第2話 ぬいぐるみとの出会い

 俺は訳が分からず硬直した。

 

 全くもって言っていることの意味が分からない、そもそもそのくまさん自体何なのか知らなかったので、早々に否定しようと思ったが、それを言ってしまったらまた泣き出しそうな気がして、どう返せばいいのだろうかと迷ってしまった。

 

 すると男の子はその場で頭を抱えて困ってしまっている俺を見て、彼がくまさんの友達ではないと気づいたのか、また悲しそうな顔をして下を向いてしまい、俺はひどく焦ってしまった。

 このままでは俺が余計な行動をしたまでに、今の状況をさらに現実的に重く受け止めさせてしまっただけになってしまう。

 どうにかして元気を取り戻させなければ。

 熟考する間もなく、俺は咄嗟に考えた言葉をこの子に伝えた。


「ごめん、そのくまさんとは友達じゃないんだ。だけど力になれることがあれば何でも手伝いたいな」


 そう言うと男の子はピクっと肩を震わせ、こちらを少しだけ見て信じられないものを見たような顔をした。

 まるでこの子は、今まで誰の助けも得られず、ずっと一人で生きていたのかというくらい。


 しかし今のご時世、そういう状況になってしまう人は多くなってしまっているだろう。 

 みんな自分が生きることだけ考えていて、周りに困っている人がいても見向きもしない、いやむしろ邪魔者だとも見られてしまう。昔の日本人はこうではなかったはずだ。


 実際母親は言っていた。日本人は行儀が良く、温厚で人に優しい人だと、俺はそんな日本人を見たことがないからわからない。

 しかし自分はその理想の日本人になりたい。昔の日本人なら絶対この子を見捨てたりはしなかっただろう。自分がさっき公園を通り過ぎようとしたことはかつての日本人の逆であり恥じるべき行為だ。

 この社会に飲み込まれてはいけない。そのためにまず今直面している問題を解決しようと俺は思った。

 

 男の子は少し戸惑ったような仕草をして、一度うつむいた後に改めて俺のほうを見る。そして、


「じゃあいっしょにくまさん、さがしてくれる?」

 もじもじしながら男の子はこちらを見て言った。


 多分、くまさんというのは本物ではないだろうから、人形か何かなのだろう。ここにいる人達はたいてい自分の大切なものを奪われたくないため肌身離さず持っているから、この子の探しているくまさんも自分の生きる上での糧であり人生の一部だったのだろう。

 そして自分は覚悟を決めた。


「わかった、一緒に探そう」


 俺は小さく震えていた男の子の手を握るが、少しびっくりし後ろに下がろうとする。

 しかし俺はそれを許さずこちらへ引き戻し、そっと頭を撫で続けた。

 しばらく震えていた体もだんだん収まっていき、男の子はだいぶ落ち着いた様子になって自分は安心した。

 

 男の子は警戒心が解けたのか、顔をこちらに向けて笑顔になった。


「ぼくのなまえはリク。本当のなまえじゃないんだけど、くまさんがつけてくれたなまえですっごく気に入っているんだ」


 男の子、リク君にとってくまさんとはどういう存在なのだろうか。話せるということは人形などの類ではないのだろうか。


「そのくまさんっていうのは君にとってどういう存在なんだい?」

 細かいことは抜きにして、単刀直入に聞いてみる。

  

 するとよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、腰に手を当てる。

「ぼくはくまさんとゆいいつしゃべれるる人なんだよ!」

 高らかそう言い放ち、リク君はくまさんとの思い出を話し始めた。


 リク君がくまさんと出会ったのは四歳の誕生日。


 父からもらった最後のプレゼントである。


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