円環を断ち切る剣

Enju

神の去った地

「はらいたまえー、きよめたまえー……」

 神主さんが独特のイントネーションで唱える祝詞のりとを、僕はぼんやりと聞いていた。


 ここは、とある山の中腹あたり。山とはいっても全長1kmにも満たない里山さとやまだ。遊歩道が整備されて、見晴らしのいい頂上には家族連れのハイキングやカップルもよく訪れる。

 そんな山の中の、人通りのある辺りから少し離れた場所に、小さな神社があった。神社といっても鳥居と小さな本殿、それを繋ぐ石の道がある程度で、僕は「おやしろ」と呼んでいた。

 何をまつっていたのか、由来も何も僕は知らないけど、僕のおじいちゃんが縁者えんじゃらしく定期的に掃除や修理をしていて、少し前までは僕もよく一人でやって来ては、秘密基地のように色んなものを持ち込んだり、周りで遊んで過ごしたりしていたものだった。


 そんな感じで1年前くらいまでは、僕もおじいちゃんも頻繁にここを訪れていたけれど、僕が中学生になって野山を駆け回って遊ぶことも少なくなり、おじいちゃんも腰の病気であまり動けなくなると、このおやしろはあっという間に草ぼうぼう、枯葉に埋もれてすっかり荒れてしまい、このまま朽ちてしまうのも忍びないと考えたおじいちゃんと町内会のおじさんたちが、近くの大きな神社にお引越しをさせてもらうようお願いしたらしい。

 僕はおやしろが無くなるのは嫌だったんだけど、だからといっておじいちゃんの代わりに管理ができるわけでもなく、気持ちの整理がつかないままに今日のお引越しの日を迎えたのだった。


「……かしこみーかしこみーまをーすーー」

 祝詞のりとが終わり、神主さんが儀式の終了を告げると、おごそかな空気が一気にゆるむ。

「ここにいらっしゃいました神様は、今ここを離れています。これから氏神うじがみ様のほうにお札を奉納して、そこで魂入れの儀式をすることで合祀ごうしとなります。」

 そう神主さんが説明してくれる。

「じゃあ、おやしろはこのまま残しておくの?」

 僕は隣にいるおじいちゃんに聞く。

「いや、崩れたりしたら危ねっから取り壊しだ。このあと田中さんが来っから。」

 田中さんは建物を解体したりする、近所の工務店のおじさんだ。神様がいなくなっても建物が残れば……なんて淡い期待をしていたけど、仕方ない。自分はもうほとんど来ないくせに、無くなってほしくないなんて、わがままな事だとは分かってる。

「じゃあ、僕も壊すところを見ててもいいかな?」

 ならばせめて、おやしろが無くなるところまで見届けたかった。そうしたら今の悶々した気持ちに区切りがつくんじゃないかと思う。

「あん?いやーどうかな、邪魔だし危ねえと思うが……」

「いいんじゃないですかね、桑原さん。」

 おじいちゃんが難色を示す所に助け舟を出してくれたのは、実際に取り壊しの工事をするという田中のおじさんだった。正装で来ている他の人たちとは違って、いつも通りの作業着姿だ。

「お、田中さん。早かったね?」

「午前の仕事が無くなってね。んで、友也くん、もし良かったら、神社を解体するのを少し手伝ってくれるかな?」

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