Episode.10 村の少女

 「あ、えっと?」

背後から急に話しかけられ、俺は戸惑って微妙な返答をしてしまう。


「私、コニーって言います」

だが、そんな俺に構わず少女は自らの名を名乗り歩み寄って来た。


「賢者様、お願いです」

そして、何故か俺の手を両手で握ってすがる様に見つめてくる。


「……何か危険な香りがするわ」


「やめろ、俺だって自覚あるわ」

俺が幼い少女に言い寄られてる光景、それを見たフィオはそう毒突くが自分も同意見なので否定する事が出来ない。


「私のお父さんを探して下さい」

どうやら、コニーは俺の事をルドルフさんと勘違いしているらしい。


「いやー、俺は賢者様じゃないよ?」


「え?」

俺はコニーが何時までも勘違いしていたら可哀想だと思い、真実を伝える事にした。


「賢者様はあっち」

ルドルフさんへ指を差すとコニーは釣られて視線を彼に向ける。


「ほっほっほ」

そんなコニーをルドルフさんは優しそうに笑い、見つめている。


「あっ、確かにあの人の方が賢そうですね」

待て、それじゃ俺が馬鹿みたいじゃないか。


「ぷっ」

コニーの発言がツボに入ったのか、フィオが吹きだして笑っている。


その光景に俺は謎の敗北感を感じるのだった。


Episode.10 村の少女


とりあえず、詳しい事情を聞こうという話になってコニーの家へ向かう事にした。


ただ家に着くまでの間、コニーから仕事内容を簡単に説明してもらった。


聞くと何でもこの村では九年前から三年に一度、村人が突然失踪する事件が起きているらしい。


そんな中、一ヶ月前にコニーの父親であるブレットさんも失踪してしまったのでルドルフさんに捜索して欲しいという内容だった。


「ここが私の家です」

案内されたのは、日本で言う所の土蔵の様な造りをした家だった。


とは言っても構造自体は日本のものと比べると雑で耐震性とかを全く考慮していないと感じた。


ただルドルフさんが言うには、これがこの世界の一般的な家屋というものらしい。


「コニー、おかえりなさい」


「お母さん、ただいまー」

中へ入るとコニーの母親と思われる女性が声をかけてくる。


やはり、親子と言うべきか髪色が同じ朱色でコニーの時には言及しなかったが整った顔をしている。


要するに美人一家なのだ。


「この人達は何方どなた?」

突然押し掛けた俺達を見て、彼女は当然の反応をする。


「森の賢者様だよ、私がお父さんを探してもらう為に呼んだの」

コニーがブレットさんを探してもらうと口にした時、一瞬だが彼女の表情が曇った気がした。


「どうも、ご紹介にあずかりました私ロストと言います」


「あんたじゃないわ、黙ってなさい」

何か自己紹介しただけなのに怒られた。


「ルドルフ・ウィンターじゃ」


「あ、初めまして私はコニーの母親でダリアと言います」

その後、フィオも簡単な自己紹介をして自分達がどういう立場の人間かも説明する。


「そうでしたか、わざわざ遠方からすみません」

事情を聞いたダリアさんは俺達に申し訳なそうに頭を下げた。


「いや、構わんよ、これがわしの仕事じゃからな」


「ありがとうございます」

ルドルフさんは頭を下げ続けるダリアさんを制し、それによって彼女はようやく頭を上げた。


「それで父親が失踪しているという話じゃが?」

本題の失踪しているブレットさんについてルドルフさんが尋ねると彼女は言いよどみ、コニーの方へちらちらと視線を向けている。


その態度でダリアさんがコニーの前で話すのを嫌がっている、そう感じられた。


「……ふむ」

ルドルフさんもそれを感じたのか、俺とフィオに目で何やら合図を送っている。


要するにコニーを外へ連れ出せ、そう合図しているのだ。


「あぁー、何だか急に村を見て回りたくなったわ」


「そうだなー、誰か村に詳しくて親切に案内してくれる人はいないもんかねー?」

俺達はわざとらしい演技をしながら、コニーに露骨に視線を向けてアピールする。


「え、でも、まだ話が……」

コニーは仕事の話を続けたいのか、俺達の提案にどう返答するか迷っている様だ。


「行ってきなさい、後はお母さんが話しておくから」


「お母さん? うん、分かった」

そのタイミングでダリアさんがナイスフォローをしてくれ、コニーが頷いたので俺達はコニーと一緒に村の観光へ出発した。


「さて、何処から見て回ろうか?」

外へ出た後もうつむきながら悩んでいるコニーを目にし、気にしない様に明るく声をかける。


「回ると行っても名所みたいなものは、この村にはありませんよ?」

浮かない表情を浮かべたままだが、俺の問いにはちゃんと答えてくれた。


「なら、あんたがよく行く場所とか気に入ってる場所でもいいわよ」

フィオも完全に此方こちら側なので俺に話を合わせ、先程の一件をなるべく忘れさせる方向で話を進める。


「分かりました」

コニーはそれに頷くと先頭に立ち、目的の場所へ歩き出した。


まず一ヶ所目に案内されたのは、コニーの家と同じ造りをした家屋だった。


「え、ここ?」


「はい、ここにはヘーゼルおばさんという人がいて美味しいお菓子をお裾分すそわけしてくれるんです」

どうやら、此処ここは現実世界で言う近所の子供におやつをくれる謎の親切おばさんの家みたいだ。


その後、俺達は姿を見せたヘーゼルおばさんに茶色いクッキーみたいなものを頂いた。


俺とフィオは断ったのだが、いいからと半ば強引に手渡された。


「美味しいでしょ?」


「ああ、意外にいけるな」

味は想像していた甘さみたいなものはなくクッキーと言うよりクラッカーに近かったが、森での食生活に慣れていたので美味しく感じられた。


「これ、量多」

フィオは人間サイズの食べ物で普段食事をしないせいか、食べるのにかなり苦戦している様だ。


何か学生時代に友人と帰り道に買い食いしたのを思い出した。


その後も色々巡り、村の中を大体歩き回った


「最後はここです」

次はどんな場所に案内されるのか、若干期待しながら付いて行くと驚きの光景を目にした。


「ゴーレムさん、抱っこしてー」


「駄目、今度は私がゴーレムさんと遊ぶの」

それは俺の命を救ってくれた例のゴーレムが子供達に取り囲まれ、一緒に遊んでいる光景だった。


「随分仲が良いわね」


「はい、ゴーレムさんは村の人気者なんです」

いや、いやいや、待って欲しい。


コニーも含めてだが、この巨大な動く人形を見て驚いたりしないのだろうか?


普通に村に溶け込んでおり、驚いてる俺がおかしいんじゃないかと思えてくる。


「お゛ぉー」

ゴーレムは変わらず子供達と戯れ、陽気な声をあげている。


「微笑ましい光景ね、あれがあんたなら犯罪よ?」


「差別良くない」

但し、イケメンとゴーレムに限るってか? 糞食らえである。


ちなみに案内されたのは村の奥まった所にある開けた場所、俺が予想するに青空教室みたいな所だと思われる。


「皆さん、もう授業が終わったからと言ってはしゃぎすぎるのは駄目ですよー?」

何故なら、ゴーレムと子供達の他に先生と思われる成人の男性がいたからだ。


「先生、こんにちは」

そんな彼にコニーはすたすたと歩み寄り、挨拶を交わす。


「おや、こんにちは、コニーくん、今日は遅かったね?」


「はい、今日は賢者様の付き人の方に村を案内していたので遅くなりました」

二人の会話から、この青空教室の教師と生徒の関係であると何となく推察すいさつする事が出来た。


「賢者様の付き人……?」

聞きなれない言葉を聞き、困った表情を浮かべる彼だったが後ろにいる俺達を見てコニーの言葉を理解した様だ。


「どうも、ロストと言います」


「フィオよ」

話の流れで此方から声をかけた方が良いと判断し、二人して歩み寄り名前を名乗った。


「これはこれはご丁寧にどうも、私はウォレス、ここで子供達に文字の読み書きなどを教えています」

それに応じる様に彼も自らの名前や立場を明かす。


ウォレスさんとの自己紹介を終えた所でコニーが他の子供達を羨ましそうに見つめているのに気付いた。


「コニー、俺達に構わず遊んできていいぞ」


「え、でも」

本人は隠しているつもりだったのか、指摘すると途端に動揺して口籠くちごもる。


「子供は子供らしく遊んできなさい」


「コニーくん、二人の相手は私がするから行っておいで」

二人も俺の言葉に続く様に遊びに行くように促してくれた。


「わ、分かりました、少しだけ行ってきます」

その言葉に押される様にコニーは他の友達の所へ遊びに行った。


「いやぁ、外から人が来るなんて何年ぶりだろうか」

三人になり、話を戻す為にウォレスさんがそう声をかけてくれる。


「こう見えて私も外から来た身でしてね? 何か気になる事があったら遠慮なくおっしゃって下さい」


「あ、はい、ありがとうございます」

ウォレスさんの話では、彼がこの村に来たのは十年前らしく村で活かせる技術が何もなく、仕事先が見つからなかったので子供達に基本的な学問を教える青空教室を設立したらしい。


「ウォレスさん、早速なんですが質問いいですか?」


「はい、何ですか?」

俺はこの村に来てから、ずっと気になっていた事について丁度良いからウォレスさんに聞いてみる事にした。


「あのゴーレムでしたっけ? あれは何なんですか?」


「ああ、あれは村を守る守護者として作られた人形です」

村を守る守護者、その言葉を聞いてゴーレムが存在する理由を何となく予想する事が出来た。


村に来る前に俺を襲ってきた瘴魔しょうま、あんなのが村の付近に現われるのならゴーレムみたいに頼りになる存在は必要という事なのだろう。


「瘴魔への対策で作ったのね?」

横にいたフィオも気になっていたのか、会話に割り込んでウォレスさんにその質問をする。


「えぇ、ここは王都から大分離れた森の中、国を守る騎士様も流石にここまで出向く事はしませんからね」


「なるほど」


「なので、自分達の命は自分達で守るしかないんです」

ウォレスさんは心做こころなしか悲しそうな表情を浮かべ、そう告げた。


その時の俺は、それが何を意味するのか理解する事が出来なかった。

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