いけ好かない女と、甲斐性無しの男

 ――ジャンブルポール 中央街西部 飲食店通り――


 荒くれ者共が跋扈ばっこし、抗争が絶えないと思っていたこの街にこんな場所があったとは。話には聞いていたが、この中央街を最奥街と比べたなら、天と地程に平和な街並みであるように見受けられる。


 辺りには幾つかの物を売る露店が並び、その中央には誰もが座れるように用意された椅子やテーブルが設置されていた。こんな街で、一体誰がこんな物好きな真似をしたというのだろう。


 しかし道を行く人の数は疎ら。それも今は昼時だというのに、どの店員もどこか暇を持て余している風だった。やはりおいそれと一般人が歩けない程度には、この街は平和とは縁遠いということなのだろうか。


「ジャンブルポールのデブリストリートではここ数年、マフィアの五大勢力が様々な利権を巡って抗争に明け暮れていると聞いていました。中央に向かう程に野蛮な者が多いようですが、ここは比較的静かで落ち着ていますわね。とは言え、私のような高貴な者が食事をするにはいささか粗雑そざつではありますが」


 テーブルを挟んで向かい合った女が言う。周囲には三人の従者と思わしき執事とメイドが待機しており、三人が三人とも、およそ給仕をする為に雇われた者とは思えないような圧力を発していた。


 そして目の前の女も同様。否、他の三人を差し置いて放たれる闘気の圧を見るに、ただのお嬢様という訳では無いらしい。一対一ならば遅れは取らないだろう。が、自らの姿を晒した状態で、それも日の高い内に多数を相手にするともなれば、流石に分が悪と言わざるを得ない。


「そんなに警戒しないで下さい。私はただ、貴女にとって良いお話を持って来たつもりなのですから」

「……お前は誰で、目的はなんだ?」

「まぁ、乱暴な話し方。そんなことではせっかくの可愛い顔が台無しですわ」


 目の前の女が言った言葉が、あの男の言葉と重なって聞こえた。このとき私は、胸の奥底でざわつくなにかを表に出すまいと必死に堪えていた。


「失礼、無駄話が過ぎましたわ。私の名前はパトリシア・ハンバート。アクセルギアメーカー、Humbert Designs Weaponの社長令嬢ですのよ。当然、名前くらいはお聞きになったことがあるでしょう?」

「……名前くらいは、な」

「結構、それなら話が早いですわ。私は今、ある事情があって強いジニアンを探していたところだったのです。マフィアの抗争が絶えないこの街でなら、一つや二つ、そんな人材を見つけられると思っていたのですが。どうやら、私の考えは間違っていなかったようですわね」

「待て、話が見えないが?」

「簡単な話ですわ。私は良質な武器を提供できる。そして強い人材を探している。つまり貴女は幸運にもこの私に選ばれたのですわ。ほら、簡単なことでしょう?」


 これだけの情報では意図も本質は見えないが、目の前のこの女は、どうやら私のことを戦力としてスカウトしているらしい。


 しかしこの話し方、好条件さえ突きつけさえすればどんな相手も二つ返事で付いて来ると思っている人種のようで、私はどうにも気に食わなかった。


「興味は無い。他をあたるんだな」

「あら、もしかして貴女、もうどこかの組織に所属していますの?」


 している……と、言っても良いのだろうか。事務所を立ち上げると言ったきり、未だにあの男は一つも仕事らしい仕事をしていない。理念も方向性も不明瞭で、挙句は自分の事務所に名前すら付けていないという始末だ。そんな今の私に、どこかの組織に所属していると言う資格があるのだろうか。


 ……。…………。


 まず、改めて情報を整理してみよう。目の前のこいつは初見で人を物扱いするようないけ好かない女だが、大手武器メーカーの社長令嬢という確かな地位と、恐らくそれなりの戦闘力を有している。どういう目的で私を勧誘したのかは未だ測りかねるが、少なくとも、根無し草なあの男の下に付くよりはマシな待遇が約束されているだろう。


 ならば話は簡単だ。今までしてきたように、利口で、合理的で、リスクの少ない方を選択するだけで良い――。


「……少し、考えさせてくれ……」


 …………?


 待て、私は今、なんて言った? 考える? どうして私はそんなことを?


「……ま、良いでしょう。ただ私もこんな粗野な場所に長居したくはありませんので、期限は今日より三日とさせていただきます。三日後の今日と同じ時間、この場所でお返事をもらえるかしら?」

「……あぁ」


 私は自分の言った言葉を訂正するでもなく、女の誘いを断るでもなく生返事を返すと、立ち上がってこの場を立ち去ろうとする。


「そうそう、言い忘れていましたが、お支払いする報酬は貴女が今現在所属している組織の二倍をお支払いすることをお約束しますわ」


 去り際、背中越しにそんな言葉を投げ掛けられる。


 二倍、か。私がどれくらいの報酬を受け取っているかも知らないで……。


 そんな酷く自虐的なことを考えながら、再び私は自らの気配を消すようにして歩き始めた。



 ***



「……お嬢様、あんな野良犬など拾わなくとも、私キーツとエルシーがおりますのに……。どうしてあのような小娘を?」

「キーツ、エルシー、勿論私は貴女たち二人を信頼していますわ。それにウィンソープ、貴方のこともね。ただ、私がこれから成し遂げようとしていることは決して容易くはないのだと、貴女たちも分かってちょうだい。私はただ盤石を期そうとしているだけ。それだけなのですわ」

「ハ、ハハ! 差し出がましいことを言いました! どうかお許し下さい、お嬢様……」

「構いませんわ。さぁ、そうと決まればあとに十人は連れて帰りませんと」

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