Perfetto Sartoria

 ――ジャンブルポール中央街 中部 リッチビューストリート――


 夕暮れ時の街を三人で歩く。辺りを見渡せば街灯が道を照らし、歩道は綺麗に舗装されていた。どの建物も古さを醸し出しながらも垢抜あかぬけていて、ジャンブルポールで最も安全とされている中央街の中でも、ここは特に治安が良い場所なのだろうと思い至る。


「ここだ」


 バレルさんに促され立ち止まったその場所にあったのは、周囲に溶け込むようなレトロで上品な外観をした建物で、とても武器を売っている店には見えなかった。さっきバレルさんはテーラーに向かうのだと言っていたけれど、まさか本当に服を買いに来たとでもいうのだろうか。


 ……。…………。


 いや、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。今日まで二人を観察していて分かったのだけれど、この二人、普段からとてもお洒落なのである。それに対して今の私の服装はと言えば、いつも履いている飾り気の無いジーンズに、いつも着ている武骨なコートの組み合わせ。実に地味な出で立ちだった。もしかして、そんな私を見かねて二人はこの場所へ連れて来てくれたのだろうか。


「どうしました雫、ボーっとして」

「あっ、えっ……い、いや、なんでもないよ」

「ほら、冷えるから中に入るぞ」


 そう言うと、バレルさんは慣れたように店のドアを押し開ける。開かれたドアの先、そこには想像していたような衣類の類などは一切置いていなかった。あるのは、武器、武器、武器の類ばかり。ただそのどれもが置く、陳列されているというよりも、それはまるで美術品でも展示しているかのよう。ならばこの空間、この様相は武器屋というよりも――。


「毎回思うことですが、ここは武器屋というよりも美術展のようですわ」

「うん……本当、そんな感じ……」

「売っている物は全て物騒な武器であることに変わりはないけどな」

「一つ一つの本質を理解して、機能美きのうび、装飾性、製作者の意図を人の目に映るようにすると、同じ武器でも輝き、美しく見えるものなのよ。いらっしゃい、ストーンヒルの皆さん」


 店の内装に見とれていると、奥からきびきびとした足取りでネイトさんが私たちの元までやって来る。ただその服装は朝に見た奇抜なものではなく、カッチリとしたフォーマルなジャケットとベストに身を包んでいた。


「悪いなネイト、遅くなって」

「気にしないで、丁度今店を開けたところよ」

「あっ、ネイトさん? どうして、ここに……」

「どうしてって、ここが私の店だもの。ようこそ私の城、Primaプリマ Dresseドレッサへ」

「ここが、ネイトさんのお店だったんですね……」

「あら、二人から教えてもらっていなかったの?」

「あぁいえ、テーラーだとは聞いていたんですけど。なんて言うか、色々と頭が追い付いていなくて……」

「もぅ、来るまで秘密にしているなんて、二人とも意地悪よね」

「なぁに、楽しみは最後まで取っておいた方が良いだろ?」

「そもそも、この場所を口で説明しろというのに無理がありますわ」

「それは誉め言葉として受け取っておくわ。ところで雫ちゃん、さっきここを武器屋と言ったけれど、それは少し違うわね。ここは仕立て屋で、私が仕立て人サルトリア。最高のスーツやドレスを見繕うように、武器を提供するのが私の仕事よ」

「あの、ネイトさん、今日一日、二人に付き合ってもらって武器を探してみたんですけど、それでも、私に合う物が見つからなくて……」

「雫ちゃんの武器を選ぶのが、貴女を良く知りもしない私では不安、かしら?」

「い、いえ! そうじゃないんです! …………、ただ不安と言うか、バレルさんやシャロみたいな凄いリベレーターでも見つけられないのなら、私にはアクセルギアを扱うことができないんじゃないかって、そう思ってしまって……」

「なるほど、確かにそこの二人は戦闘のプロだわ。それこそ達人と言っても良いくらいに。でもね、この二人が戦闘のプロであるように、私は仕立てのプロ。そんなプロとして断言するわ、雫ちゃん、貴女にきっと見合う剣を用意してみせると」

「ネイトさん……」


 ウィンクを一つして、そうネイトさんは言い切った。そこには微塵みじんの淀みも無く、言葉からは強い自信が感じられる。その言葉で、表情で、ここへ来るまでに感じていた私の不安は完全に消え去っていた。


「おいおい、簡単にそんなことを言って良いのか? 確かに俺たちは武器選びに関しては素人かもしれないが、それでも一日かけて雫の武器を見つけられなかったんだぜ?」

「そうね。だから貴方たちはわざわざ雫ちゃんの武器を求めてここへ足を運んだのでしょう?」

「……まぁ、そうだよ……」

「それこそ大方、ここへ来る前に雫ちゃんの武器を選んで、私を悔しがらせようなんてことを考えていたりもしたんじゃないのかしら?」

「……お前、実は今日俺たちの後を付けていたんじゃないだろうな……?」

「冗談のつもりだったのだけれど、本当にそんなことを考えていたのね」

「……んんッ! あー……、それよりネイト、俺と一つ賭けをしないか?」

「賭け、ね。それって、私が雫ちゃんに武器を見繕えるかってことかしら?」

「いや、この店で目的の武器が見つからないなんてことは無いだろう。そこはちゃんと、あんたを信用しているよ。そこで勝負の内容だが、ネイト、あんたが何回で雫の武器を選べるかって内容でどうだい?」

「あら、光栄だわ。だけど良いの? バレル貴方、つい最近結構大きめの借金をしたんじゃなかったかしら?」

「……それを言うなよ。それに、俺が勝てば問題ないことだ。そうだろう?」

「ま、私はそれで良いけど。それで、貴方は私がどれくらいで雫ちゃんの武器を選べると思うの?」

「ちゃんと検査した訳じゃないからこいつはあくまで俺の勘だが、雫のレイジスサーキットはこの辺じゃあまり見ないタイプで、それも“先天性ナチュラル”だ。簡単に選べるとは思えない。あんたなら……三回で決めるだろう」

「あら、難しいという割には随分と私を信用してくれているみたいね」

「あんたの人と物を見る目は本物だよ。妥当な評価だろ」

「過分な評価をいただけて光栄だわ」

「それでネイト、何回で雫の武器を決めるつもりなんだ?」

「今日一日、二人がかりで雫ちゃんの着せ替えをしたというのだから、確かに雫ちゃんの武器を選ぶのは難しいでしょうね。それで、何回かって話だけど、当然、一回で決めてみせるわ」

「い、一回⁉ たったの一回ですか⁉」

「おいおい、随分と強気じゃないか」

「ウフフ。と言うより、初めて雫ちゃんを見たときから『これ』っていう物があったのよ。まさか雫ちゃんがリベレーターになって、しかもうちの店に来てくれるなんてね。それって、運命を感じると思わない?」

「ネイト、そんなに強気で外したなら、かえってこっちが恥ずかしくなりますので言っておきますが、雫の得意武器は――」

「双剣でしょう? お気遣いありがとうシャロ」

「……面白くないですわ……」

「さて、それじゃあさっそく私の選んだ剣をお披露目ひろめするわね」


 そう言うとネイトさんはアタッシュケースを取り出して、店の中央に置かれていた小さな円卓の上に乗せてからロックを外す。


「どうぞ雫ちゃん。ここから先は自分の目で確かめてみてちょうだい」

「そ、それじゃあ、失礼します……」


 恐る恐るケースの淵に手をかけて、開く。そこにあったのは、柄から刃までが緩やかに湾曲した二対の剣。それは先程マックスさんの店でシャロが選んでくれたサーベルに似ているけれど、あれと比較すると刃は幅広で、刀身は短く、剣となたの中間というような印象を受ける。


 そして何より特徴的なのが、その刃の色。全体的に青を基調としていながらも、刃先に向かうほどその色味は薄く淡くなり、みねに寄るほど黒味を増して行く。そう、その姿は、まるで――。


「……綺麗……海の色みたい……」

BLUEブルー Strategyストラテジー 社のセミショートカトラス、“Lagoonラグーン Splinterスプリンター”よ。この剣は常時体内を流れる微弱なレイジスをただ外へ霧散むさんさせるのではなく、余すことなく剣の内部に蓄積しておいて、戦闘時に使用者へフィードバックさせることで、瞬時に肉体を活性化させられるようになっているわ。そして何より特筆すべき点は、その鋭さと靭性じんせいね。剣の軽さと斬れ味を追求するならどうしても剣はもろくなってしまうものだけれど、この剣はその全てをクリアしていると言っても過言ではないわ」

「剣の性質は、コーティング特化型か?」

「その通り。しかも体にレイジスをフィードバックし易い構造は、肉体強化にも、武器そのものの耐久力向上にも有効的に働くわ」

「トラペゾイドには何を? 外観から見て二種類程度ですね」

「中心部にはレイジスの伝導を促しやすいステングレー。外部にはコーティング性に優れたブルースフィア。トラペゾイド以外の使用物質は三十パーセント以内に抑えられているわ」

「左右の剣の重量は対称か? それとも故意こい非対称型か?」

「完全対称型よ。双方とも一・六キログラムのミディアムヘヴィーで、誤差は五十グラム以下。他に質問は?」

「「パーフェクトだぜですわ、ネイト」」

Grazieグラッツェ milleミーレ‼」

「だが、大事なのはカタログスペックではなく実際の使用感だ。雫、実際に使って確かめてみろよ」

「……はい、でも、これ……――」


 使う前から、判る。この剣そのものに呼ばれているような感覚。その感覚に身を任せ、吸い寄せられるように手が伸びると、触れるのと同時に、体の奥底にあるレイジスサーキットにリンクする。


 このとき頭に浮かんできたのは、大いなる水の流れだった。雨が降り、川を下り、深く海の底へと沈んで行くと、再びまた雨になって昇る壮大な水の循環。そのイメージに沿って私が型を繰り出すと、手の中の剣は、流れるように軌道を描く。


 すっと伸び、ピタリと止まり、引っかかりも無く次へと繋がる。とても軽い。だというのに、手の中で確かな存在感を主張している。それにこの剣、型を繰り出しただけだというのに、その刃はまるで空気を斬り裂いているかのように鋭いことが手のひらに伝わって来る。


「……凄い、剣です……」


 それ以上の言葉が思いつかなかった。形状や重さなのか、或いはトラペゾイドの相性がそう思わせているのかは分からないけれど、このとき私には、これ以上の剣なんて他に存在しないとさえ感じていた。


「これは俺たちの負けだな。なぁ、シャロ?」

「負けも何も、私は今回の賭けには参加していないので、賭けに負けたのは貴方だけですが?」

「……なんだって?」

「そう言われてみれば、さっきバレルが勝負を提案してきたときに、シャロは乗っていなかったわよね」

「どう考えても分の悪い賭けですわ。そんなものに私が乗る訳がないでしょう?」

「……クソ。まぁ、決まっちまったもんは仕方ねぇか……」

「あ、あの、ちょっと待って下さい……。その、私の剣って、これで良いんでしょうか?」

「あら、気に入らなかったかしら?」

「ち、違います‼ この剣は、とても凄い剣だと思います‼ でもこの剣って、凄く高い物……なんですよね?」

「うーん、まぁ、安くはないわね。でも確か、雫ちゃんの装備はストーンヒルの経費で用立てるんじゃなかったかしら?」

「いえ、あの……実は私、まだ正式なストーンヒルのメンバーではないといいますか……。いや、そういうことではなくて、ですね……」


 今日一日で分かったのは、リベレーターの装備とは、どれも決して安く買えるものではないということ。確かに、私の装備はストーンヒルの経費で全て揃えてくれることになっているけれど、二人の様子から察するに、この剣だって決して安い物ではないのだろうし……。


「すみません、ネイトさん。この剣はとても素敵だとは思うんですけど、別の剣を用意してはくれないでしょうか? できれば、その……もう少し、お手頃な剣を……」

「そうねぇ。…………、ねぇバレル、賭けの報酬を決めていなかったと思うのだけれど、私が勝ったということで、その報酬代わりにこの剣を買っていってくれないかしら?」

「ネ、ネイトさん⁉」

「いいのよ雫ちゃん。男がプレゼントするって言っているのに、気を使って二番目に欲しい物なんてねだるものじゃないわ。そういうときは男に花を持たせるつもりで、うんと我儘を言うものなの」

「で、でも……」

「おいおい、俺を置いて勝手に話を進めるなよ。それじゃあまるで、俺がプレゼントの支払いを渋っている甲斐性かいしょう無しじゃないか」

「気を使ったつもりだったのだけれど、余計なお世話だったかしら?」

「剣一つくらい、どうってことはないさ」

「カッコいいこと言っちゃって。それじゃあ賭けの報酬には、貴方の店でマティーニでもご馳走になろうかしら。ジンもベルモットもありありでね」

「フッ、そいつは高くついたな」

「ウフ、そうみたいね」

「……バレルさん……」

「気にするなよ、こういうのは一期一会なんだ。見つけたときに手に入れておかないと、生涯後悔するぞ。それにこの業界で仕事道具を妥協をするなんて、そいつは自殺行為ってもんだぜ」

「流石、説得力のある発言ですわ」

「……うるせぇよ。まぁ、こいつは言うなら先行投資ってやつさ。だから雫、お前は今後うちでしっかり働いてくれればそれで良い」

「……バレルさん……は、はい! 私、頑張ります!」

「それじゃあ改めて商談といこう。ネイト、こいつを貰うぜ。当然キャッシュの一括払いでな」


 そう言って、バレルさんは現金の入ったアタッシュケースをテーブルの上に乗せてロックを外す。


「確認してくれ」

「拝見しましょう」


 ゆっくりと開かれたケースの中、そこには、確かにお金が入っていた。ただそれは想像していたような札束の山ではなく、輪ゴムでまとめられた数枚の千パックス札が一つだけ。それが寂しげにコロコロと転がっていた。


「……あのねバレル、確かに貴方が多額の借金をしているのは知っているし、私たちはそれなりに長い付き合いで、なんとかしてあげたいとは思うけれど……。流石にこれは、あんまりじゃないかしら?」

「あ、あの、やっぱり、もう少し安い剣を選んだ方が……」

「いや雫、こんな金額ではガラクタのような武器だって買えやしませんよ」

「そう、だよね……」

「早まるなよ、こいつはただの前金ってやつさ。後の金は後日ちゃんと払う。当然キャッシュで」

「貴方さっき、一回払いだと言っていなかったかしら? まぁ貴方が代金を踏み倒すとは思っていないけれど……前金にしたって、これじゃあ、ねぇ?」

「……分かった、それなら代わりに担保を置いて行く。今日のところはそれで手を打ってくれないか?」

「担保って、その背中の剣だって言うんじゃないでしょうね? いらないわよ、そんな場所を取る剣は」

「こいつは俺の相棒だぞ、簡単に手放すもんか。置いて行くのは、こいつだよ――」


 バレルさんは現金の入っていたアタッシュケースを閉めると、その上にもう一つのアタッシュケースを乗せてロックを外す。そこには、先程露店で買った二対の剣が収められていた。


「あら、物持ちが良いじゃない! その剣となら、こっちの剣と交換でも良いわよ」

「こいつはそんなに珍しい物なのか?」

「うーん……まぁ、そうと言えばそうね。それで、どうするの?」

「……いや、こいつはあくまで担保だ。一度も使っていない剣をその日の内に手放すなんて、そんなのご免だね。だがもしも、俺が金を払えないってんならこいつはそっちの物。それでどうだ?」

「…………、ま、良いでしょ。ちなみに聞きたいのだけれど、どうやって剣の代金を稼いでくるつもりなの? 待ってあげても良いけれど、限度は一ヵ月が精々よ」

「“イルミナス”のアリーナコロシアムさ。安心しろよ、そんなに長居せずに帰ってくるから」

「イルミナスって……貴方確か、“アリーナ協会”から出入り禁止にされているんじゃなかったかしら?」

「それはまぁ、なんとかするさ。それに、今回の主役は俺じゃないんでね」

「なるほど、そういうこと。雫ちゃん、気を付けるのよ。怪我はしないでね」

「あ、あの、全然話が見えないんですけど……」

「これから俺たちはある場所へ行く。金も稼げて、修行にもなる一石二鳥の場所だ。そこで雫の剣の代金を稼いでくるのさ」

「あれだけ格好を付けておきながら、結局雫本人に代金を稼がせるのですか? 甲斐性無しにも程がありますわ」

「ほっとけ……」

「そこが、イルミナス……。もしかして、今朝言っていた大都会って」

「そう、アメリカ最大のギャンブル都市イルミナス。またの名を夜の来ない街だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る