Liberator. The Nobody’s.2

黒ーん

Ⅱ Greed and Discipline.

1 a new beginning.

Deep Diver

 膨大な量の水が視界の全てを埋め尽くし、外界からの光を完全に遮断しているこの場所は太平洋の海の底。生物が活動するには元よりあまりにも過酷な環境ではあるが、ここから周囲を見渡しても、本来いるべき深海生物の姿すらも見当たらない。


 そんな生命活動の極端に乏しい海の底で、一点の微かな光がゆらゆらと揺れていた。光の方へ近付いてみると、それはこの海底にはあまりにも不釣り合いで心もとない光量の、懐中電灯によるものだということが分かる。


 懐中電灯を持っているのは、白いフードを目深に被ったローブ姿の男だ。


 異様な光景だった。男の周りには透明な半円形状のドームに覆われていて、膨大な量の海水を掻き分けるようにしながらゆっくりとした歩みで前へと進んで行く。


 ゴツゴツとした岩山。目の前をどこまでも続く水底みなそこの砂漠。全てが海水で満たされた途方も無く長い長い道を男が歩き続けていると、突如どこからか何かが、海中を高速で水を掻き分けながら男の方へと向かって行く。


 こちらへ向かって来るものに気付いた男は、地面を照らすようにしていた懐中電灯を気配の方へと向ける。するとそこには、人間の五倍程もある巨大な魚のような生物が佇み、顔と思わしき場所にある六つの目全てで男の方を凝視していた。


「やあどうも、こんにちは。ちょっと聞きたいのだけれど、つい先日この辺りに同胞の一部が落ちてはこなかったかい? もしもその場所を知っているなら、私に教えてほしいのだけれど」


 巨大な魚のような生物は六つの目でギョロギョロと周囲を見渡すと、付いてこいと言わんばかりに移動を始める。


「助かるよ、太平洋は広くてね。それにどうにもこの景色では、何度来たって道なんて覚えようもないもので。今回は君の方から訪ねて来てくれたお蔭で本当に助かったよ」


 先導するように泳ぐ巨大魚の後を男が付いて行くと、次第に海はその深さを増して行く。だと言うのに先へ進むほどそれに比例して、辺りはどんどん明るくなっているようだった。


 どれだけか先へ進んだ頃か、周囲は既に海上と遜色そんしょくない程の光に溢れ、岩の層が高々と切り立っている光景さえもはっきりと視認できるまでになっていた。


 変化は周囲の明るさだけでは無い。海の底へと進むにつれ、男の横を別の巨大な生物が幾度も横切る。


 そろそろだろうか。暫く歩き続けた先で男がそう思案すると、周囲の景色が今までとは全く別のものに変わっていた。


 辺りからは高い岩山の姿が無くなり、目の前にはただただ平坦な砂地が広がっている。そしてその中心にあったもの。それこそが、この海底を照らしているものの正体だった。


 遠目には白い岩の塊のように見えるそれは、微かに息をするように伸縮を繰り返し、そこからは絶えず海上に向かって空気が立ち昇っている。それを中心として、周囲には巨大な生物達が円を描くように泳ぎ回っていた。


「やれやれ、ようやく辿り着いたよ。これから陸に帰ることまでを考えると、実に大変な道のりだなぁ」


 本来ならば暗闇に支配されている海底を照らす謎の物体。男はそれが何であるかを知っているかのように、そしてこの場所にあらかじめそれが存在していたことを知っていたかのように言う。


「さぁて、折角ここまで来たのだから、今度はもっと上手くやれるように頑張らないとね」

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