Best Night in the World
その街は、“明るい”などという言葉だけではとても言い表せない程に膨大な光で満たされていて、どこからともなく生み出された光の束が街に注がれるこの光景は、まるでスクリーンのように見立てた街を、あらゆる配色で着飾っているかのようだ。
そんなある種、狂気にも似た光の中を、自らはそれらの色に塗り染められるまいと主張する黒塗りのリムジンが、真昼よりも遥かに眩い街の中を進んで行く。車窓から見渡す外の景色は、世界中のあらゆる文化を模倣して建造されたホテルに劇場、映画館にレストラン。中でも特に目に付くのは、様々な様相をしたカジノ、カジノ、カジノ。娯楽に富み、人間の快楽を満たす為に設えられた施設が、この広い街の中に限りなくどこまでも立ち並び、列を成す。
そんな街を行く者たちは、誰一人として
***
窓の外に広がる異様としか言えない光景に目を奪われて暫くした頃、私たちの乗った車が徐々に速度を緩め始めた。そうして車が完全に停止すると、素早い足取りで運転手が後部座席のドアを開けてくれる。
「お客様、目的地へ到着いたしました」
「ありがとう。ただ、どれくらいで戻るのかはちょっと見当が付かないんだが」
「でしたら私は近くで待機していますので、お戻りなったのを見計らってお迎えいたします」
「助かるよ。何せ女物の服を選ぶ買い物でね。それじゃあこれを。待っている間はあんたも好きにしていてくれ」
「ありがとうございます。それでは、世界一の街、イルミナスの夜を心ゆくまでお楽しみ下さい」
そう言うと、チップを受け取った運転手はどこかへと車を走らせる。私たちが降り立ったその場所には、まるで古いおとぎ話にでも出てくる宮殿のような外観をした店が佇んでいた。店を行き来する客層の大半は女性が占めていて、その殆どが
「……あの、シャロ? ここが、目的地? どう見ても、少なくとも私には場違いだと思うんだけど……本当に?」
「イルミナスでも屈指のブティック、
「…………、んなるほど! この間はテーラードで剣を買ったんだから、今日はブティックで銃を買うんだ! そうなんでしょう⁉」
「フッ……で、では、今目の前で男の腕を引いている女性たちは、全員機関銃を求めてこの店に入っている、ということですね……ククッ……」
「この短期間で、雫は随分とアメリカンジョークが巧くなったじゃないか。なかなか良いセンスをしている」
「だ、だって‼ そうでないとしたら、い、
一体何をしにこんな場所へ来たっていうんですか⁉」
「ブティックなんだぞ、服を買いに来たに決まっているだろ」
「クフッ、クククッ……雫は私を……わ、笑い殺すつもりですか……」
服を買いに来た? 上はミリタリージャケットで、下はジーンズの、私が? この店で? いやいやいや、そもそも私はこの店に入ることすら許されないのでは? まず店構えからして、私の装備レベルでは入店を拒絶されるような
………………。
どう考えても場違いだ。そう思うと、次第に私の傍を通る客たちから嘲笑にも似た笑い声を向けられているような気がしてきて――。
「さ、早く中へ入りましょう。予約の時間に遅れますわ」
「ちょちょ、ちょーッと待って‼ この店に入る前に、服を買う為の服が欲しいんだけど‼ 先にどこか別の場所で服を買う時間をちょうだい‼」
「まぁ、雫の言わんとしていることは分かります。ですがここのオーナーは、今雫の気にしているようなことを問題視するような人間ではありませんので、雫も気に留める必要はありませんよ」
「で、でもさぁ‼」
「ほーら、もたもたしていると夜が終わってしまいますわ」
「あっ、あー⁉ ちょっと待ってってばー‼」
シャロに腕を掴まれてグイグイと引っ張られると、抵抗も虚しく私は店の中へと引っ張り込まれてしまった。すると、そこは――。
「「「いらっしゃいませー! ようこそ、不滅の幻影館へー!」」」
ドアを潜ると、ファッショナブルな制服に身を包んだ店員たちの弾むような声と、満面の笑顔に出迎えられる。入店した私たちに向かって一糸乱れず
「良く来たな、シャーロット。歓迎するぞ」
そう言って華やかな店員たちの間を掻き分けるようにして現れたのは、黒とゴールドの
「久しぶりですね、ダン。健在そうで何よりです」
「お前もな」
「紹介します。彼はダン・モーレンジィ。このブティックのオーナーにして、アリーナコロシアムの闘技者ですわ」
「は、初めまして。雨衣咲雫と申します……」
「よろしく、雫」
「は、はひっ……」
差し出された手を握って握手を交わす。するとその瞬間、最初に抱いたエレガントという印象が払拭され、私の頭の中に、硬く、鋭く、それでいてしなやかな鋼の剣のようなイメージが沸いてきた。
「なるほど、この娘か。なかなかの逸材だ」
「えぇ。電話で話した通り、ドレスを一つ見繕っていただけますか」
「希望は」
「色はブルーを基調としたスマートエレガンスなものを。可愛らしさを見せつつ、少し背伸びをする少女のようなニュアンスがあると尚ベターですわ。ついでにメイクもセットで」
「承知した。ドレスに合ったものを用意しよう」
「お任せしますわ」
「が、一つ条件がある」
「条件……というのは、まさか……」
「そう、お前たちにはVIPルームで踊ってもらいたい」
「嫌で――」
「俺の条件を飲むなら代金はいらん。それならどうだ?」
「…………」
「良いじぇねぇか、踊ってやるくらい」
「バレル、余計なことを……」
「こっちだって突然無理を言って押しかけて来たんだ。なら、それくらいの頼みは聞いてやるのが筋ってもんさ。相手が昔馴染みなら、尚更にな」
「…………、今日だけ、ですわ」
「助かる。VIPたちも、シャーロットが戻って来たと聞けば大いに喜ぶだろう」
「客を楽しませるのは本意ではありませんが、やるからには手は抜きませんのでご安心を」
「うん。それと、そこの彼、名前は?」
「俺か? 俺は、…………、ダレンだ」
「バレル・ダレン……いや、ダレン・バレルか?」
「そういう訳じゃないんだが、ちょっと訳ありでね。ここではただのダレンってことにしてくれると助かる」
「良かろう。ではダレン、君には俺と踊ってもらいたいのだが」
「踊るって……俺が、あんたとか?」
「ダンスが苦手なら無理強いはしないが、駄目か?」
「……いいや、ダンスは得意さ。ガッカリはさせないぜ」
「それは
「はぁーい! 本日の
「「「行ってらっしゃいませー!」」」
舞台劇演じるかのような店員に見送られると、私は状況を飲み込めないまま店の奥へ、奥へと連れて行かれる。
「シャ、シャロ……?」
「安心して下さい、雫はただ堂々としているだけで良いですわ」
「いや、堂々って言われたって……」
「問題ない。脱がすのも着せるのも、うちのコーディネーターが全てやる。事は雫が観客の数を数え終える前に済むだろう」
「えっ、脱がす、着せるって……それに、観客……?」
「ラッキーだったな雫。こんな機会は滅多にあるもんじゃない」
「あの、これから何が起こるのか、バレルさんは知っているんですか?」
「“
「……ドレッシング?」
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