lost my self

緑星

第1話 lost my self


人生なんてよくわからないものだ。

今日は穏やかな川の流れのに身を任せていたのに、次の日いつのまにか深海の暗闇の中にいる事だってある。


抽象的な見方で人生を捉えようとするとあっという間に世間から取り残される。

リアリズムが僕を苦しめる。

生きづらいのは僕のどうしようもない非リアリズム思考な価値観が邪魔をしている


朝テレビをつけて最初に知ったニュースが飛び降り自殺したニュースなのが、

僕の気持ちを重くした。

自らの命を投げ打って何か得られるものがあるとしたら、

それは死だけだ。


他の選択肢が無くなるくらいに、自殺した本人は追い込まれていたのかも知れない。

20代の男性がなくなったらしい。


 僕と同じくらいの年だ。共通点がひとつあるだけで赤の他人なのに、他人ごとではない気がしてしまう。


「なんで死を選んだと思う?」

一緒にテレビを見て朝食のパンを食べているマキに言った。


「そういう運命だったんじゃない?」


パンを頬張りながら言った。お気に入りのインスタントコーヒーにミルクを少し入れて飲むのがマキのお気に入りだ。

「運命か」

一呼吸おいて僕は言った。


「もし運命があるとしたら、その人は生まれた瞬間から自殺する事が決まっていることになるからそうじゃないと思うけど。」


それまでの過程はなくて、ただ死という現実に突き進んでいることになってしまう。

そうだとしたら悲しすぎる運命だ。


生まれてから死ぬまで、人はどれだけ死を意識していきているのだろう?


「マキは運命を信じる?」


「信じる、信じないではないのかな?何かが起きたとき自然と、ああこれが運命だなって感じるものかも?」


う~んと、うなって真剣に考えてくれるマキの姿勢が惚れた一つの理由だ。

大学の時アルバイト先で知り合って、僕から告白した。いろいろあって同棲をして3ヶ月がたってお互いやっと落ち着いてきたころだ。

飲みかけのコーヒーを一口飲んでカフェインを体にしみ込ませた。眠気覚ましには、これが一番いい。


「先に出かけるね。今日は晩飯はいらない、仕事終わるのがおそくなるから。」


「うん。わかった。」

いってきます。いってらっしゃい。シンジ。






寝ているときに夢を見た。

何をしているんだろう?自分自身に聞いてみた。

いま僕は何をしているんだろうか?もう一度聞いてみた。

答えは返ってこない。呪文のようにぼくは何度も聞いた。


目の前に広がる異様な光景が僕を戸惑わせる。映画の中の世界にいるような感覚だ。


そこには目の前に僕がいる。僕に似ている男が、

僕を見つめながら立っていた。


突然、胃の中が熱くなり強烈な吐き気が襲った。吐き気を我慢しようと

口を手で押さえながら床にひざをついて四つんばいになった。


「だいじょうぶですか。」心配しているトーンの、微笑みを含んだ声で

目の前の男が近寄ってきて僕の背中をさすった。


それが引き金だったらしく、僕は胃の中ものを全部吐いた。


「申し訳ない。突然気分が・・・・」

口元をぬぐいながら立ち上がろうとしたら、彼は僕の右腕をつかんで立ち上がらせ、

濃いグリーン色のしわひとつないハンカチを僕に差し出した。


おかしい。僕のお気に入りの色のハンカチを彼はどうして持っているのだろう。

ありがとう。ハンカチを受け取ると口元を押さえた。すこし気分が落ち着いた。


辺りを見回してみると、ベッドが真ん中にあるだけのシンプルな部屋で、

広さは6畳くらいだろう。壁もすべて白いコンクリートで無機質な感じの部屋だ。

ドアも窓もないこの空間がどこなのか、考えようとしても頭が回らない。


僕が部屋を見回していると、不思議そうに彼は言った。


「あなたは、自分からこの部屋にきたんですよ。」


何を言っているのか理解できなかった。

「ほら、あそこにドアがあるでしょ。そこからノックもせずに入ってきた。」

彼は、僕の存在に驚いた様子もなく淡々と話していた。


ここにきたのが僕自身からだとしても、

一刻も早くこの部屋から出なくてはいけない。嫌な感じがする。

そう感じた瞬間、額に汗がにじみ出てきた。


「そして、あなたはこの部屋からは出られない。いや、この部屋じたい

あなたの一部なのです。」


彼は、微笑みながら古い友人との会話を楽しむようにリラックスした口調で語る。

「もしもここが僕の一部なら、あなたはだれなのですか?」

リアリティのかけらすらない会話が繰り広げられた。


少しの間この部屋は機能しています。電気がないと動かないテレビみたいなものです。あなたという動力源がなくてはいけないのです。

私はあなたの一部なんですよ。」

僕の一部は当たり前のようにのいった。




トウヤマシンジはいつも同じ時間に家をでることにしている。

決まって、午前7時きっかりに。中古屋で買ったプリウスに乗ってお気に入りのルートを、お気に入りの曲をかけながら通勤することがシンジの楽しみだ。


 シンジの仕事は営業で取引先は中小企業のネットビジネスを活性化させる仕事で、なかなかやりがいはある。急速に進化しているITの技術に、ほとんどの中小企業が付いていけていないのが現状なので需要はとてもある。


 11月の寒空でもうすぐ秋の終わりを、会社の近くの公園の木々が、色を鮮やかにした葉を散らしながら教えてくれていた。


 シンジはいつもこの公園のベンチで昼食を食べる。今日も普段通り。

いつも座るベンチに先客がいた。

高校の制服を着ていて、単行本を両手で持って少し前かがみで本の世界に入り込んでいる。

二つ並んでいるベンチのシンジがいつも座っているベンチに少女は座っている。

少女はチラッとシンジを見てまた本の世界に戻っていった。

 仕方なくシンジは空いているもうひとつのベンチに腰掛け、コンビニで買った昼食を食べた。

少女は、制服に黒のダッフルコートを着て、スカートの下に黒のタイツをはいていて防寒はしっかりしている。近くの高校の生徒だ。この公園に、夕方の時間帯によく見かける制服だからそうだろう。


少女はシンジが昼食を食べているときも、真剣に本を読んでいた。何を読んでいるのだろうと気になり、昼食を済ませて立ち去り際にすこしのぞいた。


彼女が読んでいる本には、内容はなく文字すらないただの空白がうまっていた。

一瞬シンジは動きを止めたが歩き出した。

その時、少女は読んでいる本から目を離しシンジを見て言った。


「あなたには見えますか?」


「なんのことですか?」

少女は慌てて開いていた本をシンジにみせた。


「ごめんなさい。本の事を言ったんです。書いている文字はあなたにはみえますか?」

シンジはもう一度しっかりと本を見た。やはりただの白紙のページがあるだけだ。


「僕には見えないな。君は熱心に本を呼んでいたようだけれど、見えているの?」

「はい。見えています。とても面白くてついつい熱中してしまいました。」

 照れ笑いを浮かべて少女は本を閉じて鞄にしまった。

たちあがりシンジのほうに歩いて近寄った。





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