敵な方をお断りしてくるなんて、私も想定しておりませんでした。・・・ハイ、ハイ。そうですね。心外だ、とお怒りになる気持ちはよく分かります・・・」
ユイが相手をなだめようとしているような言葉を耳にして、ルカは目を丸くした。予想を遥かに超える副島さんの反応が驚きだった。モテる男としてのプライドを隠そうともせず、見合いの不成立に、怒りを剝き出しにしているらしい副島さんという男性に、理解を超える未知との遭遇を果たしたような気分を味わっていた。
それと、相手の気持ちを汲もうとする、その言葉とは裏腹に、どこまでもクールなユイの声質と表情が、改めてルカには新鮮だった。くどくどと怒りをぶちまける副島さんの訴えに、ユイはうんざりするそぶりも見せず、根気よく、静かに耳を傾け続けた。今は、相手の毒を吐き切らせるとき。それ以外のことは一切無駄。毒を吐き切って、初めて次のステップに進めることを、ユイは経験から学んでいた。
さすが、結婚相談所の所長だと感心しつつも、果たして落としどころをどうするのか?ルカはその成り行きを注視した。
「見合いはせいぜい二時間程度です。それ以上長く続けても、お話が進展するようなことは、まずありません。わずか二時間の会話で、お互いを深く理解し合うことも、まず不可能です。互いを気に入るか、入らないか、それを決めるのはご縁だとしか言いようがありません。副島さんがどれほど素晴らしい男性であっても、人生の伴侶として、絶対に選ばれるかと言えば、残念ながらそうとは限りません。ご縁がなければ、話がまとまることはありません。ご縁に恵まれるときを待ちましょう。
副島さんほどの素敵な男性です。きっと副島さんにふさわしい女性との出会いがあるに違いません。
私も副島さんにふさわしい女性をご紹介できるよう、尽力してまいります。ご紹介したい女性が現れたときには、多少なりともアドバイスさせていただきたいと考えております。
どうでしょうか? ご理解いただけたでしょうか?」
立て板に水、ではなく小川が絶え間なくさらさらと流れるような口調で、ユイは語った。
毒を吐き切っただけに、ユイの言葉は彼の耳に抵抗なく流れ込んでいったのだろう。その後のユイの対応から、彼との会話は、今後の婚活をどうしていくのか、という次へのステップへと自然に進んでいったように、ルカには感じられた。
その間、およそ一時間。コミュ力、人間力、そんな世間一般でよく話題になる能力の実例を、目の当たりにしたように、ルカには思われた。
(そんなの、どっちも、私には全然・・・)
と、自己嫌悪に陥りかけたとき、副島さんからの電話が切れた。
「紅茶、淹れましょうか?」
と、ルカはユイをねぎらうつもりで、声をかけた。ユイの顔に微笑が浮かんだ。
「そうね。あなたお得意のルカブレンドをお願い。いつもより濃いめにね。あなたの淹れる紅茶は格別なのよね。魔法でもかけてる?」
と、あながち冗談でもない口ぶりで、ユイは聞いてきた。こくん、とうなずいて、ルカはキッチンへと向かった。
茶葉をブレンドしていると、ルカの心の中に、ある思いが広がっていった。
(私にはコミュ力や人間力はないけど、おいしい紅茶なら淹れられる・・・)
少しだけ救われたような気分になった。
そんな気分を噛みしめていたとき、ユイから思いも寄らぬ言葉を浴びせられた。
「ルカ。あなた、ずいぶんとアオイさんに肩入れしてたようだけど、それってどうなの?もう少し、冷静に彼女のことを観察した方がいいんじゃない?」
ルカの手が止まった。
「あの人には悪いけど、動画を見合いの席に持ち込んで、お相手がそれを望んだ通りに評価しなかったからといって、あんなにも落ち込んだり、怒ったり・・・。ちょっと過剰反応なんじゃないかしら?副島さんのマウントのとり方も、いただけないけどさ。彼女の思い込みも相当なレベルで、自分大好きという点では、アオイさんも副島さんも同類よ」
いきなり、頭上から冷水をぶっかけられたような衝撃を、ルカは覚えた。
ユイの冷ややかな言葉は続いた。
「お似合いの二人だと思ったのは、私のミスで、単に似た者同士だったのかもしれないわね」
ユイの言葉と同時に、あの人形がたてた、木の割れる音が幻聴のようによみがえってきた。
(警告・・・。このことへの警告だったの?
この人形には、二人がうまくいかないことが分かっていたの?)
思い出したように、茶葉のブレンドを再開したルカだったが、考えの焦点は結ばれなかった。その空白をつくようにして、ユイと初めて出会った日のことが思い出されてきた。
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