4 Best match.

TOUGH BOY & GIRL

「……あの、本当にここ、ですか? 目的地が? 本当に?」

「そうだが、どうかしたのか?」

「いや、だって、この場所……」

「確かに今までの通りとは少し雰囲気が違っていますから、雫が混乱するのも無理はありませんわ」

「……少し? これが、少し?」


 私の目の前には、“攻撃的”という言葉だけではとても言い表せないような、異様で尋常ならざる外観の店がずらりと並んでいた。


 最早この場所には先ほどの落ち着いた街並みの面影は欠片ほども残ってはおらず、今の私の心境を言い表すなら、腐敗と、自由と、暴力の真っ只中に誤って足を踏み入れてしまったかのような、そんな恐怖と不安を覚えずにはいられなかった。


 私たちはただ一本道を内側に入っただけの筈なのに、この景色の変わり様は一体どういうことなのだろう。これはもう私の感性がどうだとか、文化の違いがどうとかで納得できるような変化ではないと思うのだけれど……。


「なぁシャロ、一つ俺と勝負をしないか?」


 一人混乱する私を他所に、突然バレルさんがシャロにそう切り出した。

 

「勝負とは?」

「俺とお前とで、どっちが雫に合った武器を見繕みつくろえるかって勝負だよ」

「この後でネイトの店へ行くのに、私たちで雫の武器を選んでしまうのですか?」

「あぁ、そうさ」

「……相手があのネイトなら、無駄な買い物を増やすだけになると思うのですが。それに、仮に私たちで雫に合う武器を見つけられたとして、それはそれでネイトに申し訳が立たないのでは?」

「実は前から思っていたんだよ。一度で良いから、あいつの得意分野で悔しい顔をさせてみたいってな。それにネイトの選んだ武器もうちで買い取れば、あいつだって文句は言わないだろう」

豪儀ごうぎなことで。ちゃんと先立つ物は用意してあるのでしょうね?」

「安心しろ、この通りだ」


 そう言ったバレルさんの手には、手鞄ほどの大きさの小さなアタッシュケースが握られている。話の流れからして、ケースの中身は現金なのだろう。でもだとするなら、あの中には一体どれだけのお金が入っているのだろうか。


「ふむ……。ま、武器なんていくらあっても困る物でもありませんか。それに、ネイトを悔しがらせるというのも面白そうですね。良いですわ、その勝負受けて立ちましょう。ですが、そうなると――」

「分かっているさ。勝負をするからには賭けるものが無くちゃ面白くない、そうだろう?」

「話が早いですね。では私が勝ったなら、ストーンヒルのバーカウンターを一日好きにする権利が欲しいですわ」

「なんだよ、バーテンになりたかったのか?」

「そんな訳ないでしょう。私が欲しいのは、カウンターの内側にある物だけ。当然その権利を行使する際には店を閉めて、私の好き放題にさせてもらという条件付きで」

「おいおい、随分とデカい要求をするじゃないか。俺の大事なカウンターを明け渡すに値するものをお前が差し出せるとは思えないが、賭けのテーブルには何を乗せるつもりだ?」

「一日、私を好きにして良い権利を」

「その条件なら、三日だな」

「二日」

「三日だ。お前、一日でカウンターの酒を全部飲み干すつもりじゃねぇか。三日でも本当なら俺の方がずっと不利な条件の筈だぜ」

「全く、ケチな男ですわ。まぁ、それで良いですけど」

「ちょ⁉ どういうことなんですかそれ⁉」

「なぁに、ただの遊びだよ。雫はこれから行く店で俺たちの選んだ武器を試して、どっちが良かったかを判定してくれればそれで良い。勿論、公平にな」

「えぇ、公平に、ですわ。ところで雫、甘いものはお好きですか? ここから少し戻った場所に、美味しいアフタヌーンティーと茶菓子を出す店があるのですが――」

「おい、公平にって言った傍から審査員を買収しようとしているんじゃねぇよ」

「チッ……。まぁどの道、私に有利な条件であることに変わりはありませんが」

「大した自信だ」

「いやあの、判定って……結局私はどうすれば良いんですか?」

「大丈夫、雫は何も難しいことを考える必要はありませんわ。脱がせるのも着せるのも、天井のシミを数えている内に終わりますから」

「そ、そう……」


 シャロのセクハラ発言に私は生返事を返すことしかできなかった。そんなことよりも、今の二人の会話が気になってそれどころではなかったからだ。


 二人の関係が恋人同士だとというなら、シャロを好きにして良いというのは、それは多分、恐らく、つまり……。だけど今日までの様子を見る限り、二人にそんな素振りがあったようには思えないし。いや或いは、バレルさんの言った“ただの遊び”という言葉を鵜呑うのみにするならば、二人は何でもない関係の上で……つまりは、そういうこと・・・・・・なのだろうか……。


 ……。…………。


 き、聞きたい。聞いてしまいたい。でも普通に聞いたって、二人のことだからはぐらかそうとするかもしれない。そもそもこんなこと、私にはどうやって聞いたら良いかも分からないし……――。


「――おい、おい雫、ほら、置いて行くぞ」

「私たちは先に店の中で武器を選んでいますので、気が済んだら追いかけて来て下さいね」

「……えっ?」


 気が付くと二人は目の前の店のドアを通り、一人悶々もんもんとする私を置いて先へ行ってしまった。た、大変だ。私も早く入らない、と……。…………、だけど、この店に……? いや、というかここって、一体何を売っている店だというの……?


 私の目の前にあるのは、この荒涼こうりょうとした通りの中で最も際立った建物だった。店全体を覆うトゲトゲとした攻撃的なオブジェや、苦悶くもんの表情を浮かべる白い人間を模したマネキンが何体もしつらえられている外観からは、この店の経営者は客を追い返そうとしているのではないかとさえ勘ぐってしまう。


 極め付けはこれ。表の看板に“MADマッド MAXマックス”と書かれているということ。なんですかそれ⁉ 狂気マッド最大マックスである理由ってなに⁉ 普通に生きていたらそんなもの、絶対に一つまみだって必要の無いものの筈でしょう⁉


 外観の強烈なインパクトに気圧され中へ入ることを躊躇ためらい、店の前を右往左往していると、私は周囲から向けられる異様な視線に気付いてしまった。恐る恐る後ろを振り向いてみると、私はその場にいる人々の姿にギョッとしてしまう。火を噴くギターを掻き鳴らす凶悪な顔の男。ガスマスクとヘルメットを被った性別不明の人たち。トゲトゲスタッズが大量に取り付けられた革ジャンに、肩パッドのコーディネートでバッチリと決めている方々。等々、他多数。いずれにしろ、誰の装いも全てが攻撃的という言葉に統一されていた。


 駄目だ……ここにいては、やられるッ‼


 私は目の前の人たちから視線を外さないようにゆっくりと後ずさり、二人が先に入って行ったドアの方まで辿り着くと、後ろ手でドアノブを探り当て、急いで店の中へと飛び込んだ。


「は、はぁ……た、助かった……」


 猛獣の群れの中から生還したような心持こころもちの私は、気が緩んでその場にへたり込んでしまう。しかし――。


「いらっしゃい」


 安堵あんどしたのも束の間。床に座り込んだ私の背後から、響くような野太い声が掛けられる。声のした方を振り向くと、そこには屈強な体格の男性が一人、カウンターを挟んで腰かけていた。


 薄暗い室内でサングラスを掛けているその男性は、顔と腕の至る箇所にタトゥーが見え隠れする。しかもそれら幾つものタトゥーの上には幾多もの傷跡が見受けられ、ただ座っているだけのこの男性の圧力に、私は今にも押しつぶされてしまいそうだった。


「ヒィッ⁉ ご、ごごご、ごめんなさいぃ⁉」


 反射的に謝ってしまっていた。いや、正確に言うならば、これは謝罪というより、命乞いという方が正しいのかもしれないけど。


「えっ、なんなの? 俺はお嬢ちゃんに謝られるような覚えなんて無いんだけど」

「ハハハ、ハイッ‼ おっしゃる通りですッ‼ 私、何も悪いことなんてしていません‼ だだ、だからその……こ、殺さないで……どうか命だけは、と、取らないで、下さい……」

「なんだ、この子は……?」

「そいつは俺たちの連れでね。パニくっているだろうが、気にしないでくれ。大体いつもそんな感じで、そう珍しいことじゃないんだ」

「いつもこんな感じ? 珍しいことじゃない? マジかよ、大変だな……」

「バ、バレルさん⁉」


 店の奥からバレルさんの声が聞こえる。しかし店の所々に並ぶ武器を陳列する棚が視界を遮り、ここからではバレルさんの姿を見つけることができなかった。


「彼はマックス、この店の店主ですわ。見た目も顔も凶悪犯そのものですが、中身は外観に似合わない善人ですので安心してください」

「酷い言われようだ……傷つくなぁ……」

「事実ですわ」


 バレルさんとは反対の方向からシャロの声も聞こえてくる。やはりここからでは姿が見えないけれど、ガサゴソと探るような音から察するに、どうやら二人は何かを物色しているようだった。


「君がストーンヒルの新人さんかい? 今日は武器を買いに来たんだってね」

「えっ⁉ は、はい‼ あ、あの、ここ……すす、素敵なお店、ですよね……」

「ありがとう。でも、外観に驚いただろう? あれはリベレーターをやっている妻の趣味でね。それに俺は内気だから、店構えと恰好だけでもどうにかしようって思ったんだ」

「そ、そうだったんですね……ハハ……」


 この見た目で内気と言われましても、正直あまり説得力が無いと言いますか……。それに外の外観をあんな風にしてしまうなんて、一体どんな感性をした奥様なんだろう……。


「まぁ、好きに見て行ってよ。分からないことがあればなんでも聞いてくれて構わないし、丁寧に扱ってくれるならどれでも手に取ってくれても構わないから」

「あ、ありがとう、ございます……」


 や、優しい。しかもなんて物腰の柔らかい話し方をする人なのだろう。それに改めて店の中を見渡してみると、外観とは裏腹に、どの武器も丁寧に整頓するように陳列されていることが分かる。これがマックスさんの本質だとするならば、良く知りもせず彼のことを怖がっていた私のなんと浅はかだったことか。これからは外見だけじゃなく、人のことはちゃんと内面で判断するようにしよう。


 そう思った矢先のこと。店のドアがバァンと激しい音を立ててが開かれると、そこには――。


「ヒャァハァ‼ 金だぁ‼ 金を出しなぁ‼ そうすりゃ痛い目に遭わなくて済むし、命は助けてやるぜぇ‼」


 店のドアを蹴破るように開け、そんな口上を述べて店の中に入って来たのは武装した五人の男女。攻撃的な見た目に粗暴な振る舞い。外観だけを見るならば、どう見たって悪人としか思えない。だけど私はたった今、人を見た目で判断してはいけないと、そう決めたばかりじゃないか。ならば彼らの言い分を聞いてみて、それから判断したって、きっと遅くは――。


「なんだぁこの店は? 強盗が入って来たってのに、悲鳴の一つも上げねぇのかぁ? 

なら分かりやすく銃弾の一つでもぶち込んでやるぜぇ‼ ヒャァハハァッ‼」


 そう言うと、先頭に立っていたリーダー格と思わしき男は、天井に向かって持っている銃を乱射する。これはまぁ、外観で判断するなと言われても無理がありますよね。というか、見た目で判断する以前に、そもそも初っ端から彼らの言動は悪人全開だったではありませんか。


「……困るな、お客さん。店の中で銃なんて撃っちゃ」

「うおっ⁉ な、なんだお前⁉ 顔、怖ッ‼」

「……あの、ご用件は?」

「おっといけねぇ、顔の厳つさについビビっちまった……。……んんッ! 聞こえていなかったみたいだからもう一度だけ言ってやる‼ …………、ヒャァハァ‼ 金だぁ‼ 金を出しな‼ そうすりゃ痛い目に遭わなくて済むし、命は助けてやるぜぇ‼」


 先頭の男はそう一字一句違わずに、同じセリフをそらんじてみせる。もしかしてこの人、今の台詞を言う為に練習してきたのだろうか。そう思うと私はなんだかおかしくなってしまって、口元が緩んで笑いそうになるのを堪えていた。


 ……、…………?


 いやいや、おかしい。強盗に遭遇してしまったのなら、まず真っ先に怖がったりするべきじゃないか。


「お客さん、うちは武器屋だからね。金を出せと言われてはいどうぞ、と言う訳にはいかないんだよ」

「俺たちは客じゃねぇ‼ 強盗だって言ってんのが分かんねぇのかよ⁉ ま、まぁ良いや……ここが武器屋だってんなら、ついでにありったけの武器も寄越してもらおうじゃねぇか‼」

「失礼だけど、お代はお持ちで?」

「俺たちは強盗だぞ⁉ 持ってる訳無ぇだろうが‼ さっきからトンチキなこと言ってんじゃねぇよ‼ このウスノロ店主‼」

「うーん、これは、まいったなぁ……」

「おい兄ちゃん、店の外観にビビらずこの店に入って来た度胸は褒めてやるが、金が欲しいなら最初から銀行でも襲った方が良かったんじゃないか?」


 奥の方で何かを物色していたバレルさんが姿を現すと、強盗たちが武器を持っていることなど気にした様子も無く、挑発するようにそう言い放った。


「な、なんだお前ぇ⁉ きゃ、客か……? クソッ‼ この店はどいつもこいつもなんて顔をしていやがる‼」

「……おい、強盗が人の顔をとやかく言うなよ……」

「だが、銀行を襲うってのはクールなアイディアじゃねぇか‼ この店で金とありったけの武器を調達したら、次はそいつを使って銀行強盗だ‼ 見てろよ、明日には俺たちの名前がこの街中に響き渡っているだろうぜ‼」

「分かった、そういうことなら俺が後で銀行まで案内してやってやるから。でもな兄ちゃん、まずここで暴れるのは止さないか? それにとりあえず、あと三トーンほど声のボリュームを落とした方が賢明だと思うがね」

「あぁ⁉ さっきからお前、おちょくってんのか⁉ 俺たちを誰だと思っていやがる⁉ “アリーナコロシアム”の暴れる暴君、クレイジーゴブリンズとは俺たちのことだぞ‼ 舐めた口いていると、お前の命は無ぇぜ‼」

「暴れる……暴君? 悪いが知らないな。それより、お前たちはもう帰った方が良いぞ。これはただの親切心で、別にからかっている訳じゃない。出口は後ろだ、間違えるなよ」

「……へ、へへ……お、お前一人で、俺たち五人をどうにかするってのかよ?」

「いいや、俺は何もしないさ。だがこのままじゃお前たち、運が悪けりゃ火星まで吹っ飛ばされちまうだろうな」

「…………ッ‼ い、いいかぁ‼ 今から三つ数える‼ 猶予ゆうよはたったのそれだけだ‼ 三つ数えたらお前もこの店も穴だらけにしてやるからな‼ ほーら一ぃ‼ ……い、いいのかぁ⁉ に、二ぃ……。…………、お、おい‼ 次で三だぞ⁉ 分かってんのか⁉ ……さ、さ、さぁー――」

ぁーんッ‼」


 私たちの背後から放たれた声。その声が聞こえるのとほぼ同時、一瞬私の顔の近くを不可視の何かが横切ると、それは口上を述べていた中央の男に直撃し、男は勢い良く外へと吹き飛んだ。


「おぅお前ら、一体誰の許可を得て人様の家で騒いでんだよ、あぁ? こちとら今朝ようやく“遺跡ヒスト”の調査から帰ったばかりでヘトヘトだってぇのによぉ」


 声のした方を見ると、そこには不機嫌な表情をした女性が寝ぐせもそのままに、拳を突き出して立っていた。


「お、おはようアビー。ご、ごめん……うるさかった、よね?」

「おはよう……じゃ、ねぇんだよ‼ いつも言ってんだろうが‼ 馬鹿共がやって来たら、騒ぎ出す前に叩き出せってよぉ‼」

「ご、ごめん……。でも、できればその……平和的に解決したいと思って……」

「……チッ。あぁ、もう良いよ。そんで、さっき寝室まで聞こえてきたけど、ウチの店にやってきて、金を出せって言ってた奴がいたね? いい度胸じゃないのさ。あんたらの頭はどいつだい? ほら、さっさと挙ぉ手ッ‼」


 そう言われた残りの強盗たちは、怯えた表情で誰一人として手を上げようとはしなかった。恐らく今吹き飛ばされた人がリーダーだったのだろうけど、例えそうでなくとも、この状況で手を上げられる人などいるのだろうか。


「あー……、アビー、今外に吹き飛んだのが、多分彼らのリーダーだったんじゃないかな?」

「あぁッ⁉ 今のがあんたらの頭だって⁉ ならあんたら、一体どの程度の力でウチに喧嘩売りに来たってのさ⁉ 言いな、今吹っ飛んで行ったカス野郎の“CDIN・・・・”はいくつなんだい‼」

「あ、あの……よ、四十八、です……」

「…………、つうことはだ、あんたらはそれ以下か、そうでなくともどんぐりの背比べって、そういうことなんだな?」

「そ、そうです……な、なぁ?」

「う、うん……」

「…………、はぁ~~~……」


 アビーと呼ばれた女性が長いため息を吐くと、周囲の張り詰めていた空気が弛緩しかんし始める。するとこの場に立つ全員の表情が緩み、誰もが胸を撫でおろそうとしていた、次の瞬間――。


 一瞬で空気が怒張どちょうし、彼女を中心に、竜巻でも発生したかのような圧力の塊が部屋中を取り巻いた。


「消えな、私の理性がちょん切れちまう前に」


 そう言って女性は拳を突き出す。続いて握った拳をパッと開くと、再び私の体を横切るように、四つの不可視の塊が飛んで行く。四つの塊は残った四人の強盗に直撃すると、全員が短い悲鳴を上げて店の外へと吹き飛ばされた。


「ったく、アホの相手なんてさせんじゃないよ」


 呆れたような表情をして女性が拳を降ろすと、今度こそ店の中の空気が静まり返った。


「相変わらずだな。元気そうでなによりだ」

「おぅバレル! すまねぇな、客のあんたにボンクラ共の応対をさせちまって。うちの亭主は気が弱くていけねぇんだ」

「良いよ、食後の運動にはちょうど良かったところさ」

「そうかい。それで、今日はどうした、買い物か?」

「あぁ、うちに入った新人の武器を買いに来たんだ」

「へぇ、新人。あぁ、この嬢ちゃんかい? あんた、名前は?」

「ハ、ハイッ‼ わわ、わたひは、う、雨衣咲雫と申しましゅ‼ は、初めまして‼ よろ、よろしくお願いしマシッ‼」

「……なんでこの嬢ちゃんはテンパってんだい?」

「いつものことなんだ。ま、気にしないでやってくれ」

「ハハッ! そうかい、いつもこうなのかい! そいつは大変だな!」

「雫、彼女はマックスのワイフ、アビー・リー・ハーディー。主に遺跡の探索を生業なりわいにしている凄腕のリベレーターさ」

「そいつは正確じゃないね。凄腕、じゃなくて、超凄腕なんだよ」

「だ、そうだ」

「いえあの、その……す、素敵な奥様ですね……」

「ハッハッハ‼ そうだろうそうだろう‼ しかしあんた、新人の割には結構良い肉付きをしているじゃないか。そのケツなんて、かじりついてやりたいくらいだよ」

「に、肉付き……?」

「そこに目を付けるとは、お目が高いですわ」

「ほーらやっぱり、あんたもいると思ったよ。シャーロット、相変わらず気配を消すのが巧いこと。なるほど、二人してうちの店で武器を選ぼうって訳かい」

「ま、そういうことだ。まだ何を買うかは決めちゃいないが、買うとなったら安くしてくれると助かる。実はちょっと、経済的に厳しくてね」

「聞いた聞いた! なんでもあんたたち、あのいけ好かないVSSに真正面から喧嘩を売ったんだって? しかもその示談で、多額の借金を背負わされたっていうじゃないか! ハッハッハ‼ いやぁ、本当の話だったのかい! そこいら中で噂になっているじゃないのさ!」

「……知ってるなら話が早い。後は、察してくれ……」

「だってさマックス! そういうことならうんと安くしてやんな! 今日は全品九十パーセントオフだよ!」

「アビー、流石にそれは駄目だ。うちが赤字になってしまう」

「ケチなこと言ってんじゃないよ! こいつらの懐事情ふところじじょうと比べたら、こっちの赤字なんて微々たるもんじゃないのさ」

「それとこれとは話が別だよ。今回は特別に仕入れ値ギリギリで売ってあげるけど、赤字は絶対に出さない。それが俺の商人としての最低限の矜持きょうじだからね」

「……そうなんだとさ。悪いが店の会計は全部マックスに任せているんでね。私の権限で安くはしてやれるが、そこんところはうちの亭主に従いな」

「いや、助かるよ。すまないな」

「いいって。それじゃあ私は寝るけど、後は好きに見ていきな。おいマックス、今度は私を起こすんじゃないよ!」

「イ、イエスマムッ‼」


 そう言うと、アビーさんはヒラヒラと手を振りながら店の奥へと姿を消した。


 異様な光景の街並みに、ギラギラとした街の住人。当たり前のように発生する強盗と、それを当たり前のように撃退する店員。こんなことを考えるのは今更かもしれないけど、私、この街でちゃんとやっていけるのだろうか……。

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