ワニがいる

西川東

ワニがいる

 皆さんが怪談やホラーの舞台として思いつくのは、「病院」や「学校」、または「廃墟」に「トンネル」、いわゆる「心霊スポット」、さらには狭いところで「トイレ」といったところではないか。

 しかし、意外なことに「公園」を舞台にした話というのも、いくつかある。


 今回は、そんな奇妙な噂が集う、「公園」を舞台にした話。



 いまは四十歳ほどになるFさんが子供だった頃、雨があがれば、友達を誘って公園に向かったという。


「ただ単に、体を動かして遊ぶのが好きだったのもあります。でも、それだけではなくて・・・」


 いつもの公園。いつもの遊具。

 そこは遊び慣れてしまい、半ば飽きかけていたが、他の公園にはない特色があった。

 はしご、綱登り、滑り台、・・・多様な種類の登り口で形成されたその遊具は、比較的高めの建築物となっていた。そこに大雨が降ると、土壌の性質からか、決まって大きな水溜まりができた。


 まるで遊具全体が湖に浮かんだひとつの都市のようになり、ただの泥水ひとつで、少し古くなった木造の遊具や、雨風に打たれて汚くなった縄になんともいえない味が出て、多くの子供たちを引き付ける場所となった。




「そういう場所で自分たちは自然と想像力を膨らませ、雨が降った次の日には、『鬼ごっこ』ならぬ『ワニワニパニック』なる遊びをしたものです」


 通常、逃げる側と彼らを捕まえる鬼で別れるところを、遊具のうえで逃げ回る側と、常に下の泥水の中にいて、逃げる側を泥水に引き込むワニ側に別れて遊んでいたそうだ。


「でも、ゲームとして成り立たないんです」


 どういうことなのだろうか。もしかすると、いつもワニ役の人間が決まって“トロい”子供だったのだろうか。


 Fさんは、そんな私の心を見透かしたかのように、「ここからが変なんですけどね・・・」と、話を続けた。




 いわく、ワニ役の者はいつも決まった人物だった。

 正直、人物といっていいか分からない。なにせ、ソイツらは雨があがった日には必ず泥水のうえに浮かんでいたから。

 横たわったその姿は、かろうじて人のような形をしているが、ソレらの全身は黒ずんでおり、とてもずんぐりむっくりだった。そして、常に顔の方を下にして泥水の中を浮かんでいた。


 Fさんらは、そんな異様なものを何故か“ワニ”と認識し、浮かんでいるだけで上がって来ないソレらから、「ワニがいる!」「食べられる!」「上ってくるぞ!」などと騒ぎ立てていた。


 だからゲームにならない。

 決して捕まることなく、泥水に浮かぶナニカを遊具から見下ろして、騒ぎ立てるだけ。何故そんなことをしていたのか分からないが、とても楽しかった。その事だけはしっかりと覚えているという。


 覚えていることといえば、もうひとつある。

 同じ学年のGくんのことだ。

 彼はいつもおとなしく、目立たない子だった。


 しかし、ある日の雨あがりに『ワニワニパニック』をしていたとき。そのときのGくんは、綱の一番下にしがみつき、まるで釣りでもするかのように足を泥水の上に伸ばしていた。まさに“ワニ”をおちょくるようだった。


 普段のGくんの様子からは考えられない行動だったが、遊びに熱狂していたFさんらは、何の疑問も持たず「食われるなよー!」「危ないぞー!」などと叫んでいた。

 “ワニ”の浮かんだ水面に、何度も足をつけかけてGくんがキャッキャと笑っている。それに釣られてFさんらも笑っていた。


 そのとき。Gくんが泥水の中に落ちた。側でみていたFさんからすると、まるで捕まって引き摺り落とされたようにみえた。

 “ワニ”の浮かんだ泥水に頭から突っ込み、泥だらけになったGくん。そんな彼をみて周りが「きったねー!」などと指差すなか、Gくんは泣きそうな顔でこちらをみると、そのまま何処かに走っていってしまった。


 それからGくんをみることはなかった。いまでいう不登校になって、卒業する時にもみなかった。結局、それからどうしているのかは全く知らないという。




「しかし、どうしてソレを“ワニ”だと思ったのですか」

 私がそんな風に聞くと、Fさんは影がいっそう濃くなった顔で、こんな風に話してくれた。


 ソレらは、ときおり泥水のうえでくるくるしていた。

 獲物を食らい、水面のうえで体を回す、まるでワニのように。

 体を回す際にピチャピチャと飛沫を飛ばすのだが、体は回っているのに、後頭部しかみえなかったそうだ。


「本当に、なんでそんなものを“ワニ”と呼んでいたんでしょうね。それに・・・」


 この奇妙な思い出を検証しようにも、当時、自分は誰と遊んでいたのか。いなくなったGくんを除いて、全く思い出せないのだという。

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ワニがいる 西川東 @tosen_nishimoto

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