エピタフ・オンライン(仮)

崖淵

第0話-1

ボクは大学構内にある食堂で、ボーッとスマホを眺めていた。直射日光を避けるために食堂のど真ん中の席を占領している。


既に時刻は14時を過ぎ、学生の姿はまばらになっているので、別にボクがど真ん中に居座っていようと、食堂を利用している学生はボクを避けて席を確保するだけの話だ。


「とうとう明日かぁ…」


楽しみにしていたゲームのサービスが明日になった瞬間、日本標準時で00時00分に開始される。


普段はゲームなどしないボクだったが、そのゲームの謳い文句である「新世界がそこにある」に惹かれてしまい、30万円もする筐体ごと購入してしまった。


大学生になる直前から始めたバイトの給料を全て、そして親に借金をしてまで購入したのだ。


実家はいわゆる中流家庭で、どうやってかボクの学費と家賃と食費を用意してくれている。そんなお金がどこにあるのか分からないけど、大学に行く気がなかったボクに無理矢理家庭教師をつけ、無理矢理大学受験させたのは両親だし、甘える事にはなんの抵抗も感じていない。


親からの借金はバイト代で返すつもりではあるが、明日からゲームに没頭する予定なので、バイト代がどの程度稼げるか不明だ。


それに、もし課金要素があった場合に備えて貯金をしておかなければならない。バイト代が入ったからといって借金返済をするのは当分先だろう。


「気乗りはしなかったけど、大学に入ったからには一応卒業するつもりだし、許してね」


誰に言うでもなく、虚空に向かって懺悔(?)をしておく。


30万円もする筐体を買わせておいて、更に課金要素があるなんて考えたくはないけど、ある前提で考えておかないと取り返しがつかないかもしれない。


新しくサービスが始まるゲーム、「エピタフ・オンライン(仮)」は前情報が非常に少ない。課金要素については勿論、ゲームシステム、キャラクターメイキング、登場キャラクターなどなど、ほぼ発表されていない。


何故そんな状態で30万円も払う気になったのか疑問に思う人もいるだろう。


簡単だ。圧倒的な映像美、そこにゲームの良さを感じた。更に、既存のVRMMOにはない、五感のフィードバックが完璧に行われると言うのだ。


そんなことが本当に可能なのか?ボクには全くわからなかった。なんせゲームというものに全く関わらずに生きてきたのだ。


キャラクターメイキングや、VRMMOという言葉もつい最近になって知った。


しかし何も知らないボクでもわかった。


"このゲームの映像は常軌を逸している"


そこに"新世界"を感じたのはきっとボクだけではなかったのだろう。全世界で1万名の先行プレイヤーが募集された中、応募人数は500万人を超えたそうだ。


それがどれほどスゴいことなのか、ボクには分からなかった。でも、ほとんど情報が無い中で500万人の心を動かすということが"異常"な事だけは想像がついた。


「新世界か…、ボクは変われるのかな」


「ヒカリちゃんは変わらなくていいんだよ?」


「!?」


いきなり声をかけられてボクはいつかぶりのケツ浮き体験をしてしまった。


「そんなに驚かなくてもいいのに。さっきから隣に座ってたよ?」


いつの間にか隣にいたのは、えっと…そう、同じ学科の同級生である"榊 アメ"さんだ。そうだ思い出した。


「今、一瞬名前忘れてたでしょ…?」


ジトっとした目でボクを見つめてくる榊さんの顔はこざっぱりとしたというか、無駄のない綺麗さを持っている。

豪華な綺麗さ、目立った可愛いさは無いけど、顔の全てのパーツが整っているから美人としか言えない、そんな美人だ。


彼女と知り合ったのは同じ学科の必修科目の講義でなのだが、必修科目の講義ともなると、同学年同学科のほぼ全員が訪れることになるわけで、


何故ボクは彼女と知り合ったんだったか。


「こんにちは榊さん。どうかした?」


ジト目で見つめ続けてるくる彼女を無視して、逆に質問することにした。


「別に?ちょっと遅めのご飯を食べに食堂に来てみたらヒカリちゃんがいたから声をかけただけだよ?」


過激な人なら「質問を質問で返すなあーっ!!」と言いながら額をグリグリしてしまうような恐ろしい行為だったけど、彼女はそんな人ではなかったようだ。


「うん。まあそれは別に構わないんだけどさ、ボク達って"ちゃん"付けで呼ばれるほど仲良かったっけ?」


「サラッとドライな発言できるとこ、結構好きだなーっ」


割りと辛口な発言をしたつもりだったけど、軽く受け流されてしまった。まるでボクが大人気ないみたいじゃないか。


「ボクが悪かったよ。だからそういう童貞を殺すみたいなセリフはやめてほしい。殺されちゃうから」


「もーっ!ヒカリちゃんは女の子なんだから殺されるわけないでしょ!」


「ボクは男だ!」


「そうやっていつまでもワガママ言ってちゃダメよ?」


「発言が親目線みたいになってるけど、ボクは正真正銘の男だ!」


「私はね、ヒカリちゃん、メンタリティの話をしてるんじゃないのよ?」


「センシティブな話題にするんじゃない!ボクは精神も肉体も普通に男なんだよ!」


ボクの全力抗議で榊さんは寂しそうな、いやアレは可哀想なモノを見る目だ。絶対にそうだ。


「はぁ…。もういいよ。ちょっと配信観てるから静かにしてて…」


ボクはこう見えて忙しんだ。今晩から始まるゲームの情報を今まさに生配信で確認しているのだから。


ただでさえ情報が少ないんだし、少しでも配信から事前情報を仕入れたい。


スマホの画面の中では、アナウンサー的な人がインタビュー形式で、開発者から情報を引き出そうとしているようだ。


「ふーん。配信ねー。なんの配信…、あー、ニュースにもなってたゲームだね」


「そうだよ。『映像美がスゴい!』くらいしかわかってないのに話題が話題を呼んでバズってるんだよ。だからちょっとでも情報が欲しいんだよ。お願いだからそこで黙ってじっとしててね?」


「そんなこと言って〜、構って欲しいのは分かってるんだぞ〜」


「明確に自分の意思を表明しているんだから勝手に覆すのをやめてくれ」


───


小一時間榊さんに絡みつかれている間に配信は終わってしまったようだ。


「全く内容が入ってこなかった…」


「元気だしなよ?私が慰めて上げるからさ?」


「自分で元気を奪って、自分で元気を補充する。なるほどよく出来たビジネスモデルだね…」


「急に難しい話されてもわかんないよ?」


小首を傾げる彼女の顔はとても綺麗なのだけれど、無味無臭のその美しい顔には色気というものが感じられない。


これだけ美人なのに不思議だ。男なら彼女に声をかけられるだけでも緊張しそうなもので、ボクは今大変なご褒美タイムのはずなのに、


「特に何も感じないんだよな」


小声で言った僕の独り言は彼女に届かなかったようで、「慰める」と言っていたはずの彼女は既に食券機の前にいた。


「遅めの昼食を」と言っていたし、別に否がある訳ではないけど、普通いきなり消えて注文しに行くか?


落ち着いて配信を見たいが為にこんな時間の食堂に来たのに、彼女のお陰で全くの無駄になってしまった。


そろそろ帰るとしよう。今日は講義これから講義も無いし、既に筐体のセットアップは終わっているけど、もしかしたら抜けがあるかもしれない。


念の為に手順書を最初から確認して、0時からのサービススタートに備えて準備を整えておこう。


「帰ったらまずはシャワーを浴びて、晩御飯の準備をして、筐体の再確認をして…」


ボクがブツブツ言いながら帰り支度をしていると、


「あれ、もう帰っちゃうの?講義は?」


きつねうどんの丼を素手で持った榊さんが戻って来たようだ。いや、熱くないのか?普通トレーを使わないか?


「あっ、ああ、午後はもう講義が無いんだよ。だから帰ってゲームの準備をしたくてさ」


「いや、講義あるんじゃん。私と同じの取ってるでしょ?心理学のやつ」


「あーあれね。あの講義は出席もとらないし、テストも無いらしいって聞いてたから取っただけだし、1回も行ったこと無いよ」


それぐらい同じ講義取ってるならわかるんじゃないのかな?あれ、じゃあなんでボクが同じ講義取ってるの知ってるんだ?


「あー、私も1回も行ってないから分かんなかったや」


てへへ、と照れる彼女の美しい笑顔からはやはり魅力を感じられなかった。


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